2017.01.25 経済学の貧困と経済学者の劣化(4)
労働力人口は成長の決定要因ではないのか―吉川洋著『人口と日本経済』を質す(続)

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

キャッチアップ過程における労働力価値の再評価
(前回に続いて、労働力人口と労働生産性についての吉川洋氏の考え方を検討する)
もう1点、吉川氏の議論から完全に欠落している視点がある。それは高度成長期の非常に高いGDP成長率が、労働生産性の上昇だけでは説明できないことだ。労働生産性と並んでGDPを押し上げた要因は、「経済のキャッチアップ過程で生じる生産要素(とくに労働力)の再評価」である。これは市場の価値評価の変動から生じる。
戦争で破壊された経済が再び市場経済として再確立する過程は、世界市場へのキャッチアップ過程である。とくに、日本のような戦前の段階ですでに高い教育水準を保有していた国では、市場経済の破壊によって生産要素(とくに労働力)は極端に過小評価される。戦後の混乱期を乗り越え、市場化の進展と国際市場への統合というキャッチアップ過程で、高い質を持った労働力が再び社会的分業に組織化され、次第に国際的な価値評価を受けるようになる。1970年代初めに至る日本の高度成長時代は、固定為替レート下で極端に過少評価されている労働力の価値評価が急激にかつ連続的に是正されるプロセスである。このプロセスの中で、労働力価値が短期間に数倍の上方調整を受け、実質GDPが急上昇する。それは労働力の質の上昇ではなく、既存の労働力の質の再評価である。吉川氏の著書はこのような高度成長の動態分析を欠いており、あたかも高度成長が労働以外から生み出されるかのような幻想を与えている。そして、その幻想を三文「評論家」がアベノミクス賞賛に利用している。
 労働力の増加は経済成長と関係ないのではなく、「労働力の量的質的な増加と労働力の価値再評価プロセス」が、戦後日本の高度経済成長を生み出したのである。
労働力の価値再評価プロセスは日本の高度成長のみならず、社会主義制度が崩壊した中・東欧諸国にも見られる普遍的な現象で、旧体制の崩壊によって過少評価された労働力が、市場経済化と国境開放による世界市場への統合の進行に伴って、短期間のうちに大幅な再評価(価値の上昇)を受けた。ここでも、「労働とは無関係の『生産性』が作用したのではなく、市場化の進行による労働力価値の連続的な再評価プロセスが進行した」のである。
 このように、労働の質の向上や労働力価値の再評価は、労働力と切り離された労働生産性ではなく、労働力そのものから生み出される労働生産性の構成要素である。したがって、吉川氏のように、高度成長時代の労働生産性の上昇を、労働から切り離された資本蓄積やイノヴェーションで説明するのは間違っている。まして、「経済成長は労働力の増加と関係がない」と断言するのは完全な誤りである。経済成長を担う人間がいて初めて、成長が可能なのであって、労働の質や量の上昇と無関係にイノヴェーションが起きるわけではない。

抜け落ちる市場問題とインフラの負の遺産
 「労働人口が半分になるなら、労働生産性を倍に上げれば良い。そうすれば、GDPは減ることはない」というのが、三文「経済評論家」の議論である。これは経済学ではなく、算数の話だ。
 人口が半減し、労働力も半減する社会はどのようなものだろうか。明らかに、市場規模そのものが縮小していく社会である。長期にわたって、すべての商品は漸次的に減産され、あらゆる市場が縮小していく。さらに、膨大なインフラ資産(高速道路、新幹線、高層ビルなど)は将来の日本にとって、大きな負の遺産になる。維持管理しようにも人手がない、お金がない、利用者が急減しているなどの理由で、不要不急のインフラが維持管理されることなく放置され、インフラの多くがやがて歴史的廃墟に転化する。過疎に悩む村や町の荒廃が全国的に展開する状況である。吉川氏はロボットやAIなどの技術進歩で、労働力の減少をカバーできると考えているが、奇想天外のアメリカ映画の見過ぎである。
 こういうリアルな現実は算術計算では理解できない。日本経済はキャッチアップ時代をとうの昔に終えている。したがって、戦後の高度成長時代に生じた労働力の大幅な再評価が生じることはなく、労働力と市場の制約から労働生産性の急激な上昇も期待できない。労働人口が減れば研究開発や技術開発に従事できる労働力も減り、したがってカバーできる産業分野が狭まってくる。他方で、蓄積された膨大なインフラ資産が社会にとって大きな負荷となってくる。
日本の経済社会は青年時代からすでに実年・老年時代に突入している。だから、日本社会の老年時代に備えた社会のあり方を議論し、構想しなければならない時代に入っている。そういう考察を蔑ろにして、いつまでも高度成長を追い求める政策は、将来の国造りの土台を壊すことになる。目先の利益だけを追い求める政治家ではなく、知的で賢明な政治家が必要とされる所以である。

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