2017.03.17  反イスラム極右政党予想外に低調―オランダ総選挙
    米国では6イスラム国民の入国拒否大統領令にまたNo!

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)


 オランダの総選挙では、反イスラム、反移民、EU脱退を主張した極右の自由党が、第1党に躍進かとの予想もあったが、議席増がすくなく終わった。同党のウィルダース党首は事実上の敗北宣言をした。自由党の過激な主張に多くの人々が危機感を持って、投票所に行った結果だった。
 一方米国ではトランプ政権が性懲りもなく、前回は裁判所の決定であきらめた、7つのイスラム国の国民の入国を拒否する大統領令から、イラクを除外した6か国の国民の入国拒否の大統領令を発令した。しかし、今度はハワイの裁判所が実施を全国で差し止める決定をくだした。大統領令が発効する直前の16日夜だった。
 どちらの出来事も、人種と宗教の差別を禁じ、移民を受け入れ共存してきた国民多数の意思の表れだった。トランプやウィルダースが展開したイスラム・テロの脅威、反イスラム、反移民のキャンペーンは、限られた国民の支持しか得られなかった。まして米国では、憲法に忠実な裁判官を屈服させることはできなかった。

 中東で生まれ成長したイスラム国(IS)はじめ偏狭なイスラム聖戦主義過激派や、それにつながる国内イスラム過激派の大規模テロを経験した欧米の人々の中には、イスラム教とイスラム教徒に対する警戒心あるいは嫌悪感を抱く人が少なくないかもしれない。
 しかし、ISのように、偏狭なイスラム思想、イスラム法の解釈を信じ、残虐な暴力によりそれを強制し、他者を排除する自称聖戦(ジハード)主義者は、世界人口の4分の1を占めるムスリム(イスラム教徒)のごくごく一部なのだ。ほとんどのイスラム教徒は、過激な聖戦主義者を嫌い、その暴力的行動・テロを恐れ、他宗教との共存を妨げる、イスラム社会の敵だと思っている。これは、中東で計7年間生活した私の実体験の結論でもある。
 ここで私は、著名なパキスタンのジャーナリスト、アハメド・ラシッドの著書「Jihad(聖戦)」(邦訳「聖戦」講談社2002年)から、偏狭な聖戦(ジハード)派を厳しく批判するイスラム教徒のジャーナリストの思想と戦いを紹介したい。出版年は、9.11米同時多発テロ事件の前年。ラシッドは現在、パキスタンのイスラム過激派から死刑宣告の脅しを受けながら、ラホールの自宅を本拠地にして、国内紙と英BBC、フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・ブックレビューの常時寄稿者として活躍している。邦訳(いずれも講談社刊)には他に、「よみがえるシルクロード国家(1996)」「タリバン(2000年)」がある。
 「預言者ムハンマドが説明したように、大ジハード(聖戦)は第一に自ら内部での探求なのだ。それにはムスリム一人一人がよりよい人間になるための努力、彼あるいは彼女をよりよくするための闘いが含まれる。こうしてジハードの参加者は、彼あるいは彼女のコミュニテイに貢献する。さらにジハードは、ムスリム一人一人の神に対する服従、地上での命令を実行する意思をしめすものだ。バーバラ・メトカーフは「ジハードは自らの道徳的尊厳とイスラムへのかかわりの内部闘争であり、政治的行動である」と述べている。
 イスラムが、ムスリムか非ムスリムかを問わず、不正義な支配者に対する反乱を認めていることもまた事実で、ジハードは人々を政治的、社会的闘争に動員する手段にもなりうる。
 ムスリムは、預言者ムハンマドの人生を、大小のジハードを例示したものとして敬っている。預言者は彼の周辺のひとびとに行動の規範となり、神への完全なかかわりをしめすために、一生、彼自身のために闘い続けた。
 預言者は彼が住んでいた腐敗したアラブ社会と闘い、その改革のために、あらゆる手段―それだけではないが、過激な手段を含めーを使った。」
 「しかし、民族、宗派、信仰を理由に、罪のない非ムスリムの男女そして子供を、また、ムスリム同胞を殺すことを、いかなるムスリムの書物も伝統もみとめてはいない。
 罪のない人々の殺害を正当化することは、ジハードの堕落であり、今日の最も極端なイスラム運動である新原理主義過激派を特徴づけるものである。かれら、新ジハード・グループは、腐敗した社会を正しい社会に変革することに関心をもたない。そのために仕事を作り出すことや、教育、支持者たちの社会的向上、また、多くのイスラム諸国に住むさまざまな民族グループ間の調和にも、関心を払わない」(Jihad「聖戦」18-19ページ)

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