2017.03.01  2024年五輪開催都市立候補を取り下げたハンガリー

盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 ハンガリー政府、ブダペスト市、ハンガリー・オリンピック委員会は2月23日、2024年五輪開催立候補を取り下げる決定を行った。表向きは、「ブダペスト五輪開催の是非をめぐる国民投票実施に必要な署名数が集まったため、国民の一致した意思を示すことができなくなり、開催権を得ることが難しくなった」という理由である。国民投票なしで、事実上、政府が決断した背景には、現政権の政治的基盤を崩したくないという政治的な読みがある。ラーザール首相府長官は、「左翼が五輪を政争の道具に利用し、それがブダペスト・オリンピック開催を妨げた」と解説した。しかし、投票も行わずに早々と取下げを決めた背景には、現政権の存続を危うくするような政治的な動きに、早めに手を打ちたいという政権政党の政治的判断がある。

ハンガリーの政治状況
 日本と同様に、ハンガリーの現政権は三分の二の議席に迫る絶対過半数を有する長期安定政権である。民族主義的政策とオルバン首相の独裁的な指導力で、EU内でも異質な存在になっている。このような政権が誕生した背景には、体制転換後も強い政治勢力を維持してきた社会党(社会主義労働者党=旧共産党を受け継ぐ)の長年にわたる腐敗がある。相次ぐ公金横領報道に、社会党支持者が愛想を尽かし、最高時には200万人を超えた支持者がその3割程度の支持者数にまで落ち込み、その反動で強い民族的主張を掲げるオルバン首相率いるFIDESZが絶対多数を得る一強多弱状態が生まれたからである。
 弱小化した社会党の勢力はさらに分裂し、現政権は「国内に敵なし」である。現政権は有権者(絶対数)の35%を抑えているから、多弱の野党はどう足掻いても相手にならない。すべての野党が統一候補を出せない限り、政権交代など夢の夢である。その意味で、日本と似通っている。
 
五輪開催の是非を問う国民投票署名運動
 現政権政党のFIDESZは、もともと「若い民主主義者の連合」という学生運動から生まれた政党である。しかし、この政党の指導者も年々齢を重ね、50の峠を超えるようになった。2期続く長期政権では、例に漏れず、政府の公金やEU補助金で私財を増やす政治家が、次から次へとメディアの話題となっている。右も左も、政権を執れば政治家は蓄財に励む。右と言おうが左と言おうが、権力は腐敗する。
 そこに、昨秋から、Momentum Mozgalom(Momentum Activity)と称する若者集団が五輪開催の是非をめぐる国民投票要求の署名活動を開始した。必ずしも反五輪反政府というわけではない若者集団の活動に、かつてFIDESZ政権に協力した知識人たちの何人かが賛意を表明するようになり、国民投票を要求できる署名数が集まってしまった。少数野党も署名集めに協力したが、ほとんどの署名はMomentumの活動家が集めた。 
 当初、政権側はこの署名運動を冷ややかに扱い、この運動の活動家や署名した人々を、「売国者」、「裏切り者」とすら罵倒する始末だった。こういう状況を見かねた政権に近い著名な学者や知識人の何人かが、積極的に署名活動を助けた。政権政党の姿勢を質すという意味もあった。
 短期間に27万人近い署名が集まり、これで政権政党側が慌てた。反体制の学生活動家として政治の世界に入ったオルバン首相は、若者の動きに非常に敏感だ。この署名運動が政治的な運動に転化するのを恐れたのである。

世論の風向きの変化
 今夏開催の水泳世界選手権の主会場として新しい競泳会場(Duna Arena)が建設されたが、当初の予算をはるかに上回る巨額の投資となった。他方で、ブダペスト市は地下鉄3号線の改修工事費が捻出できず、四苦八苦している。この問題で、ブダペスト市と政府はしっくり行っていない。サッカー好きのオルバン首相が新しいサッカー場の建設を次から次への進めることにも、多くの国民が疑念をもっている。もっと、「別の目的に予算を使ってもらいたい」、と。
 国会もブダペスト市議会もほとんど満場一致で決めた五輪招致だが、最新の世論調査(政府系調査機関、2月上旬)では国民の65%が五輪開催を望んでおらず、質問を受けた76%は五輪予算を別の目的に使うべきだという意見に賛意を表明している。明らかに、世論の風向きが変わった。ハンガリーはオリンピックの歴史に大きな足跡を残しているスポーツ大国だが、国威発揚のために公金を無駄遣いできるほど、経済的な余裕があるわけではない。だから、オリンピックにお金をかける意味を見いだせないと考える国民が多数いることに驚きはない。

政府の姿勢
 現政府は難民問題で、自らが主導して国民投票を実施したが、他方で国民からの国民投票要求には耳を傾けない。日曜日の営業禁止令の撤回を求める国民投票要求が、実施要件を満たす勢いになると、オルバン首相はすぐに法令を改めて、日曜日の営業容認に転換した。学生がインターネット税反対のデモを組織すると、すぐにこれを撤回した。
 今回も、分が悪いとみるやいなや、オリンピック開催の是非を問う議論を回避して撤回を決めた。もっとも、秋に国際オリンピック委員会の招致決定会議が開かれることを考えれば、国民投票実施は遅きに失するが。
いずれにしても、現政権は何ごとにも、反対派との対話を避けて、分が悪いテーマではすぐに譲歩し、反対派を勢いづかせるような政治問題にならないように、政治情勢をコントロールしようとしている。今回の取下げでも、「左翼が五輪立候補を妨害した」と、キャンペーンを張っている。

ハンガリーの政治に変化が起こるか
 オルバン首相率いる政権政党FIDESZによる長期政権の支持基盤は堅いが、若者たちのMomentum Mozgalomの活動が、一強多弱の停滞する政治状況を打破する力になるかどうか。ほとんどの国民は既存の野党に期待していないから、ハンガリーの政治に新鮮な風を送り込む若者たちへの期待が膨らむことは十分に考えられる。オルバン首相が警戒するのもこの風の変化だ。
 何時の時代も、若い人々の勢いのある力がなければ、社会は動かない。来年に総選挙を控えるハンガリーに、再び、政治に波乱を起こす力が動き出すかどうか。興味深い。

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