2017.03.15 やめられないとまらない――チベット・モンゴル高原の環境汚染(2)
       ――八ヶ岳山麓から(214)――
                 
阿部治平 (もと高校教師)
 
だが中国は違う。羊八井発電では利用済み廃水をなんら処理することなく、直接堆龍河に流し込む。羊八井の地下水の砒素含有量は1ℓ当り5.7㎎、中国の汚水排出基準は、全砒素量の最高濃度が1ℓあたり0.5mgである。羊八井発電所の廃水は11倍余になる勘定である。
羊八井発電所の廃水は毎年2000万tに達し、発電所下流の26ヶ村の人畜の生活水は直接の危害を受けている。堆龍河はラサ川の支流である。その水はヤルザンボ川に入る。ラサ川にせよヤルザンボ川にせよ現地住民の生活水である。チベット高原の大湖ヤムジョユムツォの流域住民の生活水にも、基準量を越えるセレンやアルミニウム・硝酸塩が含まれている。だが、自治区政府はこれをまったく問題にしていない。
水汚染の最大の原因は、鉱産資源の大規模な略奪的開発であり、いかなる保護措置もとられないことにある。そのためチベット全体の表流水のカドミウムは基準値をはるかに超えている
(王维洛論文http://woeser.middle-way.net/2017・02・17)。

中国では、ことはチベット自治区に限ったことではない。チベット高原東北の青海省にも内モンゴル草原にも深刻な汚染がある。チベットや内モンゴルだけではない。中国では環境汚染はすでに水も土も健康と生命の危険のレベルに達している(高橋五郎『農民も土も水も悲惨な中国農業』2009朝日新聞出版)。
毎年1200万tの食料が重金属に汚染されている。いわゆるカドミウム米問題である。その損害額は毎年200億元に達するとしている(「環境観察」2016・12・07)。
これは中国の牧畜地帯に限らない。モンゴル国(外モンゴル)でも鉱山開発による自然破壊が進んでいる。チベット高原・モンゴル高原から中央アジアのステップにいたる広大な内陸アジアは、伝統的には牧畜地帯であった。草原は入植者によって開墾されるようになると、砂漠化が進んだ。1980年代に入ってからは砂漠化どころではない、牧民の健康と生命を直接脅かす変化が生まれている。石油・石炭・天然ガスなどのエネルギー資源、鉄鉱やボーキサイト鉱、貴金属、希土類元素を求めて、急速で大規模な開発が進み、それが重金属汚染を進めているからである。しかも、住民はその恐ろしさを知らされていないことがほとんどだ。

すでに柳瀬滋郎・島村一平編著の『草原と鉱石――モンゴル・チベットにおける資源開発と環境問題』(2015明石書店)は、ソ連時代からの内陸アジアのステップにおける、鉱山開発と環境破壊の実態を明らかにした。「序文にかえて」はこういう。
「2012年のデータによると、モンゴル国において鉱業がGDPに占める割合はすでに21.4%に達し、農牧業の14.8%を凌駕している……(モンゴル国は)もはや『遊牧の国』ではなく『地下資源の国』なのである。そうした中、モンゴルでは首都を中心に大気汚染や水質汚染といった環境汚染が懸念されている。また、地方の小規模金鉱においては水銀を用いる違法な精錬が行われており、現地メディアにおいても問題視されている」
同書ではモンゴル国におけるソ連時代からの地下資源開発の歴史と社会変貌、地下資源開発による環境破壊の現状、また中国の内モンゴルと青海チベットの地下資源開発の危険性が指摘されている。そして鉱山開発とそれに伴う環境破壊は、否応なしに民族問題となって現れる現実を記している。

ここでただちに思い至るのは、2014年 11月アジア太平洋経済協力首脳会議で明らかにされた、習近平中国共産党総書記の「一帯一路」という経済圏構想である。「一帯一路」は、世界の人口の6割を占める65カ国でインフラ整備を進め、貿易を拡大する構想だ。中国主導のグローバリズムである。ロシアのプーチン大統領もこれを支持している。すでに中国からイギリスまでの長距離鉄道が動き始めている。
当然東トルキスタン(新疆)・モンゴル国から西アジアの資源開発は投資の焦点になる。中央アジアの低開発で資源の豊富な国々はこれに飛びつく。中国やロシアの今日の開発方式を進めれば、企業は莫大な利益を上げるだろうが、環境の汚染はとめどがなくなる。
内陸アジアのステップの自然環境は、21世紀に大きく変貌するだろう。それも悪いほうへ。
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