2008.07.09 公的年金運用の問題点は何か
―誤解を招く「運用損報道」を考える―
半澤健市 (元金融機関勤務)

《運用損報道の概要》
 政府運用の公的年金で大損が出たという報道がメディアを賑わせている。
公的年金は「掛け金」(入口)が集まらず、「支払い」(出口)では不祥事続出だから、「運用」(途中)でも「大損害」発生とくれば、疑惑と批判が集中するのは無理もない。しかし、企業在籍中に年金を含む資産運用経験をもつ私は、これらの報道は表面的過ぎると思うのでその理由を述べる。
まず報道の要点は次の通りである。(『朝日新聞』、08年7月4日の記事による)

・07年度の「厚生年金と国民年金」の運用損は5.8兆円(利回りマイナス6.4%)
 で過去最悪
・利回りは02年度のマイナス8.46%に次ぐ低水準であり損害金額は02年の2.6兆円を
大幅に上 回る
・01年から本格運用が始まったが、07年度の運用総額は約91.3兆円であった(積立金総額
は約150兆円)
・運用資産の金額内訳は
 国内債券 56.9兆円(以下同じ)
 国内株式 13.8
 外国債券  9.7
 外国株式 10.9 
・民間企業年金の利回りはマイナス9.7%、大手生保の団体年金はマイナス13%~16%
(国の運用はそれよりは良いという意味であろう)
・運用実績不振の理由はサブプライム問題に発する世界同時株安の影響を受けたため
・累積収益は7.4兆円のプラスを維持しており01年以降の運用利回りは2.66%で目標1.1%
 を上回っている
《株式投資の有効性の評価》
 報道は「運用損」の巨額な数字を問題にしている。しかし、運用対象が株式などの「市場商品」であれば、損失は―もちろん利益も―日常的に発生する。それは犬が人を噛むのと同じでニュースに値しない。評価損または実現損を出したくなければ、市場商品を対象にせず現金か預金をもてばよい。現にそういう考え方をする人々もいる。『しんぶん赤旗』によれば、日本共産党は公的年金運用での株式投資に反対だという。国債ですら市場金利が上がれば低金利時期の既発行分は、現行金利へのサヤ寄せで本体価格が下落する。
朝日の記事は株式投資の是非を直接は論じていないが、日本のメディアや市民感情は市場商品で損失が出ると「年金のような大事な資産を株式に投資するとは何事か」といった反発をすることが多い。しかし現代資本主義下の資産運用で株式投資を無視することはできないのであって感情的な株式忌避論はポピュリズムとさえいえよう。

私は本ブログの金融記事ではサブプライム問題に的を絞って世界的な株価の下落や運用の失敗を論じてきた。シティバンクやメリルリンチのような世界金融界の巨人が信じられないような失敗をしたことに対しても批判的な発言を続けている。
しかし株式が健全な投資の重要な対象であることを疑ったことは一度もない。株式投資の問題点は主に運用の姿勢と方法にあるというのが私の考え方である。株式を投資対象として是とする理由は、詳述の紙数がないが、要するに価格変動リスクは大きいが長期的には投資収益率が優れているというものだ。この考えは多くの投資専門家に支持されている。

《投資成果の判定は評価のモノサシとの比較で》
 新聞記事は、「日本の株式市場は約3割のマイナス」と伝えている。
この数字に基づいて07年度の運用成果に次の3ケースを想定して単純化すれば、全資産が現金または類似商品であれば結果はプラスマイナス0%、半分が現金で半分が日本株ならマイナス15%、全部日本株式に投資していたらマイナス30%、という結果になる筈だ。小学生の算数である。
一般に投資成果の測定には基準指標(「ベンチマーク」、「測定基準」などともいう)との相対比較が使われる。日本株式なら「日経平均株価」や「東証株価指数(TOPIX)」がベンチマークになりやすい。ベンチマークが3割下がった場合、ある運用基金の下落率が3割なら普通の運用、下落率が3割未満なら優れた運用、下落率が3割以上なら劣悪な運用と判定する。逆にベンチマークが3割上昇したとする。3割未満の成果ではヘマな運用であり3割以上なら優れた運用となる。株価が3割下がったときに運用成果が2割の下落でとどまれば「優れた運用」とみるのは一般的な常識からは理解しにくい。しかし仮に株価が3割上昇したのに1割しか儲けなかった運用者が「優れた運用だ」と威張ったら常識でもおかしいと思うだろう。「運用成果測定」 performance measurement は業界内部では複雑な手続きで行われている。一般紙にも証券投資信託の運用成果が掲載される。それを克明に読めば成果測定の一端を知ることができる。

《『平成19年度 業務概況書』を読んでみよう》
 とりあえず私が言いたいことは、株式投資の有効性は無視できないこと、投資成果測定は相対比較であること、の二点である。公的年金制度の欠陥と不都合が、最近あまりに多いので株式投資の損失発生まで「制度の欠陥」であるかのように論じられそうである。性急すぎると思う。もちろん私は運用の現状をそのまま肯定するつもりはない。新聞記事の元資料は「年金積立金管理運用独立行政法人」が発表した『平成19年度 業務概要書』であるが120頁ほどの大冊らしい。同法人のホームページで見読可能である。これを読んで問題点があれば指摘したい。読者諸兄姉も一読されたら如何であろうか。
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