2018.03.03  これこそジャーナリスト必読の書
          鎌田慧著『声なき人々の戦後史』(上・下)を読む
      
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 まさにジャーナリスト、ジャーナリストを目指す人にとって「必読の書」と言っていいだろう。
 ;鎌田慧氏がルポライターの第一人者であること、その代表作が、愛知県豊田市にあるトヨタ自動車工場で期間工として6カ月間働いた体験をつづった『自動車絶望工場』であることは知っていた。が、その仕事の全容については、よく知らなかった。だから、本書を手にして、氏がこれまで発表してきたルポルタージュの全容を知り、大きな衝撃を受けた。
 
 まず衝撃を受けたのは、ルポルタージュの対象が、戦後日本のあらゆる事象・社会運動・事件・事故に及んでいたことである。それも、戦後史を画す大きなものばかりである。例えば、高度経済成長、巨大開発、原発、公害、資本と労働の対決、底辺労働、出稼ぎ、教育、いじめ、人権侵害、冤罪、基地などの諸問題だ。
 具体的には、むつ小川原開発、核燃再処理工場、柏崎刈羽原発、三井三池争議、国鉄の分割・民営化、JR福知山脱線事故、日航航空機事故、成田空港反対闘争、沖縄の米軍基地反対闘争、「狭山」「財田川」などの冤罪事件等々の取材過程がこと細かに明らかにされている。
 言うなれば、戦後日本の転換点となったいくたの重大な局面が、詳細かつリアルに記録されていて、まるで、戦後史をたどるような緊張感を覚えたほどだ。まさに、本書こそ紛れもなく「日本の戦後史」である。
 
 次に衝撃を受けたのは、氏のルポが、すべて現場からのレポートであったことである。身一つでよくもまあ北海道から沖縄まで全国至るところへ飛んで行ったものだと驚嘆してしまった。取材を思い立ったらすかさず現場へ向かう。こうした決断の速さ、腰の軽さ、タフな行動力にただただ敬服するほかなかった。最近は、あらゆる情報がネットで手軽に得られるとあって、現場を踏まないで原稿を書くケースも少なくない。本書は、「現場第一主義」がジャーナリストにとって何よりも肝要であることを教えてくれる。
 
 衝撃を受けたことの3つ目。これこそ私が最も印象に残った点だが、鎌田氏のルポが、すべて名もなき民衆の立場からの告発であるということである。氏は、巨大開発や空港建設で農地を奪われた農民、大企業や公営企業の合理化でクビを切られた労働者、過労自殺に追い込まれた労働者の遺族、炭鉱事故で亡くなった労働者の遺族、公害の被害者らの声にじっと耳を傾け、その悲痛な訴えを作品に込めてきた。氏が訪ね歩いた全国各地の「無名の人々」の数の多さに私は圧倒された。
 
 鎌田氏は本書の「プロローグ」でこう書いている。
 「戦後、日本は『経済大国』になったと言われる。しかしそれは、立場の弱い人びとにリスクを押しつけることで達成されたことを忘れるわけにはいかない。原発事故によって、都会で消費される電力を過疎地が支える構図が、はっきりと認識されるようになった。同じ構造は、エネルギー供給に限らず、私が取材を続けてきた労働現場にもあった。非人間的で危険な仕事はいつも、地方からの出稼ぎなど、立場の弱い人たちが担わされてきた。利益追求の犠牲となって、命を落とした人は数知れない」
 「成長の時代が終わっても、リスクを背負わされた人の割合はむしろ増えている。政府も企業もいまだに効率性だけを追い求めているからである」
 「私は戦後社会の現実を、犠牲を押しつけられる側から見続け、そのような犠牲のない世の中にしたい想いでルポルタージュを書き続けてきた」
 本書は、こうした氏の想いを伝える、いわば氏の半生史と言える。

 一貫して名もなき民衆の立場からものごとを見つめ、名もなき民衆の立場からルポを書くという鎌田氏の行き方はどうして培われたのだろうか。私はそんな問題意識を抱えながら本書を読み進んだが、それへの回答に出合った気がした。それは、氏の若いころの体験に根差しているようだ。
 
 氏は1938年、青森県弘前市で生まれた。父は鍼師。県立弘前高校を出て、1957年、東京都内の町工場(機械部品加工メーカー)に就職する。まもなくここを辞め、やはり都内の、謄写版印刷技術を教える学校付属の印刷部門に転職する。ところが、待遇が悪かったため従業員が労組を結成。これに対し、会社側は「全員解雇」を通告、労働争議に。結局、組合側が“勝利”するのだが、鎌田氏は「争議を通じて私は、労働者はいつでも簡単にクビにされる。自分たちを守るには団結と連帯が必要だ、ということを知る」。
 これを機に、氏は労働運動の組織者にあこがれる。「だが、どもって演説ができない。やはり自分は文章で社会問題にかかわっていくしかない、そのためにも大学に行って勉強し直そう」と思う。
 かくして、1960年、早稲田大学文学部露文科へ入学。ここを卒業すると、「鉄鋼新聞」記者、次いで月刊総合雑誌「新評」編集部員となり、やがて、フリーのライターとして独り立ちする。
 昨年10月、本書の出版記念会が開かれたが、そこでの鎌田氏の挨拶の一節が今なお、私の心のつかんで離さない。それは「私は、体制のイヌになりたくない」というものだった。

 本書は、朝日新聞青森版に2014年3月から2016年3月まで掲載された鎌田氏への聞き書き連載に加筆したもので、連載の聞き手は朝日新聞記者の出河雅彦氏。これだけのことを鎌田氏から引き出した出河氏の手腕に敬服する。
 もの書きを目指す人にぜひ一読を勧めたい。

  ■鎌田慧著『声なき人々の戦後史』(上・下) 聞き手・出河雅彦
藤原書店刊 上下各巻 定価2800円+税


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