2008.07.11 当事者能力欠如を露呈したG8サミット
原油高騰に無策とは
伊藤力司 (ジャーナリスト)

鳴り物入りで開かれた北海道洞爺湖サミットだが、終わってみれば何と空しい会議だったことか。トラック運転手、漁民、農民をはじめ世界中の勤労者にとって喫緊の問題である石油価格高騰に何ら具体的な解決策を示すことができなかった。穀物高騰をはじめとする食料危機についても具体策はなく、英各紙に「夫人を含む首脳たちが豪華ディナーを食べながら食料危機を語るのは偽善的」と批判されたのもむべなるかな。最大の焦点とされた地球温暖化対策でも、「2050年までに温室効果ガス排出量を半減する」という、歯切れの良い目標を宣言することができず、この目標を「すべての国が共有することを求める」という希望の表明で終わった。

サミット議長を務めた福田首相は総括記者会見で「多くの成果があった」と強調した。しかし具体的な内容については「時には厳しい口調を交えて幅広い議論が展開された」とか「新興国を含めてこれだけ多くの首脳の間で危機感を共有できた」と答えた程度である。確かに現在の世界が抱えている問題は複雑多岐にわたり、即効的な解決策を打ち出すことは容易ではない。しかし世界経済を引っ張る先進国、世界の民主主義をリードするG8のサミット(頂上)を自称するなら、世界中の人々が苦しんでいる石油・食料価格問題打開策の方向性くらいは示せないのか。日本政府はサミット開催に600億円の予算を組んだというが、巨額のの血税を使ってこの程度の成果ではわれわれ納税者は納得できない。
原油高騰の問題で福田首相の議長総括は、こう述べている。「G8は原油価格上昇への対応で、透明性を向上させるための生産国、消費国双方による努力、対話を通じた需給バランスを改善することに合意した。日本はエネルギー効率、新技術に焦点を当てたエネルギー・フォーラムを今年開催することを提案し、歓迎された。G8はエネルギー市場の透明性向上の必要性についても認識し、最近の原油、一次産品価格の高騰の背景にある実需・金融両面の要因に関する分析、商品先物市場の透明性向上を含む国内当局、国際機関による努力を支持する」と。要するに、原油先物市場が不透明であるところに問題があることを指摘しているわけだ。

洞爺湖サミットの直前まで、ニューヨークの原油先物市場では、指標となるWTI(ウェスト・テキサス・インターミーディエット)と呼ばれる油種の先物価格が値上がりを続け、1バレル(159リットル)144ドルまで高騰していた。昨年7月初め70ドル台に乗せたWTI先物価格は今年1月に100ドル台を突破した。この1年間で2倍、この半年で40%値上がりしたのだ。この値上がりは、今後原油価格は上がるはずだという思惑によるものだ。

この思惑というのが不透明なのである。確かに中国やインドなど、いわゆる新興国が猛烈な勢いで経済発展を進めており、先行き世界的に石油の実需が増えるとの予測は成り立つ。しかし一方で、石油輸出国機構(OPEC)非加盟のロシアやメキシコなどの生産量は増えているし、OPEC最大の産出国であるサウジアラビアはこの6月末に自国で開いた産油国・消費国会合で原油生産量を来年半ばまで日量30万バレル(11・5%)増産すると発表、さらに2020年までには生産能力を1・5倍の日量400万バレルまで引き上げる方針を明らかにした。またクウェートもこれに追随して増産する方針を発表した。こうした情報はなぜかニューヨーク原油市場に響いていないようなのだ。

昨年7月に表面化したアメリカのサブプライム・ローン危機により世界の金融市場が動揺しているが、このため証券市場から流出した大量のマネーが原油や穀物など一次産品の先物市場になだれこんだのが、原油先物価格暴騰の原因だと多くの専門家は指摘している。こうした投機マネーを規制すべきだという声が出てくるのは当然だ。サミット準備段階で日本やドイツは原油高対策として、投機マネーの監視を強く主張した。その結果、ニューヨーク、ロンドンの原油市場の動向をG8で情報交換することが、首脳宣言に盛り込まれた。参加国の中には、投機資金規制策として先物取引の証拠金引き上げを提起した国もあったという。しかし大きな原油市場を抱える米国と英国は規制に反対だった。新たな規制を導入して原油相場が値崩れすれば、原油先物を買い込んだ投資銀行や投資ファンドが大損をすることは火を見るより明らかだ。

投資銀行部門で稼ぐ米大手証券ゴールドマン・サックスのアナリストは、WTIはいずれ200ドルまで上がるといった投資分析を発表し、原油先物相場を煽ってきた。問題のサブプライム・ローンの焦げ付きで欧米の大手銀行や証券会社がが大きな損失を出したというのに、ゴールドマン・サックスと日本の銀行は比較的傷が浅かった。日本の銀行はプライム・ローンを組み込んだ証券をそれほど大量に買っていなかったと言われる。しかしゴールドマンは、サブプライム・ローン組み込みの金融商品が値崩れする前に売り抜けたということだ。このゴールドマン・サックスの生え抜き社員からCEO(最高経営責任者)に上り詰め、2006年7月「三顧の礼」を尽くしたブッシュ大統領に口説かれ、政権入りしたのがヘンリー・ポールソン財務長官である。ポールソン長官が大統領側近でいる限り、米国が投機マネー規制に賛成するはずはないだろう。

かくてG8首脳は、「第3次石油ショック」とも言われる現今の原油高に、打つ手がないことを事実上告白して散会した。主要国サミットとは1973-74年の第1次石油ショックを契機に、当時のジスカールデスタン仏大統領が原油の4倍値上げで動揺した世界経済を落ち着かせようとして、首脳会議開催を提唱したことに始まる。第1回サミットがパリ郊外ランブイエ城で開かれたたが、この時は仏、米、英、独、日の経済実力国5カ国だけだった。主要国が石油輸入量をいかに制限するかが大問題で、各国首脳は自国の輸入量を少しでも多く認めさせようと大童だった。つまり当初のサミットは大消費国側が石油輸入量を制限して需給バランスを調整、上昇した油価に歯止めをかけたのだった。

ランブイエ・サミットから33年。メンバーも8カ国に増え、日本が議長国になって開催するサミットも5回を数えた。この間サミット議長を務めた大平、中曽根、宮沢、森氏ら、歴代の自民党首相は常に米国に追随することで政権を維持し、サミットを乗り切ってきた。残り半年余りの任期を数えるだけになったブッシュ政権の「レーム・ダック(死に体政権化)度」は進んでいるにもかかわらず、福田首相の米国追随ぶりは歴代の自民党首相と同じだった。悲しいことに福田首相だけでなく、今のG8首脳にはブッシュ大統領の言い分に釘を刺すことのできる人物は一人もいなかったようだ。

これまで焦眉の急である石油問題を論じてきたが、08年G8サミット最大の焦点と言われた地球温暖化問題も、ブッシュ政権の横暴により中途半端な結論に終わった。石油ロビーの申し子のようなブッシュ政権は2001年の政権発足後間もなく、石油消費規制を中心に地球温暖化の抑制を目指す国際協定「京都議定書」からの離脱を宣言した。しかしイラク、アフガンでの対テロ戦争の泥沼化、高所得者向け減税による財政赤字と貿易(経常収支)赤字つまり「双子の赤字」が増大してドル安が進む中、ブッシュ支持率が20%台に落ち込むなど大統領の人気低落が進んだ。

地球温暖化がCO2など温室効果ガスの排出増大のためだとして、長期的なCO2排出規制を目指す「気候変動枠組み条約」と、これを実行するための「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」による国際協議が進む中で、CO2排出規制にそっぽを向いてきたブッシュ政権も昨年から方針転換を余儀なくされた。ブッシュ大統領は07年夏、G8に中国、インド、インドネシア、韓国、オーストラリア、メキシコ、ブラジル、南アフリカの新興8カ国を加えた16カ国による温室ガス主要排出国会議(MEM)による規制を提唱した。つまり今後の温室ガス規制を、これまでCO2を排出してきた先進国とこれから排出を増やそうとしている途上国の共同責任で解決すべきだとの提案である。

洞爺湖サミットの最終日の9日には、このMEM会合が開かれた。G8側は途上国8カ国に「2050年までに温室ガス半減」の目標に同意するように迫った。しかし途上国側は、これまで長年にわたり温室ガスを排出し続けてきた先進国側が2020年ないし2030年までの中期目標として60-85%の大幅排出削減を実行することが先決だと主張したという。G8側の意向を汲んで50年までに温室ガス半減に同意したのは、インドネシア、韓国、オーストラリアの3カ国だけだった。つまり途上国の多数派は、このままではG8が掲げた「50年までに半減」の目標に同意しなかったということだ。

これに先立ち、途上国側のコアとなる中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの5カ国首脳は8日札幌で会合を開き、50年までにCO2半減を受け入れるにはG8側も20―30年の中期目標として60-85%の削減を実行すべきだとの方針を決めていた。この要求を、福田首相もブッシュ大統領も、その他G8首脳も受け入れることはできなかった。

とどのつまり洞爺湖サミットは、当事者能力不在をさらけ出して終わったのである。世界の貧困問題に取り組む英国のNGOオクスファムは、サミット閉幕の9日札幌の目抜き通りで、アロハシャツを着たG8首脳を登場させ、首脳たちが結局洞爺湖バカンスを楽しんだだけだったと皮肉るパフォーマンスを演じて見せた。オクスファムが見物の市民に配ったビラには「CO2削減目標は不明確で具体策もない、貧しい人々がさらに厳しい状況に置かれてしまう」と書かれてあった。

Comment
伊藤様
サミットの「成果」(あるいは「無成果」)分析に同感です。
問題は「当事者能力」の欠如の理由です。「新自由主義」のイデオロギーが先進国首脳を縛り数値目標を口先でいうだけに終わりました。途上国も「経済発展・命〈いのち〉」の呪縛を抜け出せずシマらない総括に終わりました。技術進歩で物みなリアルに見える代償に人間は想像力と禁欲の精神を失ったように思われます。
半澤健市 (URL) 2008/07/11 Fri 00:49 [ Edit ]
半澤健市さま
コメント有り難うございました。おっしゃる通り、G8首脳たちがいまだに市場原理主義に凝り固まった「新自由主義」の呪縛に捕らわれていることが、当事者を欠く根本原因でしょう。今回の洞爺湖サミット関連で優れた論評を発表しているブログがあります。半澤さんは先刻ご承知のと思いますが、読者のみなさまに読んでいただきたいのは、以下のアドレスです。http://kyasuhara.blog14.fc.com/安原和雄の仏教経済塾
伊藤力司 (URL) 2008/07/12 Sat 22:41 [ Edit ]
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() 2008/10/31 Fri 18:38 [ Edit ]
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