2017.08.04 いま、ゲーツ氏のアプローチを読む
ウォールストリートジャーナル紙インタビューから

木村 知義 (多摩大学経営情報学部客員教授)

朝鮮半島の核・ミサイル問題は、北朝鮮によるあいつぐ「ICBM発射成功」という緊迫感をはらみつつも、ある種の危機の「こう着状態」とでもいうべき局面にある。
いうまでもなく7月28日深夜の2度目のICBM発射によって米国は一層の「焦燥感」を募らせたことは間違いない。にもかかわらず「なす術がない」という状況もまた事実である。人を介して伝えられるワシントン深部からのサウンドには依然として「武力行使」の可能性が強くにじみ出ている。しかし、米国による「軍事的処置」は、それが引き起こす甚大な影響、被害を考えれば、事実上無理だというのが大方の論調となっている。4月の米中首脳会談にかかわって一部のメディアが伝えた北朝鮮問題をめぐる「100日計画」についても、貿易・通商問題の「100日計画」はともかく、いつのまにか紙面から消えた。トランプ大統領の言う、中国に対する「強い失望」にもかかわらず、である。
要は、誰もが手詰まり状態に立ち尽くすという「風景」だと言っても過言ではないだろう。そんな局面であればこそ、一層重心低く事態と向き合い、事の本質を見据える、熟慮、熟考が求められる。

本質的、根本的「解」は朝鮮半島の「休戦状態」を平和的環境に転換すること、米朝国交正常化への道筋のなかで北朝鮮の「核」の平和的管理から朝鮮半島、ひいては北東アジアの非核化をめざすということにしかない。北朝鮮の現体制に対する好悪の感情で物事を考える「小児病的態度」では何も生み出せないこと、なによりも戦略的、大局的観点に立つ重要性も言うまでもない。
北朝鮮核問題を巡る6カ国協議の日米韓首席代表による会合が7月11日シンガポールで行われたが、同時に、国際学術会議「北東アジア協力対話」も開かれた。昨年北京で開催された同会議には、北朝鮮から外務省北米局(昨年までは米州局)の崔善姫副局長(現局長)が出席したが、今回、北朝鮮は参加しなかった。すなわち、北朝鮮が繰り返し表明しているように従来の「6者協議」の枠組みには戻らないという強い意思表示である。朝米交渉こそが事態を動かす唯一の道であることを言わんとしていることは明らかである。カギはそのメッセージが米国サイド(トランプ政権および政策立案に影響力を行使できる周辺関係者)にどう届いているかだ。

と、そんな折、元米中央情報局(CIA)長官で、民主、共和両党の4人の大統領に仕え、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ両政権で国防長官を務めたロバート・ゲーツ氏がウォールストリートジャーナル(WSJ)のチーフコメンテーター、ジェラルド・F・サイブ氏のインタビューに応えた。注目すべきは、そこでゲーツ氏の挙げた「原則」である。

その第一は「北朝鮮を攻撃する純粋に軍事的な優れた選択肢はない」であり、第二の原則としてゲーツ氏は「どう見ても中国が依然として鍵である」とする。そして原則の第三で「基本的に外交的要素と軍事的要素の両方を含む総合的な戦略を中国首脳部に説明することが必要だと思われる」と語る。「言い換えれば、北朝鮮やその指導者の金正恩氏を直接相手にする前に中国と合意せよ、ということだ」とインタビュアーのサイブ氏。続けて「ゲーツ氏の考えはこうだ。米国は中国に対し、①旧ソ連とキューバ危機を解決したときと同様に、北朝鮮の体制を承認し、体制の転換を狙う政策の破棄を約束する用意がある、②北朝鮮と平和条約を締結する用意がある、③韓国内に配備している軍事力の変更を検討してもいい――と提案する。この見返りに、米国は北朝鮮の核・ミサイル開発計画に対して強い制約、つまり基本的には現状での凍結を要求し、国際社会や中国自身が北朝鮮にこれを実施させることを求める。これが重要なところだが、中国には、外交的解決策の実施には中国の協力が期待されると伝える」ことだとしている。(WSJ日本版7月11日)

「北朝鮮に核兵器をあきらめさせることはできないと思う」と語り「米国はさらに中国にこう伝える。どのような外交的な解決策を取るにせよ、北朝鮮はさらなる核兵器開発や発射能力の向上を目指していないことが分かるように立ち入り査察に合意しなければならない。その結果、北朝鮮が保有する核兵器は20数個程度に限定される可能性がある」とくぎを刺すことも忘れないが、ゲーツ氏が示したこれらの原則とアプローチは現在の「こう着状態」を打破する現実的「解」としてきわめて示唆的である。

記事掲載と同じ11日の記者会見で中国外務省の耿爽副報道局長は、北朝鮮の核・ミサイル開発阻止のため、中国に影響力を行使するよう求める日米両国などに対し「『中国責任論』を誇張し、自らの責任逃れをたくらんでいる」と重ねて「不快感」を示すとともに、「中国が努力して火を消しても油を注ぐ者がいる」として「制裁強化を図る日米などをけん制した」(共同7月11日)。

わずか5回という限られた経験ではあるが、平壌の地に立って肌で感じた北朝鮮のメンタリティーから言えば、中国を介さずに朝米直接交渉をということだろう。
 しかし、その場を作るために中国が果たすべき重要な役割もあるということを忘れてはならない。5月に朝鮮中央通信が伝えた「朝中関係の柱を切り倒す無謀な言行をこれ以上してはいけない」と題する論評によって中朝のただならぬ「関係悪化」を知らされたわれわれであったが、ここにきて同じ朝鮮中央通信が「労働新聞」掲載の論評を引きながら「米国が朝鮮の核戦力強化措置に対して『中国責任論』を唱えるのは自分の手がやけどするのを恐れて腕をこまぬき、他人の手で火の玉を握るようにしようとする破廉恥で狡猾な術数であると(「労働新聞」論評が)暴露、糾弾した」として、「米国が中国を推し立ててわれわれを圧迫するからといって、朝中両国の人民が反帝・反米抗戦を通じて血潮を流して結んだ友誼と親善の伝統を絶対に壊すことはできない」「歴史の主人、創造者である朝中人民が記した友誼と親善の伝統的な歴史は米国のようなごろつき国家が無礼非道に振る舞うからといって消されるものではない」(7月21日)と伝えた。この論評については、日本のメディアではほとんど伝えられていない。

当たり前のことだが、物事は一筋縄ではいかない、複雑なものだということである。双方にどれほどの「嫌悪感」があったとしても、それをこえて必要なことには立ち向かうというのが外交であり、戦略的思考、大局観というものだろう。
そして、この稿を書いている最中、ワシントンでは、北朝鮮の核保有という現実を認めた上で核の拡散を防ぐ「管理体制」の構築を急ぐべきとの声も出始めているという情報ももたらされた。トランプ政権としては「軍事行動」とこうした「現実論」のはざまで選択を迫られるという「苦しい局面」に立たされているというべきだろう。その意味でも、27年の長きにわたりCIAにあってパワーゲームとインテリジェンスの世界でしのぎを削ってきたゲーツ氏の提言が示唆するところはきわめて大というべきだ。
それにしてもとため息が出るのは、事態に対する構想力のかけらも感じられない安倍政権の寒貧たる風景である。(8月1日稿)

筆者紹介: きむら・ともよし。1948年生まれ。元NHKアナウンサー。在職時代ラジオセンターで早朝情報番組のアンカーを務めるとともにアジアにかかわる企画、取材、放送に携わる。2008年退職後、個人研究所「21世紀社会動態研究所」に依って「北東アジア動態研究会」を主宰。

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