2017.01.04 新聞はだれの番犬なのか
―2017年元旦の全国紙を読む―

半澤健市 (元金融機関勤務)

 元旦の一般紙を読み比べは今度で8回目になる。今年は、朝日、毎日、読売、産経、日経、東京の6紙を読んだ。各紙が、どんな「現状認識」をしているか。
①「トランプ後の世界」をどう予測しているか
②「アベノミクス」の評価はどうか
③「日本国家のかたち」をどう考えているか
といった点を念頭において読んだ。

《トランプ後の世界はどうなるのか》
 各紙、一面トップ記事のキーワードは次の通りである。
「我々はどこから来てどこへ向かうのか」(朝日)
「多文化主義の危機」(毎日)
「中国 海底に命名攻勢」(読売)
「小池知事、都議選に30人超」(産経)
「〈断絶(Disruption)〉の時代が私たちに迫っている」(日経)
「包容社会―分断を超えて」(東京)
朝日、毎日、日経、東京は、現状を世界的な「パラダイムの転換期」と捉えている。産経、読売も問題意識は共通だが、ヨリ具体的な外交・内政の問題として提示しているのである。

 内容に濃淡はあるが、グローバリズム急展開の災厄と対案、トランプ当選に象徴される大衆迎合主義、民主主義の形骸化に反発する右翼主義の台頭、などが論じられている。パラダイムの転換というにしては、現象の羅列だけが多くて深みがない。そのなかで、日経は「破壊と創造の500年」を、大航海時代から説き起こし、第一次・第二次産業革命―明治維新を指している―・デジタル革命へと進み、現在はAIなどの「第四次産業革命」の時期にあり、その衝撃の大きさを論ずる力作である。シュンペーターの理念型を念頭においたものだろう。しかし「資本主義の運命」への視線に乏しいのは、良くも悪くも日経らしいところだ。

《豊富な政治・外交体験を生かす時だ!?》
 読売は頁の三分の二を占める長文社説「反グローバリズムの拡大防げ―トランプ外交への対応が必要だ」で、問題の原点がグローバリズムであることは認める。しかし社説の理屈は次のように展開する。以下はその「主観的」抜粋である。私は、これをメディアの思考停止の見本であると読んだ。下品にいうと「醜女の深情け」の吐露である。(■から■まで、「/」は中略、()とゴシックは、半澤による補足と強調を示す)

■米国が、自由や民主主義といった普遍的な価値観で世界をリードする役を降りれば、その空白を埋める存在は見当たらない。/日米同盟の重要性をトランプ氏と再確認し、さらに強化する道筋をつけるべきだ。/日米同盟による抑止力の強化が、東アジア地域の安定に不可欠で、米国の国益にも適うことを、粘り強く説明していくべきだ。(ハワイの日米会談で)首相は、未来志向の「希望の同盟」を築いていく決意を強調した。(次の)首脳会談でも、この目標へ共に歩むことを確認したい。首相には、国際政治が混迷しないよう、トランプ外交に注文をつけていく役回りも期待される。豊富な政治・外交体験を生かす時だ。/トランプ氏は、TPPからの離脱を予告している。TPPは、今後の自由貿易の標準となり得る高度な枠組みだ。/経済資源を、国境を越えて効率的に活用するのが自由貿易だ。多国間での取り組みをさらに進め、新興国の活力や技術革新の成果を世界に広げることで、成長の復活を目指すしかない。■

《アベノミクスの成果に触れぬ安倍首相》
 アベノミクスが失敗だと思っていないのは日本人だけである。
産経は、安倍晋三首相の年頭所感を全文掲げた。流石の安倍本人もアベノミクスの成否について言及しない。失敗だったからである。
毎日の「経済有識者 新春座談会」(田代桂子・大和証券、岩井克人・国際基督大、小林喜光・経済同友会)で、財界人・小林喜光ですら、「政府はGDP600兆円を目指しているが、単に数字を増やせば良いという時代はとっくに終わっているのでないか。第4次産業革命につながる革新的な技術を産官学含めた国全体で生み出していかなければならない」と述べている。この種の討論では、2頁を使った東京の「新春対談 分断を超えて」(国際ジャーナリスト・堤未果、慶大教授・井出英策)が、財政規律論の欺瞞性指摘など新鮮な視角と説得的な対策の提示で興味深い。その中からの一節を次に掲げる。(■から■)

 長年、米国を取材してきた立場から言うと、政府とは「財政による統治ができないから無駄遣いの犯人捜しをする」のではなく、社会保障削減を正当化するために犯人捜しをするものだと思えてなりません。例えば、オバマ政権は「全体主義の八年」だったといわれています。超富裕層と癒着して財界のための政治をする政府が、格差拡大に対する大衆の不満をあおることで強引に情報統制して民の声を抑え込んだからです。9・11の時もそうでした。恐怖をあおられるほどに、大衆は強いリーダーを求めますが、あの時のブッシュ大統領の人気はすごかったですね。
井出 独裁者が現れる時、ファシズム化する時の根底にあるのは、中間層の転落の恐怖です。/自分は「中の下」だと思いたい人たちが、社会的に最も恐怖を感じている。本当は「財政で生活を支えてほしい」と思っているけど、財政は支出を増やさず無駄を削ろうとする。/政府の恫喝が見事に効く。ぎりぎりで踏ん張っている人には切実な問題です。必死になって我慢している人たちが反旗を翻した時、政治は極端な方向にぶれいいく気がします。■

《日本国家のかたち―天皇譲位論の独走》
 2016年8月の「お言葉」に端を発した天皇の譲位問題を、朝日、毎日、読売、産経が一面で取り上げている。産経以外の三紙はいずれも官邸、宮内庁を情報源としているようで、ほぼその広報記事と読める。独自判断による批判的、または客観的な視点がない。読売は、一代限りの特例法案には、秋篠宮を「皇太子」待遇にすると書いている。産経の記事は、連載「平成30年史」の一回目である。この時期にこのタイトルは、「不敬」ではあるまいかと、私に感じさせる。
70年間、まともに論じられなかった天皇論が、「お言葉」から半年で、「政局的」に決められようとしている。まことに不自然である。

「国のかたち」のテーマは勿論、天皇問題だけではない。
「第4次産業革命」を、財界人は「革新的な技術を産官学含めた国全体」で促進せねばならぬといっている。その業界に「死の商人」はいないのか。「積極的平和主義」が、オーウェルの小説『1984年』の言葉に酷似しているように、安倍政権はこの国を、戦争する国に転換しつつある。しかし元旦各紙に、この切り口で書いた記事は皆無だった。
時代は「大本営発表」の時代に入っている。これは冗談ではない。この認識は今年の各紙読み比べで、また強くなった。(2017/01/02)

Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack