2017.05.11  文在寅(ムン・ジェイン)政権の幕開け
   韓国通信NO524

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

5月9日に行われた韓国大統領選挙で、民主党の文在寅(ムン・ジェイン)氏が国民党の安哲秀(アンチョルス)、自由韓国党の洪準杓(ホン・ジョンピョ)、正しい党の劉承旼(ユ・スンミン)、正義党の沈相奵(シム・サンジョン)らを抑えて当選を果たした。前回の大統領選では朴槿恵候補に僅差得票率3%で惜敗したが、今回は予想通りの圧勝だった。
今回の大統領選挙はこれまでの保守と革新という対決構造と様変わり、前回選挙では文在寅候補一本化のために立候補を辞退した安哲秀氏が立候補、さらに左派の正義党沈相奵候補が立候補し、ともに善戦した。選挙戦の後半に入り、保守派が巻き返し、自由韓国党の洪準杓候補の追い上げが注目されたが、結果は野党陣営による選挙戦だった。
 朴槿恵前大統領が任期半ばで罷免された異常事態のもとでは、与党セヌリ党系候補者の当選はおぼつかないばかりか、政党としての存在すら危ぶまれていた。事実、与党セヌリ党は分裂、党名を自由韓国党に変更。一部は朴槿恵大統領の不人気を嫌って新政党「正しい政党」を結成した。今回の選挙は何といっても「ろうそくデモ」で示された民意―「国民のための政治」「政治の主人公は国民」―がどれだけ選挙に反映されるかという点に尽きた。前大統領批判派(ろうそく派)が三人も立候補するという「ぜいたく」な構図はこれまで見たことはない。

<北朝鮮との緊張が高まる中で>
  5人の有力候補たちによるテレビ討論会は3回開かれ、福祉問題、教育問題など身近な問題について長時間にわたる熱心な議論が行われた。しかし「ろうそくデモ」で提起された数々の内政問題に関する議論はやや後方に押しやられた印象が強い。北朝鮮との緊張が高まり、安全保障問題が前面に現れたように見えた。しかし「ろうそく」の火は消えていなかった。80%近い投票率の高さに示されたように、「積弊清算」、これまでの韓国社会に積もり積もった弊害を清算するという文候補の訴えを国民は支持した。
北朝鮮に対する強硬な米国トランプ大統領の発言によって日本では戦争に対する不安と動揺が広がったが、韓国民は浮足立つことなく、冷静に未来を選択した。

<戦争か話し合いか>
わが国ではあまり知られていないが、2014年に5名の国会議員を擁する「統合進歩党」が「親北」政党と判断され、強制解散させられる事件があった。北朝鮮との融和をはかるという主張が「親北」「従北」、つまり「アカ」と見なされた。朴正熙軍事政権以来の「反北」「反共」の伝統は李明博、朴槿恵政権に引き継がれ、今でも根強い反共主義が国民のなかに根を下ろしているのは事実だが、北朝鮮との融和をすすめた金大中、廬武鉉政権をへた韓国社会で北との融和を主張しただけで公党が解散させられたのは信じ難いことだった。それが朴槿恵政権下で起きた。
大統領選のさなか、北朝鮮との緊張が高まり、野党候補、特に文在寅候補に「親北」「従北」というレッテルを貼り、旧ハンナラ党勢力が攻撃をしかけた。韓国の有力紙も文在寅候補の「危険」さを指摘した。故廬武鉉大統領の側近だった文在寅氏が「戦争回避のために北との話し合い」を主張したことが「親北」とみなされた。わが国の新聞・テレビも文候補に対して「親北」「従北」、つまり北朝鮮とつながっていると文候補を紹介した。
北朝鮮の恐怖を煽れば支持が得られるという政治風土の中で「親北」とそし誹られながら文在寅氏が当選した意味は大きい。一時、文在寅氏を凌ぐ評価を得ながら、安哲秀候補は北朝鮮問題でつまずいた。学者、清新、知性、クリーンなイメージで評価の高かった彼が、文候補との差別化を図り、保守層の支持を得るために北朝鮮に対して、やや「強硬」な発言をしたためそれが裏目に出て支持離れを起こしてしまった。
北朝鮮と対決するのではなく、「会話」を求める文在寅氏を選んだことは、北との共存をはかり戦争を回避する賢明な選択だった。

<私たちは韓国国民の選択に敬意を表すべき>
 トランプ大統領が新大統領にどのような評価をするかは不明だが、安倍政権の衝撃度は計り知れない。日米韓の軍事協力による北朝鮮包囲という目論見は変更を余儀なくされる。国会で過半数をもたない与党民主党であるため新大統領の国政運営は困難が予想されるが、安哲秀氏はもともと文在寅の盟友だった人物である。文在寅も安哲秀も「ろうそくデモ」を背景に大統領選挙に出馬してともに闘った。政治は国会議員の数だけで動くものではない。ろうそくデモが示した広範な民意がある。韓国は間違いなく「新時代」を迎える。
 ろうそくデモという前代未聞の「市民革命」は現在も進行中だ。財閥や検察の横暴、所得格差の是正、そのための不公平税制の改革、教育制度の改革、福祉の充実にたいする国民の期待は大きい。「国民こそ国の主人公」(憲法第1条1項)という原則にもとづく民主的な改革が進められていくはずだ。選挙の翌日には早くも大統領に就任した。新政府の動向は敬意をもって見守っていく必要がある。当面する日韓関係の懸案2015年12月の従軍慰安婦問題の日韓合意について私たちは謙虚に当事者と韓国国民の声を聞く必要がある。「政府間合意の履行をあくまでも求める」と繰り返すばかりでは韓国との相互理解は生まれない。
アメリカのTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)の設置についても前政権がアメリカと合意したが、民意は反対だ。新大統領の決断は予断を許さないが、対米関係についても「積年」の韓米関係は見直されるはずだ。つまり国内の政治経済の改革に加えて外交もこれまでと違った独自の路線が予想される。半島有事に備えて米軍空母カールビンソンに付き従う日本とは違う方向を模索するはずだ。韓国新政権の発足は隣国日本にとっても内政、日米韓の関係を考えるうえで学ぶべき点が多い。新時代の到来を告げるものとして評価したい。
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