2017.11.14 ロシア革命100年から何を学ぶのか(2)
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

忘れ去られる「パラダイム転換」
 今、ハンガリーのみならず、チェコでもポーランドでも、民族主義的な政策を掲げる政党が政府を構成している。政治家のみならず、ほとんどの経済学者も、もう体制転換がどのようなパラダイム転換を課題にしていたのかについて語ることはなく、目先の経済的利益に右往左往しているだけだ。それは、旧体制の経済社会の解明に真摯に向き合っていないことの結果でもある。
 国際社会が目まぐるしく変化するので、過去の事象は次第に後景に追いやられ、政治家も学者も新しい事象を解釈し、理解することに精一杯になっている。その結果、いつの間にか、ハンガリーでは再び中央集権的配分システムにもとづく経済システムが構築されている。市場経済がいまだ初期的発展状態にあるにもかかわらず、所得税15%、社会保障負担18.5%、消費税率27%でGDPの半分を国庫に経由させ、政治家が容易に国家財政を采配できる経済システムが構築され、それが消費財市場と自営業者の発展を阻害している。2016年からは、「脱税を阻止し、市場の暴走を止めるため」と称して、税務署に直結したPOSレジの設置を小売り事業者に強制し、小売業の売り上げ監視を強めた。これでは旧社会主義のカーダール体制と変わりがない。
 また、社会主義体制時代には「贈収賄」という観念自体が存在しなかった。共産党組織そのものがインサイダー組織で、その中では「何でもあり」の世界だった。市場経済が発展していないハンガリーでは市場経済倫理が育つ余地がなく、依然として「贈収賄」という社会的規範も確立されていない。旧社会主義国家ではどこも似たり寄ったりの状態である。だから、政治家はかなりの程度、自由に公金に手を突っ込んでも、恥じることはない。何のことはない新時代を唱えて政権に就いた若い政治家たちが、GDPの過半を政府に経由させ、そこからインサイダー情報を使って私財をため込んでいる。
 ルーマニアのチェウシェスクと違って、子供がいなかったカーダールは公金を使って子供に贅沢させる必要はなく、質素な生活を送っていたが、今の若い政治家は役得とばかりに、国民から最大限に集めた税金を、各種補助金や随意契約を通して、近親者や友人実業家に流し、私財をため込んでいる。これではカーダール社会主義体制時代より質が悪い。
 有権者の絶対数で25%の支持を得ているハンガリーの現政権は、4割程度の得票率で3分の2の議席を確保している。日本と同じ構図である。この権力を死守するために、民族主義的なスローガンを掲げ、25%の有権者の支持をつなぎとめている。こういう政治がハンガリーだけでなく、中・東欧全体に広がっている。日米両政府を含め、ポピュリズムが世界の政治を支配している。そのなかで、中・東欧世界はソ連型社会主義からの転換を目指したはずなのに、再び同類のシステムに回帰している。明らかに、経済システムのパラダイム転換が、政治家のみならず、経済学者たちにも理解されていないことの証左である。
 ロシア革命から100年を経た現在もなお、いまだ20世紀社会主義の崩壊から学ぶべきことは多い。
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