2017.01.10 今こそ大衆運動の再構築を
改憲に抗う人たちを結集するために

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 新しい年がスタートしたが、安倍政権と自民党は早々と今後の政治方針を打ち出した。明文改憲と「共謀罪」の制定である。「安倍一強」「一強多弱」といわれる政治状況の中で、改憲や「共謀罪」に反対する陣営はどう立ち向かったらいいのか。国会内の与野党の議席数に圧倒的な差がある以上、当面は圧倒的な大衆運動で改憲や「共謀罪」に反対する世論を盛り上げ、安倍政権と自民党を包囲する以外にない。

 安倍首相は1月5日、自民党本部で行われた仕事始めであいさつし、その中で「新しい時代にふさわしい憲法はどんな憲法か。今年はいよいよ議論を深め、私たちが形作っていく年にしていきたい」と述べた(1月6日付読売新聞)。この発言について、同紙は「(首相が)衆参両院の憲法審議会での改憲論議の加速化に意欲を示した」ものと書いた。
 共産党機関紙「しんぶん赤旗」は、この首相発言に強い関心を示し、1月6日付の紙面で「首相、明文改憲に執念」と報じた。
 これを追いかけるように、1月6日には自民党の二階幹事長がBSフジの番組で「憲法問題もいよいよ総理が年頭に口火を切った。これからこれ(改憲論議)を詰めていくことを、自民党は今年中の最大の課題の一つとして考えなければならない」と述べた(1月7日付朝日新聞)。
 
 安倍首相(自民党総裁)は、総裁任期中(自民党総裁の任期は連続2期6年なので安倍氏の任期は2018年9月までだが、3月の自民党大会で連続3期9年に延長されるため、2021年9月まで総裁の座に居続けることが可能となる)に改憲を成し遂げることを悲願としているとされる。
 年頭の首相発言、それを受けた二階幹事長発言で、安倍政権と自民党による改憲作業がいよいよ具体化するということだろう。

 「共謀罪」の制定も首相の強い意欲を反映したものと見ていいようだ。1月6日付の毎日新聞は「首相は5日の自民党役員会で、『共謀罪』の成立要件を絞り込んだ『テロ等組織犯罪準備罪』を新設する組織犯罪処罰法改正に関し、20日召集の通常国会での提出・成立を目指す意欲を示した」と報じている。
 1月6日付の日刊ゲンダイDIGITALが「実際に犯罪を犯していなくても相談しただけで罰せられてしまう。極論すれば、サラリーマンが居酒屋談議で『うるさい上司を殺してやろう』と話しただけで、しょっぴかれる可能性がある。権力側が市民の監視や思想の取り締まりに都合よく運用する恐れもあり、03、04、05年に関連法案が国会に提出されたものの、3度とも廃案に追い込まれた」と書く、曰く付きの法案である。
 これを、なんとしても成立させたいというのだ。

 今の安倍政権にとっては、やりたいことは何でも可能だ。つまり、万能である。なぜなら、政府与党と政府与党に協力的な政党で衆参両院とも3分の2の議席を占めているからだ。昨年の臨時国会では、国民の半数以上が反対する法案を次々と成立させてしまった。TPP(環太平洋経済連携協定)承認案とその関連法案、年金制度改革法案、「カジノ解禁法案」などだ。
 そればかりでない。安倍政権は昨年11月、南スーダンのPKOに派遣する陸上自衛隊に安保関連法に基づく「駆けつけ警護」の新任務を付与することを閣議決定した。国民の半数以上が反対していたにもかかわらず、である。
 そのうえ、安倍政権は原発の再稼働に熱心で、2015年に川内原発1・2号機(鹿児島県)を再稼働させたのに続き、昨年は伊方原発3号機(愛媛県)を再稼働させた。原発の再稼働には国民の約6割が反対しているにもかかわらず、である。

 こうした強行ぶりに、国民の間から「暴走だ」との声も上がったが、安倍政権と政府与党の高姿勢ぶりには変化がみられない。安倍政権への支持率が依然高いことが、こうした高姿勢を支えているのだろう。

 となると、安倍首相と自民党は、明文改憲と「共謀罪」の制定に一気に走り出すことが予想されるというものだ。としたら、改憲や「共謀罪」に反対する陣営としては、今後、どんな戦略戦術でこうした政治的局面に立ち向かうのか。頼みとする野党が国会内で少数派とあっては、自ら大衆運動を盛り上げて世論で国会を包囲する以外にない、と思われる。これまで脱原発運動と安保関連法廃止運動の先頭に立ってきた人の1人、鎌田慧氏(ルポライター)は「大衆運動をいかに盛り上げていくか。それに尽きる」と語る。

 大衆運動とは、集会やデモを指す。世間には、「集会やデモなんかやっても世の中変わらない」と冷ややかに見る人が少なくない。しかし、大衆運動をバカにしてはいけない。直接民主主義の一形態であり、戦後の日本では、大規模な大衆運動が展開された時期がいくつもあり、政治と社会にインパクトを与え、少なからぬ影響を与えてきたからだ。

 例えば、1950年代から60年代にかけての原水爆禁止運動。これは、文字通り国民的な広がりをもつ運動となり、その影響は今日にまで及んでいる。まず、日本がこれまで核武装をしないでこられたのも原水爆禁止運動があったからだとの見方が強い。この運動が日本人の間に「原爆許すまじ」の意識を植え付け、これが日本の核武装を阻止してきたというのだ。確かに、政府関係者さえも「わが国は非核三原則を堅持する」と言わざるを得ない時期があった。被爆者援護を目的とする原爆医療法と原爆特別措置法の制定もこの運動の成果の一つと言える。

 1859年から60年にかけては、日米安保条約改定阻止運動が日本社会を震撼させた。「戦後最大」とまで言われた運動は結局、条約改定阻止は果たせなかったが、条約改定推進の岸信介・自民党内閣が招請したアイゼンハワー米大統領の来日を阻止し、岸内閣を退陣に追い込んだ。

 1967年から70年にかけては、3つの課題が一体となった運動が展開された。3つの課題とは「ベトナム反戦」「沖縄の即時無条件全面返還」「日米安保条約破棄」。結局、運動総体としては「ベトナム反戦」では成果を上げたものの、「沖縄」と「安保」では“敗北”に終わった。
 また、70年代は全国各地で公害が続発し、自然環境と住民の健康破壊が社会問題化した。これに対し公害反対運動が起こり、公害規制と 被災住民の救済に大きな役割を果たした。

 1970年代後半から80年代にかけては、3回にわたる国連軍縮特別総会に「核兵器完全禁止」と「軍縮」を要請する運動が全国で高揚する。中でも、82年の第2回国連軍縮特別総会に向けた反核署名は総計で8000万筆に達し、国際的にも注目を集めた。特別総会そのものは、米ソの対立から成果を上げることができなかったが、3回にわたる国連の会議は、世界のNGOが核軍縮に積極的に取り組むきっかけとなった。その潮流はその後、勢いを増し、国際司法裁判所をして「核兵器の使用・威嚇は一般的には国際法、人道法の原則に反する」とする国連への勧告的意見を出させるまでになった。

 その後、日本の大衆運動は4半世紀の長きにわたる沈滞期が続くが、2011年によみがえる。きっかけは東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故である。これを機に脱原発運動が高揚する。この運動は、2013年9月から2年間にわたって全ての原発を停止させたほか、大津地裁に高浜原発(福井県)の運転差し止めの仮処分決定を出させたり、新潟県で原発再稼働に慎重な知事を誕生させるなどの成果を上げてきた。

 改憲を目指す安倍政権が2014年に集団的自衛権行使容認の閣議決定をし、これを具体化するために安保関連法の制定を図ると、これに反対する大衆運動が起こった。国会で成立した安保関連法が2016年3月に施行さると、運動はその廃止を求める運動に変わった。

 ところで、これまでの安保関連法反対の運動は、別な言い方をするなら、即護憲運動であった。「安保関連法は憲法9条に反する」というのが運動団体の主張であり、集会・デモでも「9条を守れ」のコールが叫ばれてきた。
 安倍政権と自民党が明文改憲と「共謀罪」制定を打ち出してきたことは、安倍政権と自民党が最終目標に向けて新たな攻勢に出たことを意味する。それだけに、安保関連法反対運動を続けてきた陣営側としても新たな対応を迫られよう。

 安保関連法反対運動で中心的な役割をはたしてきたのは「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」だ。これは、自治労や日教組など旧総評系労組が参加している「戦争をさせない1000人委員会」、全労連などでつくる「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」、市民団体の「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」の3団体で構成されている。実行委が、安倍政権と自民党による新たな攻勢にどんな動きをみせるか注目したい。

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