2017.05.08  困ったもんだなあ、これじゃ子供のけんかじゃないか
  ――八ヶ岳山麓から(220)――

阿部治平(もと高校教師)

総理安倍晋三は、5月1日民進党の一部・日本維新の会なども加わる超党派の「新憲法制定議員同盟」の集会で、「機は熟した」として現行憲法発効70周年の「この節目の年に、必ずや歴史的な1歩を踏み出す」「憲法を不磨の大典だと考える国民は非常に少数になってきた」と演説した。
憲法記念日の5月3日には、憲法改正を訴える会合にビデオ・メッセージを寄せ「(東京オリンピックの)2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と、改憲実現の時期を区切る新しい提案をした。先に本欄で広原盛明氏が論じたように、自民党の改憲案とは異なり、憲法9条は戦争放棄などの条文を残し、それに自衛隊の存在を追加している。
手のこんだ提案である。いったい戦争放棄条項と自衛隊明記とはどう整合するのか。オリンピックと改憲とどんな関係があるか。――どうも、これは「知恵者」がついていますね。

4月末には自衛艦は朝鮮半島をめざす米空母カール・ビンソンと共同訓練をした。稲田朋美防衛相は安保関連法にもとづいて、自衛隊に米軍艦船を防衛する「武器等防護」を命令し、5月1日海自のヘリコプター搭載型護衛艦は太平洋上を航行するアメリカの補給艦を護衛した。
さらに政府は攻撃型巡航ミサイルの将来的な導入に向けた本格的検討に入った。北朝鮮のミサイルの脅威が新たな段階に至ったとして、発射拠点をミサイルにより破壊する「敵基地攻撃能力」の保有をめざすとのことである(信濃毎日2017・5・6)。――テキはいよいよ機に乗じて来ました。
朝鮮半島の緊張を機に、アメリカとそれに従属する日本の支配者が日本の内政を軍国主義復活の方向に大きく変えるのは、いまに始まったことではない。1950年6月に朝鮮戦争が始まるとアメリカ占領軍GHQ最高司令官マッカーサーはときの首相吉田茂に警察予備隊の設置を指示した。それが保安隊となり54年には自衛隊となった。

半澤健市氏が論じたように、いま安倍政権は巧妙なシンボル操作によって朝鮮半島の緊張をことさらに演出し、改憲に有利な情勢を作り出し、日本国民をこの状況に「自発的」に参加させようとしている。
4月初め、在韓日本大使館は韓国滞在の日本人に対し大使館ホームページを通して「半島情勢」に注意を促した。さきのミサイル発射実験の直後には、内閣官房が日本国民に対しミサイル落下対策を教示した。
屋外にいる者はすばやく近所の頑丈な建物や地下街などに逃げよ、屋内にいる者は窓から離れ、窓のない部屋へ移動せよ、というものだった。私は戦前信濃毎日新聞主筆だった桐生悠々が1933年8月に書いた「関東防空大演習を嗤ふ」を思い出して、ひとり笑ってしまった。
日本に向けた北のミサイル発射が本当に差し迫っているのか。その根拠は何か。そうだとしても、こんなものが対策になるのか。はたしてこれをまじめに受け取る国民がいるのか。

――いや、いるんだよなあ、これが。
先月29日早朝、北朝鮮のミサイル発射のニュースが発表されるや、新幹線の一部と東京の地下鉄東京メトロが全線で地下鉄を一時停止するという「事件」があった。このときテレビは道行く人の「北朝鮮は怖い」という声をことさらに取上げた。さらに彼らは北の核実験とミサイル発射のXデーなるものを設定している。今度は5月9日だそうだ。
こうした日本人の「過剰反応」を、北の危険にもろにさらされているはずの韓国の世論が笑っている。――こんな滑稽な国がほかにあるかね?
いやいや、安倍極右政権にとっては多少みっともなくても、緊張を高め世論を右へ誘導できるのだから、これはこれでいいのである。

朝鮮半島の緊張を利用するのは、日本保守的支配者だけではない。韓国では国政選挙のたびに北朝鮮脅威論が昂揚し、対米従属の保守派はたいていこれによって勝利してきた。北朝鮮の軍事力強化とそれに伴う緊張が、国の安全保障の次元を越えて保守派に政治的に利用されていること、日本と同様である。
日本のメディアがとりあげるのは、米中と北朝鮮の核とミサイルの確執、北の「挑発」ばかりで、韓国大統領選挙の詳細な報道がないが、選挙結果は朝鮮半島情勢を大きく変えるかもしれない。
5人の候補のうち、革新派の文在寅(ムンジェイン)、中道と思われる安哲秀(アンチョルス)、保守系の旧与党洪準杓(ホンジュンピョ)が有力候補だが、世論調査では文在寅が最大支持を集めている。
これも半澤健市氏が触れているが、大統領の座にもっとも近い文在寅の対北戦略は、1998年から2008年まで北に融和的であった金大中・廬武鉉政権の「太陽政策」である。私の理解では、それは北朝鮮の軍事挑発には厳しく対抗するが、金氏政権を認め、これを併合しようとはせず、協調共存するというものである。
だから文在寅が当選したとき、韓国と北朝鮮との直接会話が行われる可能性がある。国連の制裁決議があるから幾多の曲折はあるだろうが、南北対立が緩和され、経済交流が回復すれば、韓国は中国に代って北朝鮮へ食料や石油などの戦略物資を「援助」あるいは輸出することができる。
そうなると北朝鮮は以前のように中国の援助を当てにして韓国を挑発することはできなくなる。緩衝地帯としての北朝鮮は維持されるから、THAAD(高高度防衛ミサイル)を撤去すれば中韓関係は好転する。そのかわりアメリカとの摩擦は避けられないし、安倍政権との関係では慰安婦問題は振出しに戻り、いまより悪化する。
この場合、文在寅の主たる敵は北朝鮮ではなく、対米従属を維持しようとする韓国財閥と右派保守政治家、および朝鮮の緊張状態によって経済的政治的果実を得てきたアメリカの産軍複合体と日本の保守勢力、ということになるだろう。

話はずれるが、先代の最高指導者金正日は、イラク戦争の教訓として、核・ミサイルが体制維持のために決定的に重要だと考えた。金正恩もアメリカによってリビアのカダフィ、エジプトのムバラクなど非核保有政権が打倒された現実を見ているから、核・ミサイルは現体制維持の唯一の保証だと堅く信じている。核を祖父金日成末期のように経済的取引の材料にすることはできない。
したがって現情勢下では、トランプに北の核処理を任された習近平がいくら北の現政権・現体制維持を保証するとなだめても、石油の輸出を停止するぞと脅しても、また日米韓が北に対する軍事的示威行動をやらかしても、それは北の核をどうとかする力にはなり得ない。金正恩が「我々は屈しない」と呼号するのは、カラ威張りや「挑発」だけではない。

かりに北の核とミサイル開発が一時中止されるとして、カール・ビンソン後の朝鮮半島の軍事的緊張をどう解きほぐすのか。
関係諸国、とりわけ韓国が本気でこれを解消しようとするなら、北の核・ミサイルの撤廃は、在韓米軍の撤退と抱き合わせで交渉を進める以外にない。最終的には1950年代以来の朝鮮戦争の休戦状態を終らせなければならない。このためには講和のための長い交渉が必要になるだろう。したがってさきの朴政権のように北と対決するのではなく、北との和解を目指す政権が韓国に生れなければ、この話は意味がない。
南北交渉は相当長引く。その間、北朝鮮の核はどうなるか。たぶん、核不拡散条約NPTに参加していない現核保有国インドとパキスタン、それにイスラエルに似た位置におかれざるをえない(だいたいNPTそのものが核保有大国エゴイズムのかたまりである)。それを金正恩は大勝利と宣伝するだろうが、それでも戦争をやるよりはずっとましだ。

時代の変り目は、もうすぐそこにきているのかもしれない。いたずらな挑発・扇動はたがいにやってはならない。ましてや「ハーメルンの笛吹き男」よろしく、国民を好戦国家へ導いてはならない。(2017・5・6 記)
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