2007.03.15 靉光展の見どころ
岩垂 弘

眼のある風景

 画家・靉光(あいみつ)の生誕100年を記念する「靉光展」が3月30日から東京・竹橋の東京国立近代美術館で開かれる。毎日新聞社と同美術館の主催で、会期は5月27日までだが、今回の靉光展は代表作のほとんどを網羅したもので、愛好家や研究者からは「これほどの靉光展は今後、当分望めないのでは」との声も聞かれる。靉光関係者の1人(靉光は私の義父にあたる)として展覧会関係者に感謝するとともに、展覧会の見どころを宣伝させていただく。
 本名は石村日郎。1907年、広島県壬生町(現北広島町)の農家に生まれた。幼いころから絵画への夢断ちがたく、1924年に上京し、太平洋画会研究所に入る。1931年から34年にかけては、多数の画家や彫刻家らが住んでいたことから「池袋モンパルナス」と呼ばれていた地域に住み、仲間たちと切磋琢磨しながら絵を描いた。
 その画風は次第にシュールレアリズム的傾向を帯びるようになり、1938年に独立美術展に入選した「眼のある風景」は「日本におけるシュールレアリズム絵画の記念碑的な作品のひとつ」(徳島県立近代美術館発行の『靉光 揺れ動く時代の痕跡』、1994年)とされる。1944年、召集で中国の戦線に送られ、敗戦翌年の1946年、上海で戦病死した。陸軍一等兵、38歳だった。
 生前は、一般にはほとんど知られていない無名の画家だった。が、戦後、一部の美術評論家によってその画業、生き方が紹介されたことから、その名が美術界に広まった。その独特な画風から画壇の主流に属さなかったことから「異端の画家」と呼ばれたり、戦争中、多くの画家が、戦争を讃えたり、国民の戦意高揚をねらった「戦争協力画」を描いた中にあって、そうした絵を一枚も遺さなかったことから、「抵抗の画家」とも呼ばれるようになった。いまでは「戦争で犠牲になった芸術家の象徴的存在」(東京・練馬区立美術館発行の『靉光―青春の光と闇―展図録』、1988年)といわれる。
 加えて、作品が極端に少ない。若くして亡くなったうえ、広島に投下された原爆によって、作品が焼失したからである。
 こんどの展覧会で展示される作品は約130点。これまでに見つかっている作品のほとんどが陳列される見込みで、これまでの靉光展には出品されることのなかった幻の作品も含まれるという。
 とくに注目されるのは「眼のある風景」のほか、「帽子をかむる自画像」(1943年)、「梢のある自画像」(同)、「白衣の自画像」(1944年)の自画像3部作が出品されることだ。この3部作が同一会場に陳列されることは珍しい。
 これらの作品が描かれた時代は、自らが起こした無謀な戦争により日本が急速に瓦解に向かっていた時代だ。自画像は、いずれも、暗い空間を背景に描かれた上半身像で、昂然と胸を張り、わずかに顔を上に向け、あらぬ方向を凝視している。それは、暗い時代に敢然と立ち向かうかのような姿勢を感じさせ、緊迫感がただよう。ある美術評論家はこれを「靉光の遺書」と書いたが、皆さんはこれに何を感ずるだろうか。


Comment
初めて見ましたがずいずい引き込まれます。是非展覧会に行ってみます!

今、東京都板橋区立美術館でも「池袋モンパルナスの作家たち」をやっています。
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/art/schedule/now.html

併せて見ると、より「時代」がわかるかもしれません。
miroque (URL) 2007/03/17 Sat 23:59 [ Edit ]
 会場の最後の展示室の正面に、「自画像」3作品が展示してありました。展示室入り口左に、画家が徴兵令状を受け取り戦地に赴こうとする時、「義父に宛てた書簡」がありました。
、、これまで肩身の狭い思いをさせてしまったが、この事で、喜んで貰えるだろう。後のことは、よろしく。、、、そんな内容の事でした。画家の伝えたかった事伝えなければならなかった事の言葉に出来ない或いはしてはならなかった思いを、「自画像」が語っていました。
出町千鶴子 (URL) 2007/05/04 Fri 12:51 [ Edit ]
昨日の夕刻、再び、行って来ました。
昨日は、ギャラリ−ト−ク(美術館主任研究員による)のある日でした。丁度、帰ろうとしていた時でした。何処から、こんなに人が湧いてきたのだろうと思う位、会場は、ごった返すほどの大勢の人たちでした。その光景に興奮してしまい、しばらく、その熱気を胸を焼いて帰りました。
 中には、絵の見方を勉強したいと思う人も居たでしょう。そして、中には、あの残酷な不条理な時代の中で、満たされない感情と自身の画家の心に正直で居たいと願って作品を以って格闘した画家の生き様を、もっと知りたいと思われた人たちも居たでしょう。それから、何か得体の知れない方向に進もうとしている社会の空気に、本能的に「AI MITSU」展を欲した人たちも、大勢居られたのではないかと思いました。
 会期も残り少なくなりました。観に行かなきゃ損です。

、、見どころを紹介、、
 「ぱら」とタイトルされた小さな作品が、世界中の美しい光を集めるようにして、活き活きとして微笑んでいる様子が、印象的でした。 
出町千鶴子 (URL) 2007/05/12 Sat 11:22 [ Edit ]
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