2017.05.12  中国人在外研究者の逮捕と釈放について思うこと
  ――八ヶ岳山麓から(221)――

阿部治平(もと高校教師)

5月2日毎日新聞に、シリアで行方不明になっている、ジャーナリスト安田純平氏救出の努力を日本政府に求める記事があった。
「安田純平さん(43)を覚えているだろうか。2015年、シリアで行方不明となり、反政府勢力『シリア征服戦線(旧ヌスラ戦線)』に拘束されたとみられるジャーナリストだ。……このまま解決しない日々を重ねていくのか」(藤原章生記者)という。
いま日本人4人が中国当局にスパイ容疑で捕まっている。逮捕後、この人々のニュースはまったくなくなった。訪中する国会議員はいくらでもいるが、中国側に釈放を求めたという話は聞かない。国会でも問題にされない。私が中国滞在中に、英国政府が同国人の死刑執行に抗議したことがある。日本政府や国会は、抑留されている人たちのために釈放の努力をしているのだろうか。

これとは対照的なオーストラリア政府の事例がある。
今年4月2日早朝、中国に抑留されていたシドニー科学技術大学中国研究センター教授馮崇義が、シドニー空港に到着した。馮氏は中国籍であるがオーストラリア在住25年の現代中国研究者である。
彼は今年3月4日中国へ一時帰国して、中国人権派弁護士らの活動状況と彼らの政治的要求などを調査していた。3月24日オーストラリアへ戻ろうとしたとき、広州飛行場で国家安全部(省)の天津市機関によって「国家の安全に危害を加えた」という容疑で出国を阻止された。
馮崇義が中国に「帰国」し、民主人権派の調査をしたと知ったときは驚いた。彼は中国生れ中国籍だから、「帰国」目的が親きょうだい、友人知人と久闊を叙するというのならばあたりまえの行動だ。だが習近平政権にとっては、どうしたって逮捕・投獄したくなるような人物である。たとえば、去年中国語で書かれた馮氏の「毛沢東思想の劇毒」という論文だが、そのさわりはこんな具合だ。

1917年の「ロシア十月革命」は、レーニンなどペテン師とゴロツキどもが「プロレタリアート」の名を借りて、第一次世界大戦の混乱に乗じて権力を奪い、ロシアを一党独裁の全体主義体制に陥れたものだ。
1949年の中国革命は、山賊が山を占領して王様になり悪事をはたらいた歴史のくりかえしであり、マルクス主義と共産主義というレッテルを貼り付けたものに過ぎない。
毛沢東支配の時代には、「土地改革運動」などにより数百万の地主富農と中華民国政府の下層の兵と官僚とをあの世に送った。思想改造・反右派と称する一連の運動、人民公社などを通して奴役と統制をやり、大躍進政策では4000万の人々を餓死させ、文化大革命では大衆を互いに闘争させて、永遠に取消すことができないほどの殺しあいに人々をに陥れた。
習近平政権は、資本主義をやりつつ、毛沢東流に権謀術数をもって政敵を追落し、外交においては強硬路線をしき、内政では思想の統制を図っている。
中国大衆はいまこそ、毛沢東とその思想の魔術から、60年余の暴力が愚民を洗脳したその厳重な束縛から、抜け出さなくてはならない。憲政への転換を実現することが現代中国の唯一の活路である(本欄「八ヶ岳山麓から(200)」参照)。

この彼が「帰国」して人権派活動家・弁護士ら大量逮捕事件の本人やその家族などに接触して調査をやるという挙に出た。弁護士大量逮捕事件は、中国では「709大抓捕案」という。2012年7月以来、北京を中心に天津・黒竜江・山東・福建などで民主人権派の活動家や弁護士が大量に逮捕、拷問された。
新華社通信などは、彼らを「組織が厳密で多数を結集し、分業が精密な犯罪者集団」「正義・公益を名目としているが社会秩序を乱し、人に言えないような目的を持った連中」といっている。「709大抓捕案」は習近平政権にとって「敏感な」問題で国際的に非難の対象になっている。
馮氏があえてその調査をやったのは、まるで「さあ捕まえてくれ」というのと同じである。その自覚がないならば、オーストラリアに25年住んで、中国当局に対する警戒心を喪失したとしかいいようがない。
もし、こうした人物を逮捕しなかったら中国の治安当局は怠慢を指弾されるだろう。

4月2日、シドニー空港に戻った馮氏に、オーストラリア放送の記者が事件経過を質問したが、彼は「中国出国時に公安当局にこの間のできごとを秘密にする書面に署名を要求された」から、「中国でどのように過ごしていたかは明らかにできない」と答えた。
私には、馮氏が長期拘留・起訴されず、10日足らずの取調べでオーストラリアに戻れたのは奇跡に思える。彼自身も「なぜ中国を出国できたかよくわからない」といいつつも、「おおかた国際的圧力があったからではないか」と憶測を述べた。
たしかに、国際的な中国問題研究者100人前後が心配して、3月30日連名で習近平国家主席と李克強総理に手紙を送り、馮崇義のオーストラリアへの出国を取計らうよう求めた。だが、民間からの陳情など中国治安当局にとっては痛くもかゆくもないから、圧力にはならない。

だが、馮氏のいう「国際的圧力」はつづくニュースでわかった。
馮氏がシドニー空港に到着するとすぐに、オーストラリア外交貿易省は「オーストラリア政府は馮崇義が戻ることができたというニュースを歓迎する」という声明を発表したのである。
思うに、オーストラリア外交当局は馮氏が捕まった事実に「関心」を持ち、中国に「善処」を要求していた。そして中国はオーストラリアとの外交的関係を考慮して、馮氏釈放を決めたのである。オーストラリア政府はたとえ国籍が中国であろうとも、オーストラリアで仕事をしてきた人物を保護しようとしたのである。

日本にも在日中国人が「帰国」して逮捕され、長期にわたって拘束された事件がある。もう4年ほど前になるが、2013年5月日本の中国語紙『新華時報』編集長蘇霊氏が北京市出張中に消息を絶った。
同年7月やはり東洋学園大学教授朱建栄氏が、会議出席のため上海に向かったまま行方不明になった。朱氏の消息は、翌2014年1月に勤務先の大学が釈放を明らかにするまで7ヶ月間わからなかった。朱氏はもっぱら中国政府寄りの発言をしてきた人物だから、私にとってはまったく意外だった。日本では朱氏の二重スパイを疑うひとがいたが、真相は不明である。
2014年3月にも神戸大学教授王柯氏が、福建省泉州市で現地調査中に公安当局に逮捕され、18日間拘束されたのち釈放された。彼は中国新疆出身の漢人で、『東トルキスタン共和国の研究』で知られた人物である。拘留理由は調査の仕方が不適切だったということらしかったが、本当のところはわからない。
蘇霊、朱建栄、王柯の抑留のとき、日本政府はオーストラリア外務省のように、何か強力な外交圧力を中国側に加えただろうか。是非、知りたいものである。いまスパイ容疑で長期に捕えられている4人の日本人の安否は、どうなっているのだ。

一連の長期抑留事件があらためて示したものはもはや明らかであろう。中国に関して微妙な政治問題に関して発言をしたり、中国での立ち居振る舞いが当局に怪しいとにらまれれば、反政府の言動があろうとなかろうと、逮捕され長期に抑留される危険があるのである。
国際的な法感覚では不当逮捕である。こうしたとき、日本人だけでなく、在日外国人も日本政府の外交的配慮をあてにすることができるだろうか。どうも疑わしい。――諸兄姉、よくよく用心めされよ。
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