2008.07.29 被爆問題はグローバルな視点で
「やめたい『唯一の被爆国』再論
岩垂 弘 (ジャーナリスト)

今年もまた、まもなく8・6(広島原爆の日)、8・9(長崎原爆の日)がやってくる。「またマスメディアによる報道などで『唯一の被爆国』という表現がはんらんしなければいいが」。私はそんな思いを抱きながら、毎日、新聞やテレビに目をこらしている。 

 昨年6月、久間防衛相(当時)が千葉県柏市での講演で「原爆を落とされて長崎は無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったのだ、という頭の整理で今、しょうがないなと思っているところだ」と発言したことから、被爆者団体、平和団体、野党、政治家らから一斉に「米国による原爆投下を容認するものだ」と抗議の声が上がった。マスメディアもこの発言に批判的な論説を展開した。
 当時、それらを読みながら、私はなんともやりきれない思いを禁じ得なかった。なぜなら、これらの抗議談話や、批判の論説で「日本は『唯一の被爆国』」という言い方が目についたからだった。そこで、こうした言い方に以前から違和感を感じていた私は、昨年7月8日付の本ブログに「やめたい『唯一の被爆国』」という小論を書いた。それは、以下のような趣旨だった。
確かに、人類史上、原爆を投下された国は日本だけである。したがって「日本は唯一の被爆国」という表現自体、決して間違ってはいない。が、私は、原爆に関する報道に長く携わるうちに、果たしてこうした表現でいいだろうか、と思うようになった。18年前、非核自治体宣言運動の関係者から、こうした表現に対し疑問が投げかけられたのがきっかけだった。
 それは、法政大学西田勝研究室が発行していた月刊のニューズレター『地球の一点から』の第14号(1989年12月発行)に載った「日本は『唯一の被爆国』でない」という一文だった。筆者は高校教員の石井和彦さん。
 この中で、石井さんは「日本は唯一の被爆国」との表現に対し「第一に、このことばには事実の誤りがある。世界で初めて原爆の犠牲になったのは、史上初の原爆実験に立ち会った、ほかならぬ米軍兵士であった。また、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下の際、数多くの朝鮮人や米軍捕虜も命を落とした」「第五福竜丸にしても、被ばくしたのは同船だけでない。太平洋の島のひとびとは、自分の生活の場で被ばくし、故郷を失い、生命を失った」「何の補償も得られないまま不安のうちに暮らす朝鮮や韓国のヒバクシャが『日本は唯一の被爆国』ということばを見てどう思うだろうか」と書いていた。 
 
 石井さんの指摘を待つまでもなく、広島、長崎では多くの外国人が被爆した。朝鮮人、中国人、台湾出身者、東南アジアからの留学生、米国人・英国人・オランダ人らの捕虜らである。なかでも圧倒的に多かったのが朝鮮人で、「被爆者の約1割が朝鮮人」との指摘もあるくらいだ。広島では、当時5万人近い朝鮮人が居住していて被爆、うち2万人が死亡したと推定されている。長崎では、被災地内にいた1万2000〜1万4000人の朝鮮人のうち1500〜2000人が死亡したと推定されている。
 しかし、これら外国人被爆者の存在は、長いこと、日本人の意識に上がることはなかった。その存在が日本人にほとんど忘れ去られていた時代が長く続いた。一部の平和団体によって外国人被爆者救援の活動がスタートするのは1971年以降のことである。

 なぜ、こんなことが長く続いてきたのか。私には、新聞報道に一端の責任があるのでは、と思われた。というのは、静岡県の漁船・第五福竜丸が米国の水爆実験の「死の灰」を浴びたビキニ事件が起きた1954年以降、新聞は好んで「日本は唯一の被爆国」という表現を多用してきたからである。このため、これが、広島・長崎の原爆被害に言及する際の「決まり文句」として日本人の間に定着してしまった。その結果、「日本人だけが原爆の被害者」といった認識が広まり、日本人以外にも原爆の犠牲者がいたという事実が、多くの日本人の意識からすっぽり抜け落ちたまま推移してしまったのではないか。
 こうした認識に至った私は、勤めていた新聞社を退職するにあたり、反省を込めて「被爆問題と報道」という続き物を書いた。その中で、「日本は唯一の被爆国」という言い方が、外国人被爆者の存在を忘却させてきたのでは、と問題提起をした。1995年のことだ。
 私ばかりではない。このころ、原水爆禁止運動の取材にあたっていた新聞記者や運動関係者にも同様な考え方が広がり、この人たちの間では「唯一の被爆国」という表現は使われなくなった。代わって登場したのは「被爆国」「世界最初の被爆国」といった言い方だった。ただ、政府やNHKはその後も相変わらず「唯一の被爆国」を使っていたが。

 しかし、それから12年後の昨年。マスメディアにはんらんする「日本は唯一の被爆国」に、私は、これでは元の木阿弥だな、と思ったものだ。とりわけ、世界が注目する広島市の「平和宣言」が「唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります」と宣言するのを聞いて、「広島の平和宣言までが」と残念に思った。
 
 すでに述べたように、核による被害は、いまや広島、長崎、ビキニでの被害にとどまらない。米国では、原爆の開発過程でネバダ核実験場の風下の住民や実験に立ち会わされた軍人が被ばくしたし、旧ソ連の、原爆開発のためのセミパラチンスク核実験場では周辺の住民多数が被ばく。南太平洋のムルロア環礁で行われたフランスの核実験では、現地の住民が被ばくしたとされている。そればかりでない。1986年、ウクライナ共和国のチェルノブイリで起きた原発事故では多くの死者がでたほか、おびただしい周辺住民が被ばくした。世界各地のウラン採掘現場でも採掘に携わった人に被害が出ているとの指摘があるし、湾岸戦争やイラク戦争で使われたれ劣化ウラン弾で住民が被ばくし、後遺症に悩まされているとの報告もある。
 要するに、核による被害は地球規模で広がっているのだ。このため、核爆弾による被爆者、放射線による被ばく者を総称する「ヒバクシャ」という呼称が生まれた。世界的に広がったヒバクシャの実態を明らかにし、その人たちに救援の手を差し伸べるためには、国家という枠を越えたアプローチが必要だという視点から「グローバルヒバクシャ」という用語も研究者の間で生まれた。
 日本における被爆者援護でも、原爆医療法(現在は被爆者援護法)に基づく被爆者健康手帳はかつては日本人のみに交付されていたが、韓国在住の被爆者、孫振斗氏が手帳の交付を求めた訴訟で、最高裁が1978年に原告勝訴の判決をくだし、これを機に外国人被爆者も原爆医療法に基づく治療を受けられるようになった。広島・長崎で被爆した外国人も「被爆者」と認められるようになったのだ。 
 そのうえ、昨年、三菱広島・元徴用工被爆者裁判が最高裁で勝訴した。これは、太平洋戦争中に朝鮮から広島の旧三菱重工業の工場に強制連行され、被爆した韓国人元徴用工40人が、日本政府や三菱重工業などに損害賠償などを求めた訴訟の上告審で、最高裁は、帰国を理由に健康管理手当を支給しなかった在外被爆者対策を違法として日本政府に国家賠償を初めて認めた。

 こうした流れを見てくると、「日本は唯一の被爆国」という言い方がすでに色あせたものに見えてくるはずだ。
 すでに、今夏も「日本は唯一の被爆国」といった表現が登場している。例えば7月7日付の毎日新聞の「みんなの広場」だ。大阪府泉南市の主婦の「話題映画の核実験シーン 非常識」と題する投書が載っているが、その中に「世界で唯一の被爆国である日本の国民にとって」という表現がある。
 今年は、こうした表現があまりはんらんしないよう祈りたい。
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