2017.01.05 思想弾圧をする側の論理
――八ヶ岳山麓から(208)――

阿部治平(もと高校教師)
 

中国当局は2015年7月から9月の2カ月弱の間に、全国で少なくとも人権擁護の弁護士・活動家を300人拘束した。いまでも行方不明のものは20人を超えている。
国連人権担当官は12月6日、この2週間行方不明になっている弁護士江天勇の消息を明らかにするよう中国政府に求めた。
江天勇はかつて陳光誠・高智晟などの「危険人物」の代理人を務め、エイズ訴訟、レンガ工事件など多数の人権蹂躙事件にかかわってきた人物だ。
その陳光誠は山東省出身の著名な盲目の人権擁護活動家・法律家である。当局のあまりにひどい迫害を逃れて妻子とともにアメリカに亡命した。
高智晟も中国の法輪功や地下キリスト教会に対する人権侵害事件にかかわった。「国家政権転覆扇動罪」で有罪判決を受け投獄され、獄中で歯が抜けてしまい流動食しか食えない。2014年8月の満期出獄後も陝西省の故郷の村で厳しい監視下におかれている(2016・06・25共同)。
有名人物ですらこのとおり。無名無権の大衆がちょっとでも権力に反抗したら、どのような扱いを受けるかは想像以上である。

このほど、中国教育部の党書記兼部長の陳宝生は、教育界における党のイデオロギー工作を強化する論文を発表した(雑誌「紫光閣12月」)。ひどい悪文だが、日本でいえば文部科学相の発言だから、憶測を交えながらも読まずにはいられない。
陳部長は「教育分野の前線では極めて激烈な闘争がある」と、教育現場を戦場に見立て、教育官僚や大学当局者に「まっさきに敵対勢力が忍び込むのは教育系統、とりわけ学校である。教育戦線に問題が出現すればそれは全局的であり致命的である」と警戒心を高めるよう要求した。
「我々のイデオロギー工作の主な力は教育系統にある。なぜなら哲学社会科学領域の80%の知識分子は教育系統に存在するから」「教育系統は累積的だから、イデオロギー分野に生れた問題はわずかずつでも溜まって潜在化する。ある程度蓄積されると量から質への変化が起こり、(政権を)転覆しようとする錯誤が生まれる」

以上のような危機認識をまともに受け止めると、今にも反政府勢力が立上がりそうだ。だが、彼が唯一具体的に敵対勢力としてあげたのは、インターネット上に多くのファンを持つブロガー、中国でいうところの「大V」である。かなり拍子抜けする。
彼のいうところによると、「大V」らは党の教育方針を攻撃して、「(中共の)教育路線・方針・政策はみな大ぼらだ。どんな後継者を育てるというのか?」とか、「教育は“人”を教育すること。“人”を自由な存在にすることだ(が実際は逆じゃないか)」とけしからん発言をしているらしい。
陳部長は、自らこの2年間管理をかなり厳格にやったという。「(やられた方は)このために非常に奇怪な文章を書くようになった。こうした現象は主要なメディアにはない。比較的辺縁の新聞・雑誌やネットに現れている。彼らは特殊な文体で、党の理論を攻撃する」
彼のいう「非常に奇怪な文章」「特殊な文体」とはなにか。それは確固とした(反党の)主張があるのに、それをあいまいに表現して最後に「あなた、おわかりになりますね」といったことばを添えて効果をねらうものだという。

陳部長のいう「主要メディアではない比較的辺縁」のネット発言者で、弾圧された例は私も知っている。「民生観察」ネットの責任者劉飛躍である。今年11月湖北省随州市で「国家政権転覆罪」によって拘留された。もと中学(日本の中学高校)教師。彼は当局による土地占拠や家屋の強制取壊し、秘密の拘束などの人権侵犯行為、また地方の汚職事件や退役老兵士の抗議などをネット上で報道してきた。このため過去何回も捕まっている。
この手の人物は、中共の重要会議、国際会議などのたびに拘留される。劉飛躍はG20サミットによる拘留中に、随州市警察から「湖北省の重点不満分子は、おまえのほかに武漢市の秦永敏、潜江市の石玉林などだ。やつらはすでに現地の警察に軟禁されている」といわれた(2016・11・25多維新聞ネット)。

陳部長は、どのようなかすかな手がかりでも「見逃すな、探しだせ」と叱咤激励する。
「教育系統のイデオロギー工作は変化の中から問題を掌握せねばならぬ。その核心は人心の変化、学生の思想動向、教師の教育の仕方の変化を見ることにある。習近平総書記はこれを『風見鶏』と実に適切な比喩で指摘している」
「イデオロギー上の戦闘を指揮するものに戦闘意欲があるのか、必勝の信念があるのか、政治的力量があるのか、識別能力・洞察力があるのか(ないだろう)。こんなことで、かすかな兆候から新しい動きを発見することができるとでも思っているのか」
陳部長はこういいつつも、意外にも「教育系統のイデオロギー形態についていうと、マルクス主義の学科は発言権の一部を失っている」とぼやく。中国の大学ではマルクス主義の講義が少ないとか、権威がないといいたいのか?
中国では、マルクス主義の経済学・哲学がまじめに学ばれることはない。おおかたの学生にとってそれは出世の手段にすぎない。教師は安全のために学生に教科書文言の暗記だけを求める。なぜなら、かりにマルクスやエンゲルスのものの見方によって中国の経済や政治を講義したら、つぎに述べるように、現体制批判・市場経済批判を疑われ「国家権力転覆扇動罪」でやられかねないからだ。

これを知ってか知らずか、陳部長は大学当局の指導力を問題にする。
「ここにいう能力とはイデオロギー上の工作能力であって、教育能力・学習能力ではない。イデオロギー工作の能力はハードの方面のものがまさに支柱である(意味不明)。もっと重要なのはソフトである」
「思想・政治授業の問題はまさにこれではないのか?現在大学の重要人物は我々が育てたものではない、よそから引張って来たものである(意味不明)。彼らは彼らなりの思惟体系を養い、問題を見る角度と教育方法を形成してきた。学生らは(問題のある講義に)接するとたちまち欺かれて、白布を染物桶に突っ込んだのと同じ結果になる」

以下「染物桶」教師として弾圧された典型例。
北京大学法学院教授で「大Ⅴ」の賀衛方は、中国では憲法は最高法規ではなく党が法に優越しているとか、全人代が国会の役割を果たさないとか、司法の独立はないとか、人民は自分の権利を守るために裁判に訴えることができないなどと発言した(雑誌「世界」岩波書店)。2016年7月から10月末まで彼のネットへの投稿は突然停止された。
また、復旦大の馮瑋(ふうい)は「中国の近現代史と政治教科書は“小説”にすぎず、近代以後の中国史は、厳格にいえば歴史ではなく政治宣伝である」「国共内戦などの“英雄”は偽物だ」といった。
武漢理工大学マルクス主義学院教授張応凱にいたっては、去年12月「マルクス主義基本原理」を講義したとき、「中国労働者の(うみだした)剰余価値は政府資本家連合にもっていかれている」と語り、さらにネット上で中国を「権貴資本主義」といったので、これは中国を侮辱したものとされた。「権貴」というのは権力を持つ高級官僚のこと。

こうした状況では自由な学問研究は窒息する。社会科学はもちろんだが、自然科学や技術などの研究もふるわない。この20年の経済成長を支えたものは、外国の経済理論や技術のコピーだった。中国の誰もがほしがるノーベル賞など望むべくもない。
近年の思想動向を見ると、そもそも国是の哲学であるマルクス主義研究がまともにやれていない。皮肉なことに、アメリカでは中国とは比較にならないほどマルクス研究が進んでいる(たとえばケヴィン・B・アンダーソン『周縁のマルクス』社会評論社 2010年)。
于建嶸(うけんこう)は、2013年9月中国社会科学院農村研究所教授の職を辞して貴州省の僻村に赴き、農村建設に貢献しようとした奇特な人物だ。
しかし最近投稿サイト「微博」に、「今日の中国は、官僚は清廉、社会は平穏、人民は幸福である。私のようなくだらない輩には書くべきものがなんにもない。だから私は(村の中で)小商いをやって酒や茶を売って生計を立てている」とその心境をしるした。
この「奇怪な文章」が表わす閉塞状況があと10年続いたら、1930年代から45年の敗戦までの日本同様、中国社会に決定的な損害をもたらすことになるだろう。多少ともものを見、考えることのできる人はみなこのことを知っている。だがそれをすぐ隣の人にも語ることはむずかしい。(2016・12・19)
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