2017.08.28 意外な落とし穴? 中印国共の緊張―正念場の習近平(4)
新・管見中国(29)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 今回は習近平における外交を考えてみたい。習近平もわが安倍首相に劣らず外国にはよく出かける首脳の1人だ。それについて私はつねづね不思議に思っていることがある。
習近平が出かけた先で会うのは、大統領とか首相とか、ともかくその国の政治のトップである。そのほとんどは選挙で選ばれた人間のはずだ。だからいつまでもそのポストに座っていることはできないが、任期中に寝首をかかれるようなことはまずないし、任期が終わって辞めた後は、引退するもよし、再挑戦するもよし、であり、トップにいることの緊張感、不安感、圧迫感は習近平が北京で日常感じているのに比べれば、ほとんど取るに足りない程度であろう。
そこで習近平は自分の立場の特異さを感じないのだろうか、いっそ選挙を取り入れた方がいいのでは、と思わないのだろうか、というのが私の疑問である。国民にはその過程を全く知らせないまま、党内での談合、あるいは暗闘の結果、トップの座についても、国民はもとより、配下であるはずの各層の官僚や幹部でさえ、自分のことをどう思っているか分からず、だからこそたえず自分を宣伝しなければならず、国民の不満に怯えなければならず、「政権転覆陰謀罪」などという法律を作って、反対する人間に目を光らせなければならない立場に比べて、選挙で選ばれることの安心感、安定感をうらやましく思わないのであろうか。
どうも見ている限り、彼にはそういう発想はないようである。それどころか、今回のテーマである外交についても、普通の首脳においては国益と私益の比率は当然、国益重視であろうと私は推察するが、習近平においては明らかに国益は私益に従属しているように見える。といっても別に習近平が外交で私腹を肥やしているというのではなく、外から見ておかしいことでも、国内における自己の権力の強化に役立つことが価値があるという意味である。
もっともそれは習近平個人の特性というより、あの大陸の統治者には避けられない選択であるのかもしれない。そんなことを頭の片隅に置いて、習近平外交を検討してみたい。
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中国はなにしろ世界で最多の人口を擁する。面積では中国より大きな国はあるが、人口ではどこの国にも引けは取らない。だから多くの国にとって中国との関係をどうするかは、その国の外交政策において重要なファクターである。
特に近隣諸国においてはとりわけそうである。というより、日本などにとっては古来、外交のあいてといえば中国であった。朝鮮やモンゴルや、あるいは渤海といった大陸の政権との間で戦争を含めて交流はあったが、大陸中心部の政権との外交に比べればその比重は極めて小さかった。すくなくとも15世紀半ばにポルトガル人が種子島に漂着するまでは、外交といえば中国大陸との関係をどうするかであった。
一方、中国の政権にとっての対外関係とはなんであったか。もっともこの問題を問うなら、その前に中国とはどこからどこまでかを問わなければならなくなる。現在の中華人民共和国は大陸の中心部だけでなく東北部から内モンゴル、新疆、チベットまでをその領域としている。これは歴史上、かなり大きな方の政権である。
いわゆる中原、中国大陸の中心部の政権にとってモンゴルや新疆やチベットの諸民族は対立したり、一方が他方を呑み込んだり呑み込まれたりする関係の相手であった。中心部の政権の主体は漢民族であったり、その他の民族であったり、一様でないが、とくに漢民族の政権にとっては、周辺諸民族とどのような関係を維持するかは政権の命運にかかわる重大事であった。これを外交というのかどうか判然としないが、ともかく周辺諸民族を臣属させることが統治者(「天朝」)として天から授かった命令(天命)を全うしているか否かの分かれ目であった。
16世紀以降、いわゆる西欧東漸の時代になっても、当時の清朝政府はそれまでの周辺諸民族との形式にあてはめて極力、「外交」を処理しようとしたが、産業革命で力をつけてきた西欧諸国は周辺諸民族に対するようなわけにはいかず、アヘン戦争での敗戦(1842年)を契機に清朝政権は凋落の過程に入る。
ここから先はくどくど書く必要はない。清朝の衰亡、倒壊から中華民国、抗日戦争、国共内戦に至る約100年、中国は「天朝」から「眠れる獅子」、「東亜病夫」(アジアの病人)へと落魄した。その間の中国の外交といえば、数々の不平等条約を押し付けられて、各国にいいように利権をむさぼられた。
2012年秋、中國共産党のトップの座についた習近平が真っ先に唱えたのが「中華の復興」であり、それを彼は「中国の夢」と名付けた。
中華人民共和国成立から5年、1954年に開かれた第一回人民代表大会で提起され、また2年後の第8回共産党大会で党規約にも書きこまれた新国家の目標は「工業、農業、国防、科学技術の現代化」であり、1964年に周恩来首相が第3回人民代表大会で提起したのも同じ4つの現代化であった。鄧小平が文革後、改革・開放路線への転換を打ち出した時の目標も同じ4つの現代化であった。
しかし、習近平は「夢」として「現代化」ではなく、「中華の復興」という言葉をあえて用いる。彼も2021年の中国共産党結成100周年には「小康社会」をより確実なものとし、2049年の建国100周年には「社会主義現代強国」の実現を目指すとの目標を掲げているが、復興すべき「中華」はそれだけではないはずだ。
端的に言えばそれは「威信」であろう。落魄した中国から外国勢力を追い払い、国を取り戻した毛沢東の「革命」、貧困からの脱却のためになりふり構わずに外国から資本と技術を取り込んだ鄧小平の「改革・開放」、この2人の先達のもとで世界第2位の経済大国の地位についた中国を引き継いだ指導者として彼がなすべき任務は「中華」にふさわしい威信を取り戻すことをおいてほかにない。そしてそれこそが習近平を中国の指導者たらしめる必要条件なのである。
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では、その「威信」とはいかなるものであり、どのように実現するか。昔の封建王朝のように付き合う相手は朝貢してくるところだけというわけにはいかない現代では、外交の相手はいくつかのグループに分かれる。
まず世界の超大国、アメリカがある。中華復興という大命題からいえば、世界の覇者は1国でなければならないが、当面、中國がアメリカの上に立つことは望めない。そこで考え出した図式は、いずれ中国が上に立つつもりであることはひとまず胸にたたんで、今は「大国は2つある」ことをアメリカに認めさせ、互いの利益を尊重し合う形をつくることである。具体的には南北アメリカに中国は口を出さないかわりに、アジアを中国の勢力圏と認めてアメリカは干渉しないという黙契ができることがベストである。勿論、これはまだ成功していない。しかし、中国がそれを目指していることは間違いない。
次に西欧諸国やロシアといった「中の上」の国々。これらとはほぼ満足のいく状態をすでに作り出している。中国の経済が大きくなったおかげで、利にさといこれらの国はアジア・インフラ投資銀行(AIIB)や一帯一路にも参加して、中國の顔を立てることにアメリカほど抵抗を感じていない。
一番の問題は内部および周辺諸国である。「天朝」復活のためには国内を掌握し、「威信」をもって周辺諸国を「臣属」させなければならない。現実はこれがまったくうまくいっていない。
周辺諸国の前にまず台湾、香港をしっかり内部に取り込んで、毛沢東、鄧小平も果たせなかった「祖国の統一」という課題を乗り越えなければならないのだが、香港は1997年に条約に基づく「祖国復帰」は実現したものの、香港住民はいっこうに共産党政権になつかない。2014年には「雨傘運動」という若者中心の自治拡大要求が大きく広がり、中心部を長期間選挙される事態となり、習近平政権は顔に泥を塗られた。その後も立法会議員選挙、行政長官選挙などことあるごとに反北京の波が起こっている。それに対しては北京政権は大人げないほどの強圧政策で臨み、外部評価を落としている。
台湾に対しては習近平から馬英九総統(当時)への働きかけが実を結んで2015年11月、シンガポールで両者の会談が実現し、「統一」への道が開かれたかに見えたが、翌年の総統選挙では独立志向の強い民進党が国民党を破り、蔡英文総統が誕生して、中台関係はかえって対立面が際立つようになった。ここでもまた北京政権はとても大国とは思えないいやがらせを台湾に繰り出している。
周辺諸国ではかつての封建王朝時代の朝貢体制では欠かせない役者だった朝鮮半島とベトナムと中国との関係は今や対立面が際立っている。とくに朝鮮半島の2つの政権とはともに関係がよくない。
習近平は2015年9月3日の「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念軍事パレード」を国威発揚というか、政権の威信発揚の場にするべく最大限の力を注いだが、これは底意が見えすぎて、ほとんどの国は習近平の引き立て役を演ずることを潔しとせず、首脳といえる参加者はロシアのプーチン、韓国の朴槿恵、この2人の大統領だけであった。
それでも習近平は朴槿恵大統領に対して、伊藤博文を暗殺した安重根の記念館をハルビン駅に設けることを約束するなど大サービスをしたものだった。ところが韓国はその後、中國の猛反対を押し切って、北朝鮮に備えるため米の超高度ミサイル防衛システム(サード)の設置を受け入れ、習近平の顔をつぶした。習近平の怒りようはその後の国を挙げての反韓国キャンペーンとなった。
北朝鮮の金正恩政権とは、中国との関係がよかった張成沢(金正恩の義理の叔父)を金正恩が処刑したことで関係は悪化、いまだに首脳会談さえ行われていない。北朝鮮の核開発に対して中国が何を言っても、今では金正恩は聞く耳すら持たないだろう。
ベトナムとは西沙群島をめぐる対立はこれからも長く続くだろう。対立には慣れている両国だから、表立った争いはなるべく避けるだろうが、両国が打ち解けることはまずあるまい。
外国ではないが、国内の西の辺境に位置する新疆、チベットでは北京の力ずくの同化政策に対するウイグル族、チベット族の反抗が激しく続いていることは、中央政府の報道からさえ明らかである。
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こう見てくると、習近平の目指す「中華の復興」は容易でない。漢の武帝は匈奴討伐で威信を高め、明の永楽帝は鄭和の南海大遠征で国威を発揚した。しかし、現代は簡単に武力を動かせる時代ではない。習近平に残された空間はじつは南シナ海しか残されていない。
こう考えれば、なぜ中国が南シナ海で埋め立てやら軍事基地やら、何のためだか分からないことに血道をあげているかが見えてくる。あの海の中の島々に基地を作り、人と武器を配したからといって、中国にとってどういうプラスがあるのか。しかし、問題はそこではない。習近平の時代に南シナ海は中国の海になったと「言えること」が大事なのだ。
南シナ海に限らず、このところミャンマー、スリランカ、パキスタン、はてはアフリカのジブチまで、中國が軍事基地ないしは軍事利用可能な港湾を確保しているのも、現実的な必要あるいは実益のためというより「威信」のためと見た方が理解しやすい。
こうした習近平の努力が実を結んだかどうかは、外から見てどう見えるかは関係ない。外国から見ればなにをそんな無駄なところで力んでいるのかといぶかしいことでも、中國の内部から見て、国民に満足感を与えられればそれで効果はあったことになる。
ところが、最近、おそらく習近平にとってははなはだ厄介なことが持ち上がった。お聞き及びのように、6月中旬以来、中国から見れば南西端、インド、ブータンと国境を接する地域で中印両軍が対峙する事態が続いている。中国側に言わせれば、協定によって中国領とされている場所で道路工事をしているところへインド軍が入って来て邪魔をしているというのだが、境界争いはそれぞれに言い分があるのが常だから、どちらが正しいか、よそ目には分からない。
中國は大々的にインド軍の国境侵犯を宣伝し、きつい言葉で撤退を要求しているが、インド側もしぶとくねばっているように見える。この問題が厄介なのは、インドという国はアジアの超大国、古い文化を持つ国、開発途上国とさまざまな面で共通点を持つ、いわば中国とライバル関係にあることだ。「あの国には負けたくない」という気持ちが双方にあり、1962年には国境をめぐって実際に戦火を交えたこともある。
だから習近平もここで中途半端な妥協はできない。さればと言って大がかりな戦闘もはばかられる。落としどころが難しい。日本政府が尖閣諸島を国有化して、大規模な反日デモが起こったのは2012年9月、5年前の共産党大会を控えた時期であった。当時の中国は外に向かって弱いところを見せられない時だった。今もまさに同じ状況である。さて両国はどう収まりをつけるか、これは見ものである。

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