2017.10.31  何が何でも米朝戦争は回避しなくてはならない
          元将軍で固めたホワイトハウスの理性的判断がカギ

伊藤力司 (ジャーナリスト)

北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐってアメリカと北朝鮮の恫喝合戦が激化、このチキンレースが恐ろしい米朝戦争に点火しかねないという恐怖が北東アジアに居座っている。トランプ米大統領は9月19日、ニューヨークの国連総会演説でこう脅した。

アメリカは「自国か同盟国を防衛することを余儀なくされれば、北朝鮮を完全に破壊する以外に選択肢はない」。「これが不要になればいいが」「アメリカには(そうする)用意も意思も能力もある」と。

これに対し北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長は同21日、国務委員会委員長としての初声明を発表。「世界の面前で私と国家を侮辱し、共和国をなくすという歴代最悪の宣戦布告をした以上、それに相応する史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に検討する」と表明。

「史上最高の超強硬対応措置」について、国連総会出席のためニューヨークに滞在していた李容浩・北朝鮮外相は記者団に「委員長同志が行うことなのでよく分からない」としつつ「太平洋上の水爆実験」を示唆した。これについては「火星12型」などの弾道ミサイルに核弾頭を搭載して爆発させる可能性が指摘されている。

米朝最高責任者が恫喝合戦を繰り広げるのを聞いていると、今にも米朝戦争が勃発するのではないかという不安心理が世界に広がる。しかし米朝双方が核兵器を持っている現在、
いったん戦争が始まれば、広島、長崎の惨事の数百倍もの「生き地獄」が発生する。

米ジョンズ・ホプキンズ大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、米朝軍事衝突が起き、北朝鮮が手持ちの核兵器で東京とソウルを攻撃すれば、死者が計210万人、負傷者が770万人に上るとの推計値を発表している。

トランプ大統領、金正恩委員長とも相手に対して一歩も引かない強気の姿勢を見せているが、双方の参謀たちは本当に戦争をやる気はない。とりわけ北朝鮮の持っている核兵器(推定10~20発程度)に比べ、アメリカの保有する核兵器は6800発。世界一の軍事大国アメリカと、口だけは大言壮語の北朝鮮の軍事力の差は「大人と赤ん坊」並みだ。

もし北朝鮮が先制攻撃すれば、アメリカ軍の反撃で北朝鮮はトランプ大統領の言うように「完全に破壊」されるだろう。北朝鮮側は口を開けば、強気一筋だが、実際の行いは慎重だ。8月中旬に米軍事基地のあるグアム島周辺に4発のミサイルを撃ち込む計画があると高言しながら、金正恩委員長は結局「しばらくアメリカの出方を見る」と称して実行を保留した。

9月21日の金正恩委員長の発言も、前段は「史上最高の超強硬対応措置の断行」と勇ましいが、後段では「慎重に考慮する」と述べている。前段の「史上最高」「超強硬」とかの大袈裟なセリフが、実は『こけおどし』であることを言外に物語っている。

一方のトランプ大統領も勇ましい言葉を吐き散らした上、金委員長のことを”mad man”
とか”rocket man”とからかったりして、チキンレースでは一歩も引かぬ構えだ。しかしホワイトハウスの内実は決して好戦論一本槍ではない

トランプ政権は発足後8カ月を超えたところだが、トップ級人事がころころ変わった。その結果、安全保障関係の枢要ポストを軍人出身者が占めるに至った。ホワイトハウスの大番頭たる大統領首席補佐官は7月28日、ラインス・プリーバス元共和党全国委員長(1月20日就任)が更迭され、ジョン・F・ケリー国土安全保障長官(海兵隊退役大将)になった。

安全保障担当の大統領補佐官は2月20日、マイケル・T・フリン退役陸軍中将からハーバート・℞・マクマスター退役陸軍大将に代わった。1月20日トランプ政権発足以来、今日まで変更なく国防長官のポストにあるのはジェームズ-N・マティス退役海兵隊大将である。

一方、米外交を取りしきる国務長官は純粋シビリアンで、世界最大の石油会社エクソン・モービルの会長だったレックス・W・ティラーソン氏。石油ビジネスを通じてプーチン・ロシア大統領と昵懇の仲といわれる。

国務長官を別としてこれら米国の外交・安全保障を執りしきる退役大将たちは、軍人だから好戦的かというとそうではない。彼らは皆ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争と米軍にとって不名誉な戦争の体験者であり、2度とあのような戦争を戦いたくないと考えている人々だ。

トランプ大統領は好き勝手な言葉をツイッターで振り撒いているが、ホワイトハウスの要所を押さえているのは、アメリカが戦った不名誉な戦争で苦労した将軍たちである。彼らはやはり和平派のティラーソン国務長官と組んで、米朝戦争を起こすまいと懸命に努力しているのだ。

まして北朝鮮は遠からず、米本土に届く核弾頭付きICBM(大陸間弾道ミサイル)を入手しそうだと予測されている。ヒロシマ、ナガサキを体験した人類にとって、まして核兵器の威力を熟知している世界中の軍高官にとって、核戦争はありえない。

核戦力はあくまでも抑止力である。だからこそ金正恩は何としても抑止力を手に入れようと、アメリカ本土に届く核弾頭付きICBMを獲得するまで、プーチン・ロシア大統領の言葉通り「雑草を食ってでも核・ミサイル開発を続けるだろう。」

今から23年前の1994年、ホワイトハウスの主がビル・J・クリントン大統領だったい時代のこと。北朝鮮初代ボスの金日成主席は1993年に核不拡散条約(NPT)から脱退、核兵器生産の意図を世界に向かって明示した。

北の核を阻止しようとした、懸命な外交努力に耳を貸さない北朝鮮に業を煮やしたクリントン大統領は開戦を覚悟したが、当時の金泳三・韓国大統領の強い反対と「ソウルは火の海に100万人単位の犠牲者が出る」との在韓米軍当局の判断を聞いて、開戦を断念した。

北朝鮮と韓国の事実上の国境線である非武装地帯(DMZ)から韓国の首都ソウル(人口約1000万人)はわずか50キロほどしかない。DMZの北側に並べられた北朝鮮軍の長距離野戦砲8000門が火を噴けば、ソウルが「火の海」と化すのは疑いのないところだ。

こうした事情は23年前と基本的に変わっていない。マティス米国防長官は9月18日、北朝鮮の報復攻撃でソウルが危険にさらされない「軍事的選択肢」がある、と述べた。「選択肢」が何であるかはもちろん秘密だが、それが本当に有効であるかは検証されていない。

トランプ対金正恩のチキンレースは一見破局に向かっているかに見えるが、双方とも破局を回避したいのが本心だし、回避できると思っているのではあるまいか。この緊張を歓迎しているのは、超高価なミサイル迎撃ミサイルの注文が飛び込んだアメリカの兵器産業だけである。
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