2017.03.06  ふたつの3.1
          韓国通信NO.518

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

毎年3月1日になると思いだす ふたつの3.1。

<1954.3.1>
ひとつは「ビキニデー」。64年前、ビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験によって第五福竜丸が「雪のように降る」死の灰を浴びた。大人たちは大騒ぎした。連日、新聞で報じられ、小学生だった私にもバリカンで頭を坊主刈りにされる船員たちの姿、大量に廃棄されたマグロの写真、亡くなった久保山愛吉さんの記憶が鮮明だ。この事件がきっかけとなり、わが国に原水爆禁止が世論として定着した。
それと同じ時期、「核の平和利用」がアメリカによって主張され、それを受け入れた自民党政府が積極的に原発を推進、核開発の道へ進んだ。「禁止」と「推進」が同時に進むことに矛盾を感じる人は多くはなかった。安全で未来を開くはずの原発が事故を起こしてから6年目。「3.1ビキニデー」は原発にしがみつく日本を原点から考える日でもある。

3.1と云えば「ビキニデー」を思い浮かべるなか、作家小田実は加害の記憶として1919年3月1日の朝鮮独立運動3.1運動を忘れるなと主張した。今日、ビキニデーも独立運動も「忘れました」では小田さんは何と思うだろうか。
最近のこじれにこじれた日韓関係、日朝関係を考えるうえで、私たち日本人が3.1独立運動を知る大切さは以前にくらべ増している。小田実さんは3.1独立運動を持ち出して、日本人の朝鮮半島との向き合い方を喚起した。
日本がアメリカと戦争をしたことを知らない若者が多いことに唖然。あらためて教科書風に3.1独立運動をスケッチした。1910年の日韓併合は日清戦争、日露戦争によって韓国の保護国化を進めてきた「しめくくり」だった。そこに至るまで、朝鮮民衆の反発は強く、東学農民戦争、義兵闘争が闘われ、1909年には安重根による伊藤博文の暗殺事件も起きた。

<1919.3.1>
日本の「武断統治」による露骨な土地の収奪と「皇民化」に対する韓国国民の不満が爆発した。3月1日にソウルの「パゴダ公園」で「独立宣言」が発表されると燎原の火のように独立運動は全国に広がった。1500回近いデモには参加者約200万人、8千人に近い死者とそれに倍する負傷者、検挙者は4万7千人にのぼったと云われる。夥しい弾圧と殺戮に対する抵抗は数カ月間続き、弾圧された後も独立運動は日本の敗戦まで続いた。朝鮮総督府は警察・憲兵を出動して弾圧した。
「侵略はウソ」「朝鮮のために併合した」などとうそぶく「晋ちゃん」たちの手にかかっては厳粛な3.1独立運動の事実さえも否定されかねない。幼稚園児に嫌韓・嫌中を叫ばせる時代に私たちは歴史をしっかり学ぶ必要がある。隣国との諸懸案を解くカギは過去の歴史の中に埋もれていると云っても過言ではない。2017年3月1日。韓国では新しい国づくり、国民のための政治を目指す大衆行動が全国で繰り広げられた。
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