2017.02.21  トランプに困惑する世界 ―― 一寸先は闇 
 
伊藤三郎 (ジャーナリスト)
 

 地球全体を舞台とした「トランプ劇場」はまだ幕が開いたばかり。先行きを展望したり、その歴史的位置づけなどとてもできる段階ではない。が、21世紀のアメリカに忽然と現れた風車のような怪物、ドナルド・トランプ大統領に、ドン・キホーテよろしく貧相な槍で切り付けて見ようか。
 私がトランプ氏の登場に戦慄を覚えたのは昨年(2016年)の夏、英国民が「欧州連合(EU)離脱」を選んで世界を驚かせたあの歴史的「国民投票」直前のことだった。その時初めてトランプ氏に遭遇、と言っても、英国の有力経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(2016/6/6付)の紙面上での話だが、米国の著名な経済学者、ローレンス・サマーズ元財務長官が「英国民投票(6/23)と米大統領選挙(11/8)という今年2つのリスク(危険因子)」を展望した一文の中でトランプ氏をこう紹介しのだ ― 「私の人生において、有力政党がこれほど世界経済にとって危険な人物を大統領候補に据えた選挙を経験したことがない。市場は幸い、トランプ大統領の可能性は低いと見ている。皆さん、この市場の判断が正しいことを祈りましょう」
 この激越なトランプ氏拒絶の言葉に衝撃を受けた私は、古巣・朝日新聞その他の元政治記者らが発行しているブログ新聞に一文を寄せた(「メディアウオッチ100」2016/6/27 号『「英国EU離脱の衝撃 ― 次の焦点は米大統領選挙』)。

 この段階で「ひょっとしてトランプ米大統領の誕生も」と、サマーズ氏と憂慮を共にした私は、その理由として、大西洋を挟む英米両国の政治・文化には気味悪いほどの「共鳴」のジンクスがあることを紹介。自らがロンドン特派員をしていた1979年にマーガレット・サッチャーさんが英国史上初の女性首相となったその翌年、米国ではレーガン大統領の共和党政権が生まれ、時ならぬ「新保守主義」の風に“風見鶏”の異名を持ったわが国の中曽根康弘首相がすかさずワシントンを詣で、レーガン新大統領にもみ手をしてその尻馬に・・・などと綴った駄文のその落ちに ― 「洋の東西を問わず政治の世界は“一寸先は闇”。英国を震源地とする巨大地震が5か月先の米大統領選にどんな余震をもたらすのか、目が離せない」。

 果たしてその米大統領選挙は、サマーズ氏が恐れた通り、トランプ氏に勝利をもたらした。前記ブログ紙に送った私の続報(同2016/11/9 号『劇薬的新大統領への祈り』)のリードと結びを再録すると―
『「投票による革命」が起こった。世界がかたずをのんで見詰めた米大統領選は8日、政治経験のない実業家ドナルド・トランプ氏(70)の勝利という衝撃の結果をもたらした。トランプ氏が吠えまくった「既成の政治権力」「一握りの特権階級」への失望と怒りが、共和党、民主党という二大政党の枠を超え、全米50州の境界線も越えて支持を得た。その言わば合法的な民衆蜂起が建国250年来例のない異端の不動産王を新大統領に選んだのだ。』
  『トランプ新大統領を生んだとてつもないエネルギーの源は何だったのか。それは、目にはさやかに見えなかったが、虐げられた人々の痛みを抑え、怒りを鎮める「劇薬的」大統領候補への地球市民の祈りだった、と思いたい』

 しかし、いよいよトランプ新政権が仕事に就いたいま、「革命」の後遺症としての米国市民の亀裂は予期した以上に深刻のようで、「祈り」というきれいごとを超えた危険水域に迫っているかに見える。トランプ氏の大統領就任式(1月20日)を境に激化した左右市民運動の激突ぶりを「ニューヨークタイムズ」紙が1面トップ(プラス14面1ペイジ)という力のこもった編集で詳報(2017/02/03付)を。そこでクローズアップされた「アナーキスト(無政府主義者)」という懐かしい言葉と、その時ならぬ勃興ぶりの一端をお伝えすると ―
 『極右勢力を決してのさばらせない、必要なら暴力に訴えてでも ― アナーキストたちの誓い』 ― こんな激越な見出しがついたこの記事。大統領就任式の日、ホワイトハウスからほど近い首都ワシントンの一角で起こった「トランプ支持」と「抗議」のデモ隊の激突の中、「白人極右指導者リチャード・スペンサーをぶっ飛ばした(トランプ反対派の)一発のパンチ」のビデオ映像が全米に流され、極右、極左の亀裂を深めるきっかけになった、と書き出し、「1・20」以降の「反ファシスト党」と名乗る左翼運動家やアナーキストたちの興奮・高揚の声を生々しく記録する。
 アナーキストたちの「暴力も辞さず」宣言がたちまちカリフォルニア州の2都市で現実に。大統領就任式の20日、シアトルのワシントン大学で催された右翼指導者の演説会を止めようとした反ファシスト党の覆面運動員が銃撃されて負傷。その2週間後バークレイのカリフォルニア州立大で、反ファシスト党員と見られる覆面男が同大学校舎に火を放ち、けが人が複数出たことで、大学当局は右翼指導者の演説会を中止。左翼による「血のシアトル事件」の報復と見られている。
 こうした暴力沙汰には当然市民からの批判があるが、アナーキストのリーダーの一人は「暴力も辞さず、とは言っても、右翼のやりたい放題を抑えるため最低限に」と言い訳し つつ、「トランプ大統領就任以来われわれアナーキスト集団のツイッターには登録者が急増。運動は全国に広がり、日を追って強くなっている」と胸を張る。

 こうしたアナーキストたちの動きを支持・支援するロンドン大学のデイビッド・グレイバー教授(文化人類学)は「われわれは絶大な文化的、政治的衝撃を与えた」と反トランプ運動の盛り上がりにエールを送る。グレイバー教授は「我々こそ(地球上全人口の)99%の貧困層」「貧困層の債務を帳消しに」と叫び、世界中の「(所得)格差是正運動」を声援。チュニジアの「ジャスミン革命」を皮切りにイスラム教国に連鎖した革命運動「アラブの春」(2010 ―12年)やニューヨーク金融街を震撼させた「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street=OWS)」運動(2011年)にも関わったアナーキスト運動のカリスマ的指導者である。

 ただ、「格差是正」には満足な成果を上げ得なかったオバマ政権には不満を表明する一方で、「トランプ氏の勝利は『格差是正こそ社会の病弊の特効薬』というアナーキストたちの主張が正しかったことを証明した」とも語っているように、トランプ勝利とアナーキスト運動の因果関係には複雑なねじれ現象も。ただ、トランプ政権始動とともに米国市民の左右の亀裂が今後一段と深刻化しそうなことは、NY タイムズ記事の以下の結びからも容易に推察できる ―
 (アナーキストたちは)ツウィッターで「右翼指導者・スペンサーが全国の大学キャンパス巡回を計画中」と知らせ、嬉しそうにこう付け加えた ― 「さー、われわれ全員に奴をぶっ飛ばすチャンス到来だ!

 このように草の根レベルの騒動が続く中、トランプ政権はその閣僚名簿も未完成のままで、内政・外交いずれの政策もその根幹をどのように固め、実行に移していけるのか、日を追って混迷を深めつつある。
 「飛びついたトランプこれから何をする」 ― これはトランプ氏が大統領に就任した直後に上記ブログ紙に寄せた拙稿(「メディアウオッチ100」1月23日号)の見出しである。これを読んだアメリカ通の友人から「トランプ氏は決してバカじゃありませんよ」とたしなめられた。それはもちろん承知の上。だから、本文では「一国の、それも世界最強の国の大統領を、蛙(かわず)にたとえるのは失礼千万・・」と断ったうえで、議会制民主主義の原則である立法、司法、行政の「三権分立」が生きている限り、行政府の長である大統領の力には限界があることを説明。だから「トランプ大統領がこれから『何ができるのか』を、少し腰を落ちつけて見極めることが大切ではないか」と締めくくったのだった。
 果たしてそれから一か月。さまざまな逆風にさらされつつも、トランプ大統領にとっての救いは、幸か不幸か米国政治の大原則である「三権分立」のダイナミズムによって選挙中ほど民主主義の軌道を大きく踏み外す言動は抑えられ、世界中を相手の外交も何とかまだ手探りの段階にとどまっている。
 例えばトランプ大統領は就任早々「米国民を守るためには移民・難民の入国を厳しく制限する」という公約を実行に移そうと、イラン、イラクなどイスラム教の強い7か国からの「入国禁止」を定めた大統領令を発したが、これを「憲法違反の疑いあり」とする連邦地裁(シアトル)、連邦控訴裁(カリフォルニア州)の裁断によって入国禁止令の効力はその後停止されたまま。狙い撃ちにあった7か国からの米国への移民希望者が涙を流しながら入国する生々しい姿がテレビで移され、世界中にこの問題の切実さが伝えられたのは記憶に新しい。
 また、ニューヨークタイムズによると、トランプ大統領お得意の特定国非難や荒っぽいツイッター戦略によって米外交がおかしくならぬよう、米議会、とりわけ「上院外交委員会」「同軍事委員会」のリーダーたちが与野党の枠を超えてその修復策を協議したり、米国伝統の民主主義的外交関係の維持に奔走している。(2017/02/04付)
 例えば、ベン・カーディン上院議員(民主党、メリーランド州)、上院外交委の重鎮は「上院はいま非常事態下にあり、トランプ外交を米伝統の価値観から外れないよう指導し、すでに相手を傷付けてしまった場合にはその修復のために超党派で努力すべき時なのだ」と宣言、「(不法移民の防護壁問題で傷ついた)メキシコとの関係修復のために、近く同国を訪問するつもりである」と語っている。
 ただ、そういうそばからトランプ氏はこの15日、ネタニヤフ・イスラエル首相との会談で積年の懸案であるパレスチナ国家の樹立について「(イスラエルとの)2国家共存にこだわらず」と語り(「朝日新聞」2/16付け夕刊)、またまた、イスラム教諸国との新たな火だねを放って上院外交委の困惑を深めさせたようだ。というのは、パレスチナ国家を樹立しイスラエルと平和共存させるという「2国家共存」の考え方は1990年代のクリントン民主党政権以来歴代の米政権が中東外交の柱に据えて来たからだ。
 トランプ氏が執拗に表す「イスラム教国敵視」の姿勢にからみ、中東問題に明るい別の友人からのメイルの気掛かりな部分を披露すると ―
 一番いやなのは、この時期にアラブ系のテロリストが、彼(トランプ)の暗殺を狙うか、米国内で大惨事を引き起こすと、ヒトラーの歩んだ道をたどるように、トランプ政権が独裁に進むことも可能性としてありうるのではないか、ということです。

 繰り返すけれど、トランプ政権はまだ発足直後の混乱の中、世界は「一寸先は闇」。そんな中、慌ててワシントンに駆け付け、ゴルフにも招かれて「日米同盟の強化」を確認したわが安倍首相。新たな「世界大乱ドラマ」の幕開けを暗示するピエロ役として後世の歴史に刻まれることのないよう祈るのみである。

<伊藤三郎(いとう・さぶろう)氏の略歴>
 1940年7月生まれ。慶応大学経済学部卒。朝日新聞ロンドン特派員、編集委員などを務めた。著書に『開戦前夜の「グッバイ・ジャパン」 ― あなたはスパイだったのですか?』(現代企画室)など。

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