2017.11.11 場合とは何か
「~した場合」は、if で表現するのが普通だが、case でも表現できる

松野町夫 (翻訳家)

場合とは何か。場合は、場に合うと書く。「場に合う」は、「その場に出合った時」というのが原義だ。出会うには、少なくとも2つの物事が必要で、「場合」は両者を関連付ける役割がある。たとえば、「雨が降った場合、試合は中止します」では、「(試合の場に)雨が降る」と「試合を中止する」という2つの出来事が「場合」で関連付けられている。

「場」は元来、場所(空間)を表し、「場合」は元来、とき(時間)を表す。カントの言うように、人間は時間と空間という枠組みのなかでしか、物事を認識できないものだとすれば、「場」と「場合」は人間の認識の根幹に係わる重要な語といえる。

ウィクショナリーによると、「場合」は、和語の「ばあい」を漢字表記したもので、ベトナム語や中国語にも同じ意味で定着しているという。実際、エキサイト翻訳で「場合」を中国語(繁体字)に翻訳すると、「情況」と表示される。ちなみに、「場合」を英語に翻訳すると、Case と表示される。つまりこの機械翻訳システムでは、場合=情況、Case ということになる。

場の関連語には、場所、場面、場合、場数(ばかず)、場末(ばすえ)、場違い、場馴れなどがあるが、このうち、「場合」だけは私にとって、昔から気になる用語であった。意味や用法は一応理解しているのに、それでもどこか漠然としたところが残る。このわかりにくさは、ひとつには漢字に由来するのかもしれない。本来、「場」は物事の行われる場所を表し、「場合」は物事の行われるその時(時間)を表す。「場」は場所なのでわかりやすいが、「場合」はどこにも時を示す漢字がない。

「場合」が難解なもうひとつの要因は、意味が複数あることである。国語辞典では、「場合」を「とき」「事情」のふたつの意味に分けるのが一般的だ。ただし、事情は「事の次第」、つまり物事の状態や、そうなった理由、原因、来歴を表し、現状、状況、情況、境遇、局面、事態、実情、真相などを含む。

ば-あい【場合】
(1) あることが起こったとき。おり。とき。occasion; case <用例>雨の~中止。
(2) 事情。事態。circumstances <用例>時と~によっては行く。万一の~。
【日本語大辞典第二版】

ば‐あい【場合】‥アヒ
(1) その場に出合った時。時。おり。時機。「事故の―には」
(2) 局面。境遇。事情。「―によっては」「時と―による」
【広辞苑第四版】

しかし、研究社和英(第5版)中辞典では、「場合」を「事例」「時」「事情」の、みっつに分ける。

ばあい【場合】
(1) 事例 a case
(2) 時 an occasion; a time; a moment
(3) 事情 a situation; circumstances

ジーニアス英和(第5版)辞典では case を次のように定義する(要点のみを抜粋した)。
ちなみに case は基本的に可算名詞である。

case [kéis]
(1) 場合 in this case この場合は
(2) 例 a classic [typical] case 典型的な例
(3) 真相 That is not the case. それは真相ではない。
(4) 事件 a murder case 殺人事件
(5) 訴訟 win (lose) a case. 勝訴(敗訴)する。
(6) 主張 have a good case for ~に対するもっともな言い分がある。
(7) 症例・患者 an emergency case 急患
(8) 対象者 a welfare case 生活保護受給者
(9)〘文法〙格 the possessive case 所有格

「case」と「場合」を比較すると、case は9つの意味があり、そのうち最初の3つが「場合」の意味と一致するが、残りの6つは一致しない。仮に「case」を大きな円で表すと、「場合」は小さな円で、「case」という大円にすっぽり納まっているようなイメージだ。これを和文英訳という観点から表現すると、「場合」は「case」ですべて表現できることを意味する。少なくとも理論的には。ただし、現実の翻訳の現場では、「場合」を常に case で表すわけではなく、自然な英文を得るために、別の単語を使用することも、あるいは「場合」を訳出しない(削除する)ことも多い。

「~した場合」は、if で表現するのが普通だが、case でも表現できる。

雨が降った場合、試合は中止します。
If it rains, the game will be canceled.
= In case of rain, the game will be canceled.
= In case it rains, the game will be canceled.(米語)

in case には2つの異なる用法(意味)がある。 if に置換できるかどうかが判別の決め手となる。

1. Take an umbrella in case it rains. 雨が降るといけないから傘をお持ちなさい。
= Take an umbrella because it is possible to rain.

2. In case it rains, the game will be canceled. 雨が降った場合、試合は中止します。
= If it rains, the game will be canceled.

1. の in case は if に置き換えることはできない。if に置き換えると意味が変わってしまうから。
”Take an umbrella if it rains.” は、「雨が降れば傘を持っていきなさい」(=雨が降らなければ傘は必要はありません)という意味だが、”Take an umbrella in case it rains.” は、「雨が降る可能性があるので、(雨の降る降らないに係わらず)傘を持っていきなさい」という意味。

2. の in case は if に置き換えることができる。 in case = if。 if に置き換えても意味は変わらない。ただしこの用法は、主に米国式である。

「~する場合があります」は、In some cases, ... ; または There are some cases in which ... と翻訳することもあるが、以下のような例(be subject to)では case を使用しないほうがよい。

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