2017.10.17  原発事故から6年半の福島を見る                            
    インフラ整備は進むが、被災住民は戻らず                    
 
岩垂 弘 (ジャーナリスト)
     
 東京電力福島第1原子力発電所が東日本大震災で事故を起こしてから6年半たったのを機会に10月5日、原発事故被災地の福島県を訪れた。原発事故被災地・福島の現地見学は2015年2月、同年10月、2016年10月に次いで今回が4回目。被災地のごく一部を垣間見たに過ぎなかったが、その印象を一言で言えば、「鉄道などのインフラ整備は進みつつあるが、被災住民はふるさとに戻っていない。とても順調な復興とは言えない」というものだ。

 最初の現地見学は、被災地への支援を続けているNPO法人が企画した「原発問題肉迫ツアー」に参加することで実現したが、2回目以降は、埼玉ぱるとも会(生活協同組合パルシステム埼玉役員OB会)が毎年実施している「福島ツアー」に加わっての現地訪問である。
 今回の福島ツアー「福島のいまを見て、感じよう・2017」の参加者は生協の元役員、組合員ら総勢26人。バスでさいたま市――福島県いわき市――広野町――楢葉町――富岡町――いわき市――さいたま市のコースをたどった。

 いわき市の四倉海岸で、市内で旅館を経営するかたわら「NPOふよう土2100」の理事長として大震災復興支援事業に携わる里見喜生さん、生活協同組合パルシステム福島理事長の高野祐子さんと合流、お二人の案内で被災地を見て回った。
 里見さんによると、2016年12月現在で、福島県における津波や福島第1原発の事故で避難を余儀なくされている人は8万2547人。内訳は県内避難4万2488人、県外避難4万0059人。ピーク時は16万4865人(いずれも福島県・復興庁調べ)だったというから、震災から6年余を経てもなおピーク時の避難者の半数が、いまだに我が家があったところに戻れないでいるということになる。
 里見さんが住むいわき市のただ今の人口は約34万9000人だが、うち約2万4000人が福島第1原発に近く被害が甚大だった双葉郡(大熊町、双葉町、富岡町、楢葉町、広野町など)から避難してきた人たち。このため、同市では住宅不足、地価上昇といった問題が深刻化しているという。
 
 景勝地として知られる四倉海岸では、防潮堤の建設が完成に近づいていた。高さ7メートル。海岸に立っても、海を眺めることができない。案内の高野さんが言った。「景観が一変してしまいました。これでは、沖から津波がやってきても、陸からそれが見えないし、美しい海が見えなくなって、とても寂しい、という声が聞かれます」
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                        「四倉海岸に築かれた防潮堤」
 そこから、バスは、いわき市久之浜地区へ。いわき市の太平洋沿岸も大震災の津波に襲われたが、この地区では住民60人が津波にのみ込まれて死亡し、火災も発生。家屋586棟が全半壊し、商店街の38軒も全滅した。
 それから6年半。原野のように平らになってしまった海岸べりのあちこちに、住宅や、菓子屋、八百屋などがポツリ、ポツリと建ち始めていた。数軒の商店が平屋建ての長屋一棟に入居した「浜風商店街」も営業を始めていた。でも、人影はまばら。

 ここから国道6号を北上する。広野町を過ぎ、楢葉町に入る。国道わきに楢葉町役場があり、その周辺に住宅が展開する。が、あたり一帯は静かで、人々のざわめきが感じられない。
 同町は、福島第1原発から南へ20~12キロ。このため、原発事故後、同町の大半は、立ち入り禁止の「警戒区域」に指定され、住民は避難を強いられたが、2015年9月、避難指示が解除された。里見さんによると、この2年で避難先から町に戻ったのは約1900人。原発事故以前の町の人口は7500人だったから、帰還者は約25%。
 里見さんが続ける。「帰還者が1900人になったと言っても、そのうちの600人は第1原発の作業員なんです。町民が帰還に二の足を踏んでいるのは、まず、子どもへの影響を懸念しているからですね。残留放射能が子どもの健康に影響するのではと。それに、病院、美容院、スーパーなどが不足しているからです」
 
 ここから、さらに北上すると、道路の両側に田んぼが広がる。この一帯は、秋ともなれば、黄金の穂波が風にゆれる美田であったが、今は雑草に覆われ、まるで原野のよう。原発事故による放射能汚染で、稲作が不可能となったのだ。
 そんな田んぼのあちこちに、ブルーシートに被われた低い小山のような塊があった。ブルーシートの下は、放射能に汚染された草など詰めた黒い袋、フレコンバッグだ。放射能に汚染された廃棄物は、無害化することができない。ただ移動させることができるだけだ。 このあたりは、かつて福島県でも有数の米作地帯だった。あまりにも変わり果てた光景に心が痛んだ。

 さらに北上すると、富岡町である。福島第1原発から約10キロ。大震災では津波に襲われたうえ、原発爆発による放射性物質が降り注くというダブルパンチを被った。このため、「全町民避難」という事態に追い込まれ、町民約1万5000人が町を脱出し、町役場も郡山市へ退避せざるを得なかった。同町にあった双葉警察署も楢葉町に移った。
 それから6年たった今年の4月1日、同町は一部の地域(帰還困難区域)を除き避難指示が解除された。町役場庁舎、双葉警察署も町に戻った。「町民はもう戻っているだろうか」と思いながら、バス・ツアーを続ける。
 
 バスが向かった先は、まずJR常磐線の富岡駅。「ここが富岡駅です」と言われて、思わず目を見張った。なんと、眼前に、白い瀟洒な駅舎が秋の日差しを浴びて輝いていたからである。1年前もここを訪れたが、その時は津波に襲われた旧駅舎は取り壊され、白っぽいプラットフォームだけが、かつての駅の面影を残していた。ところが、そこに新しい駅舎が完成していたのである。開業は10月21日とのことだった。JR常磐線は竜田駅-浪江駅間がいまだに不通だが、富岡駅が営業を再開すると、不通区間は富岡駅-浪江駅間となる。
 駅の近くでは、古い住宅の取り壊しと、新しい住宅の建設が始まっていた。でも、私たちが駅周辺に滞在中は全く人影を見なかった。
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                          「復旧された常磐線富岡駅」
 富岡駅から、夜の森地区へ。ここも昨年訪れたところ。道路の両側に桜並木が続き、それを挟んで住宅街が広がる。住宅街は分断されていて、一方は今年の3月まで「居住制限地域」だったところで、4月1日に避難指示が解除された。そのせいだろうか、一部で朽ちた住宅の取り壊しが始まっていた。分断されたもう一方の住宅街は、まだ「帰還困難区域」で、その境には、バリケードが設けられていた。
 「帰還困難区域」に人影がないのは当然だが、避難指示が解かれた住宅街も無人で、過去3回のツアーの際にこの地区で得た「まるでゴーストタウン」という印象は今回も変わらなかった。
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         「帰還困難地区(先方)と避難指示解除地区(手前)の間には
         バリケードがあった=富岡町夜の森地区で」
 住宅街近くの常磐線夜ノ森駅では、昨年まで駅舎や線路をジャングルのように被っていた雑草や雑木は取り払われ、放射能に汚染された構内の土砂をはいでフレコンバッグに詰める作業が行われていた。おそらく、常磐線を全面開通させるための除染作業なのだろう。
 駅の近くで、里見さん持参の線量計は毎時0.40マイクロシーベルトを示していた。環境省が定めた除染が必要な放射線量が毎時0.23マイクロシーベルト以上であることを考えると、この地区の線量は非常に高い。
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  「常磐線夜の森駅構内では汚染土砂をフレコンバッグに詰める作業が行われていた」

 里見さんによれば、避難指示解除後、これまでに避難先から富岡町に帰還した人は200人足らずという。避難前の町人口のなんと0.01%だ。町民の多くが町に戻るのは果たして何時になるのだろうか。
 
 帰途、バスの中で、里見さんが示した数字は衝撃的だった。それは、地元紙「福島民報」が毎日掲載している「県内死者」という欄の数字だ。東日本大震災発生以来の福島県の死者数で、10月2日付の同欄によると、「直接死」1604人、「関連死」2175人。
 「直接死は津波に襲われて死亡した人の数。関連死とは避難の途中に亡くなったり、震災後に災害が原因の病気で亡くなったり、自殺した人などで、その多くは原発事故にからむ死亡です。今や、関連死が直接死を上回っていることに関心をもって欲しい。なぜなら、このことは、原発事故による被害が今も継続していることを如実に示していると思うからです」と里見さん。そして、こう続けた。「福島の原子力災害が忘れ去られつつある。そのせいでしょうか、今や、国会議員や自治体の議員さんは被災地に来てくれません」

 バス・ツアーが終わりに近づいた時、参加者の1人がもらした一言も心に残った。それは「福島第1原発の事故がまだ収束していないのに、東電と政府は新潟県の柏崎刈羽原発を再稼働しようとしている。とんでもない話だ」というものだった。
 そういえば、この日の新聞各紙朝刊は、一面トップ扱いで「原子力規制委員会が、柏崎刈羽原発の安全対策が新規制基準に適合すると認めた」と伝えていた。
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■岩垂さん
抑制された筆致のなかに深い悲しみと怒りを含む報告拝読しました。同年の岩垂さんが現場第一の活躍を続けていることに心から敬意を表します。友人多数に転送して拡散を依頼しました。
半澤健市 (URL) 2017/10/17 Tue 10:12 [ Edit ]
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