2018.03.09 シリア政府軍による残酷な殺戮続く
―首都隣接の東グータ地区

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 本稿を書いている今現在も、殺戮は続いている。シリアの首都ダマスカスの東側に隣接する東グータ地区。2月18日以来、政府軍に包囲され、閉じ込められた住民約39万3千人に対して政府軍の空爆、砲撃が続き、毎日多数の子供、女性を含む一般市民と少数のイスラム反政府武装勢力が殺されている。国連安保理は、2月24日、市民への人道支援を可能にするため、30日間の停戦を満場一致で決議したが、シリア政府はそれを無視して、空爆と砲撃を続けている。政府軍側は一般市民の安全な脱出路を示さず、市民は危険で脱出もできない。国際的に最も信頼されているシリア人権監視団(本部英国)によると、3月6日までに住民850人以上が死亡、4千人以上が負傷した。死傷者の大部分は一般市民でとくに子供の犠牲者が多い。
 同監視団によると、政府軍は7日までに市内の半分以上を占領した。
 東グータ地区は東西約10キロ、南北約8キロの農業地帯、隣接する首都に毎日出勤する人も少なくなかった。7年前2011年3月、シリアでも始まった「アラブの春」の民主化運動をバシャール・アサド大統領の政権が激しく弾圧して内戦が全土に広がったが、東グータ地区は反アサド政権のイスラム勢力が結集して守りが固く、首都への波及を恐れて政権側も攻撃を避けてきた。しかし、2016年末、政府軍はロシア空軍の空爆支援の下、反政府勢力の支配下にあったシリア第2の都市アレッポを奪還。昨年末までにクルド人武装勢力と米軍などの空爆支援によって、国際テロ組織「イスラム国」をほぼ壊滅。最後まで支配が及ばなかった東グータ地区に対して、2月18日から包囲攻撃を開始した。
 建物の破壊が急速に進み、空爆を必死に避けつつ、食料と医療施設を求めて地下室からでては犠牲になる住民がますます増えている。シリア赤新月社によると、政府軍による包囲で外部からの食料品、医療品の供給がストップするなか、2万7千人分の食料、7万人分の医療品・健康資材を46台のトラックで運び込もうとしたが、政府軍の攻撃を受け、ほとんど荷下ろしできずに引き返した。また、世界保健機関(WHO)の現地担当者によると、現地に運ぶ途中、手術用機材などの医療器材のうち70%を政府軍が持ち去ったという。
 アサド政権は、東グータ地区に対する残酷な包囲攻撃をどこまで続けるのか。政府側もすでに同地区の半分を支配したと言っているが、現地のイスラム武装勢力の抵抗はつづき、一般市民の犠牲は増えるばかりだ。
 シリア人の誰もが思い出すのは、1982年のハマ包囲大規模虐殺事件だ。この時、最高指導者だったのは現バシャール・アサド大統領の父ハフェズ・アサド大統領だった。人口25万人のシリア中部の都市ハマで、500人以下の保守的なスンニ派イスラム主義勢力ムスリム同胞団が武器を掲げて、大統領に反旗を翻した。この際、ハフェズは数万人のシリア軍で同市を包囲し、砲撃と空爆で全市民への懲罰作戦を行い、1万~4万人の市民を殺害した。
 残酷ではあっても、対イスラエルはじめ、アラブ諸国の有力なリーダーだった父ハフェズに比べ、2000年に死去した父の跡を継いだバシャールは小物だが、英国での留学と眼科医の経験もあり、穏やかな統治も期待された。しかし、その弱さから父が残した政権内の親族、軍部、バース党の強硬派に引きずられたと思われる。最初の大きな試練は2011年に始まった「アラブの春」の民主化決起。バシャールは民主的な交渉による妥協、解決を模索することなく、軍、民兵、治安警察を総動員して鎮圧に全力を挙げた。世界からの批判に全く配慮しない残酷さだけは、父親譲りだ。
 その結果、シリア人権監視団によると、昨年11月末までの6年半に、総人口1、856万人のシリアで、死者34万人、うち10万人が民間人(子供は1万9千人、女性は1万2千人)、国内難民760万人、国外難民410万人という巨大な災難を、国民にもたらしたのだ。2011年に、バシャールが大統領としての地位と権限をかけて民主的、平和的な解決を求めていれば、シリアは、中東は、世界は全く違ったものになっていたに違いない。
 いま、バシャール・アサドは、重大な過ちを首都に隣接する東グータ地区で、繰り返しつつある。国際社会、とりわけ、アサドを支援し続けてきたロシアにも責任はおおきい。アサドにこれ以上の殺戮をやめさせるために、プーチンにはできることがあるはずだ。(了)

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