2017.08.07 異例づくめの閲兵から読み取れるもの―正念場の習近平 2
新・管見中国(27)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 8月1日は中国軍の、より正確には中国共産党軍の建軍記念日である。1927年のこの日の夜、江西省南昌で共産党員による最初の武力蜂起が起こった。それ以来、今年で90年である。その記念日を前に7月30日、習近平は中央軍事委員会主席として12000人の兵員が繰り広げた訓練とデモンストレーションを閲兵した。
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中国の閲兵といえば一昨年の9月3日、抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利70周年を祝う大がかりな軍事パレードが北京で行われたことが記憶に新しい。外国首脳の参加という面では、この時はロシアのプーチン、韓国の朴槿恵、両大統領が目立ったくらいで、やや寂しかったが、中国軍ご自慢の最新鋭兵器をそろえたり、抗日戦争を戦った老兵たちが参加したりと、盛沢山のプログラムで、初めて車上から閲兵した習近平も大いに威信を高めた(はずである)。
あれからまだ2年足らずなのにまた閲兵とは異例である。このほかにも今年の閲兵にはいろいろ異例があった。今回はそれに立ち入ってみたい。
中国というと閲兵大好きな国と思われるかもしれないが、じつはそんなにしょっちゅう軍事パレードをやっているわけではない。これまでで16回だそうである。それも建国何周年といった節目の年に行われるのが通例である。一昨年は第二次大戦終結50周年、これも節目といえば節目であった。
今年の閲兵は前回から2年しか経っていない上に、そういう名分がない。従って、まずこれが異例の第1。そして場所。恒例の北京・天安門広場ではなく内蒙古自治区の「朱日和訓練基地」という砂漠のように乾ききった平原の訓練場である。地図で見ると、北京の北西方向、直線距離で400キロほどのところである。広さはアジア最大の演習場ともいわれる。これが異例の第2、である。
次が規模と内容である。場所が場所だから、ということもあろうが、参加兵員12000という規模は、通常の華やかな大パレードに比べると、10分の1くらいである。その内容もお決まりの軍楽隊や儀仗兵の姿はなく、基地で訓練中の部隊を中心にもっぱら質実剛健、中でも初参加の陸軍ヘリコプター強襲部隊が編隊飛行から現場に着陸、降り立った隊員が地上に展開するところまで実演したのが目を引いたという。
また規模は小さくとも登場した兵器の40%は初登場ということで、テレビの中継画面には何度もモザイクがかかったそうである。こうした規模と内容が異例の第3。
ところで中国共産党の最高指導部は中央政治局常務委員会を構成する7人である。トップは総書記の習近平、以下、首相の李克強ほか各方面をつかさどる6人が順位に従って続く。この7人は個別に地方視察や外国に出ているような場合は別として、公の場に出る際には全員そろって登場するのが通例である。
ところが今度の閲兵には習近平が1人だけで参加した。一昨年9月の場合は、閲兵とメインスピーチは習近平だったが、全体の司会進行係は首相の李克強が担当と、役割を分けていた。今回は習近平だけで、ほかの首脳の姿はなかった。習の単独参加を異例の第4、としておこう。
もう1点、細かいことを付け加えれば、閲兵に臨んだ習近平が参加した兵員と同じ軍装、迷彩服を着ていたことである。中国では軍は党(共産党)の指揮に従うのが鉄則とされている。西側諸国の「文官統制」の中国版とでも言うべきか。したがって閲兵する方まで軍装では軍と党との関係がはっきりしなくなってしまう。2年前の北京の閲兵では習近平も詰襟の中山服(中国の正装)で閲兵した。迷彩服で閲兵を今回の異例の第5、としておこう。
さてこれらの「異例」をどう読み解くか。と言ったところで、中国のことだから掌を指すようなわけにはいかない。誤りと判明すれば、頭を下げることにして、以下に私の解釈を申し述べる。
まず時期と場所。今年の7月30日には万人が納得する理由はない。とすれば、これは習近平の都合に違いない。どんな都合か。前回も述べたように、習近平はこの秋(日取りは未定)の中国共産党第19回全国大会で、総書記に再選されて、あと5年の任期に入るといった、予定通りでは満足せず、昨年の「核心」に続いて、特別な地位、ベストは任期無制限の「主席」の地位を目指していると見られる。それがうまくいくかどうかは、今後2,3か月の党内暗闘にかかっているが、そのために今回の閲兵が必要であったのだ。
じつは前例がある。1981年9月、「人民解放軍華北大演習」というのが行われた。14日に始まり、最終日の19日に閲兵式が行われた。閲兵したのは鄧小平、場所は今回と同じ「朱日和訓練基地」(当時はこの名前は公表されず、「華北某地」と報道された)である。
当時の事情を詳しく述べることは控えるが、毛沢東の死、「四人組」の逮捕を受けて、復権した鄧小平は「改革・開放」路線を推し進めると同時に、自らは党主席にも首相にもならず、政府では副首相にとどまりながら、党と国家の中央軍事委員会主席の座について軍を掌握した。その鄧小平が自らの権力を固めたのが、「華北大閲兵」であったのだ。この閲兵には華国鋒、胡耀邦、趙紫陽、李先念ら当時の最高指導部が同行し、その前で鄧小平はカーキ色の軍服に身をつつんで閲兵した。このころから鄧小平は「中国の最高実力者」という、非公式ながら、誰もが知る称号で世界中から呼ばれるようになるのである。
習近平はこの鄧小平の行動を手本としていると見れば、今度の閲兵はまことに分かりやすい。ただ、異例の3,4,5は鄧小平とはやや違う、というか、そこには習近平独自の事情が反映されている。
習近平の独自色を出した異例の3は規模と内容である。とくに新型兵器を繰り出したことには特別の意味がある。習近平は2年前の前回の閲兵では軍の人員を30万人削減するという目標を打ち出して、驚かせたが、この年の11月から本格的に軍の改革にのりだした。その目的は、徐才厚、郭伯雄時代の積弊を清算して、習自身の言葉によれば「呼べばすぐ来る、来ればすぐ戦う、戦えば勝つ」軍隊に作り替えることであるが、一言で言えば、古い人民解放軍の陸軍中心の組織から近代的な軍隊への脱皮であった。
具体的には陸・海・空3軍を並立させ、その上に統合参謀部が置かれ、また以前は「第二砲兵部隊」といういかにも臨時組織のような名称だったミサイル部隊が「ロケット軍司令部」として3軍とならび、さらにサイバー部隊を示すと思われる「戦略支援部隊司令部」が新設された。
また全国を7つに分けていた旧「軍区」を5つの「戦区」に統廃合し、それぞれに3軍とロケット部隊を配属して(内陸戦区には当然海軍はない)、組織的に縦横を有機的に結び付けることにした。
こういう改革を進めると同時に30万人のリストラを進めたわけだから、それなりの抵抗もあったはずだが、それへの代償が今回披露された新兵器の開発、配備であったろう。それは頼りになる軍のトップというイメージの確立に役立ったはずだ。
こう考えてくれば、異例の第4、つまり習近平が1人で現れた意味も分かりやすい。軍を司どるのは中央政治局ではなく、軍事委主席たる習近平なのだということを形に表したものだ。この閲兵によって、軍との関係では習近平とその他の6人とは大きな差ができた。
習近平が迷彩服を着たのも兵員との一体感を強調するためであったろうし、閲兵の際、型どおりに習が兵員に「同志諸君、ご苦労!」と呼びかけ、それに対する兵員の答えが型どおりの「首長、好!」(「首長」は階級、職名でなく、指導者を示す普通名詞)でなく、「主席、好!」(「主席、ようこそ!」)であったのは、くどすぎる演出であった。
以上が7月30日に行われた習近平の閲兵が持つ意味についての私の見方である。中国のことは、内実がはっきりしないことが多いのだが、これは比較的単純なので、そう的外れではないと自分では思っている。
中国共産党第19回大会までなお3か月近くある。物語はまだまだ続く。(170802)

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