2017.02.28  「日本の鏡・アメリカ」の内部報告
          ―『ルポ トランプ王国』を読む―
 
半澤健市 (元金融機関勤務)

《アメリカン・ドリームはどうなっているか》 
 朝日新聞ニューヨーク特派員金成隆一(1976~)は、2015年9月に、米大統領選取材班の同僚に次のメールを打った。取材にあたり問題意識を共有するためである。次はその冒頭部分である。

テーマ=格差/ミドルクラス崩壊、アメリカン・ドリームはいまどうなっている?
 趣旨=日本でも広く読まれた『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』、『ニッケル・アンド・ダイムド――アメリカ下層社会の現実』の出版から10~15年。今月出版された注目書のタイトルは『$2.00 a Day: Living on Almost Nothing in America(1日2ドルで暮らす)』。これは世界で定義される「極度の貧困」に近いレベル。アメリカで広がるばかりの格差を描く。賃金格差の拡大のほか、特に階層間移動の停滞(機会格差)にも焦点を当てる。「出自は関係ない、機会と努力次第で億万長者にでも大統領にでもなれる」というアメリカを牽引してきたアメリカン・ドリームは今、どうなっているのか? 導入はルポで。

《1年間・150人の現場取材で分かったこと》
 著者はメールに書いたことを1年間実践した。それは、ドナルド・トランプとバーニー・サンダース支持者(数は少ない)の取材である。延べ14州で約150人に面談した。トラック運転士、喫茶店員、電気技師、元製鉄所作業員、道路作業員、溶接工、食肉加工場作業員、ホテル客室清掃員、元国境警備兵、トレーラーハウス管理人、看護師、建設作業員、元家電製造ラインの従業員、郵便配達人、たちである。
次に掲げるのは、取材対象者の発言の一部である。

「この辺じゃブルーカラーはみんな民主党支持だったが、アメリカは自由貿易で負け続け、製造業はメキシコに出て行ってしまった。ここに残っているのは(量販店の)ウォルマートやKマートで他国の製品を売る仕事ばかりじゃねえか。オレは現役時代、最後の最期まで日給200ドル(2万3000円)はもらっていた。それが今のサービス業はせいぜい時給12ドル(1380円)。それで若者が生活できるわけはない。もう政党なんてどっちでもいい、強いアメリカの再建にはトランプのような実業家が必要だ」(オハイオ州の元鉄鋼労働者ジョー・62歳)

「石炭産業は完全に復活させるべきです。人々は給料をもらえて、自動車も買えるし、家も買えるし、子どもを育てることもできるようになる。それがすべてでしょう?」
〈金成が〉そんなことを誰ができるでしょうか? 質問すると、そんなバカな質問をするな、といった調子で言った。
「もちろんトランプですよ。彼がやってくれる。周辺の雑音なんて気にしない。思ったことを、そのまま口にする。政治家のようにウソをつかない。だからみんな支持するんです。民主党は逆ですよ。クリントンは石炭産業を潰す。オバマと同じ路線だ。私は、マーティン郡の老いぼれだってことぐらいはわかっていますよ。私は街に残る、この街のために発言しているんです」(ケンタッキー州の元石炭労働者クライン・77歳)

《誰がミドルクラスなのか思いつかない》 
「アメリカでは、そんな中流の暮らしはしばらく前に終わった。今では両親の共働きが当たり前。1人では十分に稼げないからね。私と妻は引退し、今は社会保障(年金)に頼って生きている。もう2年になるが、給付金は増えていないのに、生活費は上がっている。引退した人々は困っている。私は技術者だった。奈良県にあるシャープの工場にも行ったことがある。最後は情報産業で働き、良いキャリアを築き、良いお金を稼いでいたよ。私はミドルクラスだったけれど、今や中の下になった。いずれ、さらに低くなると覚悟している。この変化は少しずつ始まり、より顕著になっている。感覚的には、中間がどんどんいなくなって、上の方と、下の方が増えている。今では誰がミドルクラスなのか思いつかないんだ。周囲にはいないよ」(ニューハンプシャー州の退職者テレンス・スウィーニー・74歳、バーニー・サンダースの支持者)

《民主主義の失敗か? 先進国ミドルクラスは?》 
 一年前には泡沫候補と思われていたドナルド・トランプが、2016年11月に米大統領選挙に勝利し、2017年1月に大統領に就任した。トランプの勝因には、没落するミドルクラスに訴えた「ポピュリズム(大衆迎合主義)」が大きな要因になったという分析がある。私も、当選時の感想にそう書いた。それは誤りではないだろう。しかしミドルクラスの実態を我々は抽象的に認識していたと思う。勿論、様々な研究や報道はあった。近くは、堤未果やマイケル・ムーアによる貧困物語があった。

 金成隆一が「ラスト・ベルト」の一角に集中した取材は、著者の熱意と現場の臨場感がよく伝わる。取材の結論は、米国における中間層の崩壊、アメリカン・ドリーム終焉の確認である。その原因は、グローバリゼーションと技術進歩だ。
著者は、さらに「トランプの勝利が突きつけたものは何か」という問いを発し、「民主主義の失敗か」、「先進国のミドルクラスの行方」という問題を提起している。いずれも即答できるテーマではない。トランプの言動や、長期の経済統計などによる興味ある考察をする著者の結論は、当然ながら、楽観的なものではない。

《トランプを鏡に映すと安倍になる》
 私の感想は次の三つである。
一つ 予想以上の米赤色州の貧困を見せられた。ニューヨークとワシントンから米国を見てきた失敗への反省(遅すぎるが)があり迫力あるルポになっている。
二つ グローバリゼーションと技術進歩はなぜ起こったのか、の答えが欲しい。それをジャーナリストに求めるのは過剰な要求か。二〇世紀の資本主義から説かないと現状は理解できないと思う。
三つ 「日本の鏡・アメリカ」を表現していること。
ヘレン・ミアーズ(1900~1989)という日本研究者は、1948年に『アメリカの鏡・日本』を書いた。ある意味で日本を理解し米国を批判したのでGHQは邦訳出版を禁じた本である。日本の侵略戦争は米欧列強に学んだ結果だ。つまりアメリカ人を鏡に映すと日本が見えるという分析だった。
『ルポ トランプ王国』では、アメリカを鏡に映すと日本の現在と未来が見える。「価値を共有して」「日米同盟の強化」をうたう日本の首相は、トランプ大統領を鏡に写した姿である。(2017/02/18)

金成隆一著『ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く』、岩波新書、2017年2月刊、800円+税
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