2017.05.22  大使館のエルサレム移転、入植地新規建設を支持するな
  ―トランプのイスラエル、パレスチナ訪問

坂井定雄(龍谷大学名誉教授)

トランプ米大統領は、22,23両日、イスラエルとパレスチナを訪問、ネタニヤフ・イスラエル首相、アッバス・パレスチナ自治政府議長と会談する。

トランプの訪問に先立って、トランプの親しい友人で、トランプ人事で真っ先に駐イスラエル大使に任命された、ユダヤ系アメリカ人のダヴィッド・フリードマンが15日テルアビブの米大使館に赴任した。彼は、極め付きの親イスラエル派の破産処理専門の弁護士。かねてから、パレスチナ紛争解決のため米国を含め国際社会が堅持してきた、イスラエル・パレスチナ2国家による解決方式を否定し、イスラエル一国による全パレスチナ支配を主張してきた。フリードマンはすぐテルアビブからエルサレムに向かい、ユダヤ教徒の最重要な聖地である西壁(嘆きの壁)で祈祷した。

トランプは選挙中、米大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を選挙公約として発言、ユダヤ系保守派の喝采を浴びたが、就任後、訪米したネタニヤフ首相には大使館の移転を公言せず、その代わりのように、米国が公式には堅持してきたイスラエル・パレスチナ2国家による解決方式にはこだわらないと表明した。それは、パレスチナをユダヤ人国家、アラブ人国家に2分割し、エルサレムはどちらにも属さない国際管理都市とすることを1947年に国連総会が決定し、世界各国が尊重してきたパレスチナ紛争解決方式を否定する発言だった。
48年のイスラエル独立、第1次戦争の後、67年の第3次戦争でイスラエルは東エルサレム、ヨルダン川西岸地区、ガザのほぼパレスチナ全土を占領、東エルサレムを一方的に併合し、西エルサレムと一体化して首都宣言した。しかし80年代から、イスラエル占領からの解放を目指すパレスチナ人の抵抗闘争が高まり、93年にラビン・イスラル首相とアラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長がワシントンで「パレスチナ暫定自治協定」に調印、イスラエルは67年戦争占領地から順次撤退することとなり、パレスチナ人の自治政府が発足した。しかしその後も、占領地のいたるところに軍に守られたユダヤ人入植地が建設され、ヨルダン川西岸地区、東エルサレムはひどい虫食い状態になっていった。
さらに95年、イスラエルでラビン首相がユダヤ教過激派の青年に暗殺され、09年に強硬な右派のネタニヤフが首相に就任、自治地域と入植地やイスラエル領との間に高い壁を築いていった。

トランプ就任後の今年3月30日、イスラエル閣議は、東エルサレムに計2000棟の住宅建設を決定した。トランプ当選直後にネタニヤフ首相が決めた、5500戸の建設計画の一部だ。大規模な住宅地建設としては、約20年ぶりとなる。このイスラエルの入植地での建設計画について、国連安保理は昨年12月、ヨルダン川西岸地区と東エルサレムでの新規入植地建設は違法だとする決議を採択している(米国は棄権)。
トランプは、安倍首相に続いて訪米したネタニヤフに、2国間解決方式にこだわらないと表明、ネタニヤフを喜ばせたが、新入植地建設にはブレーキをかけるような発言をしたと伝えられた。ネタニヤフは、トランプ発言を無視したか、トランプの真意を承知していたのだ。今回のイスラエル訪問に、トランプはどんな土産を持っていくのだろうか。国際社会が一致して拒否してきた東エルサレムの領土化、首都宣言を米国が承認することになる大使館移転は、絶対に許せない。
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