2018.08.31 内モンゴル自治区での体験から
いや驚いた、聞きしに勝る中国の管理社会化
暴論珍説メモ


田畑光永 (ジャーナリスト)

 中国の内モンゴルを旅している。旅そのものはこの欄で報告するようなテーマのない平凡な旅行だが、これまでのたった数日間でおやおやと目を見張るような体験をいくつか重ねたので、ご紹介したい。
 中国ではスマホを活用した日常生活のIC化が進んでいることは、読者諸氏もご存知と思う。自転車、自動車のシェア・エコノミー。通販への発注から配達、食堂への出前注文から配達までものを移動させる作業。タクシー、スーパー、コンビニでの清算からはては物乞いに対するほどこしまでの支払い作業、これらにはもはやIC機器は欠かせない・・・中国人はこんなに進取の精神に富んでいたかと驚かされる。
 しかし、こんど体験したのは社会の管理化の進み具合である。
 中国で防犯カメラ、監視カメラがきわめてきめ細かく配置されていることは知られているが、それにしてもそれは大体が人ごみに設置されているものと思っていた。さてモンゴルと言えばジンギスカンだが、その後継で元朝皇帝の座についたフビライは北京のほかに夏の避暑のために、現在の内モンゴルの正藍旗という場所に周囲2キロ余の城郭を巡らせた宮殿を築いた。そこは今、「元上都遺跡」として付属の博物館とともに公開されている。
 われわれもそこを見物した。しかし遺跡といってもほとんどが草原そのもので、ところどころに当時の城壁の崩れたのが残っているだけ、勿論、建造物などは跡形もない。ここには何々があった、という看板がある程度。だから、すくなくとも我々が行った時は、見物人は広い草原に我々を含めて数十人といったところだった。
 ところがそこにかなりの数の監視カメラが設置されているのである。もとより高い建造物はないから、草の上のそこここにカマキリが細い首をもたげているようにすっくとカメラが立っている。やはりいささか異様であった。人影はまばらなのだから、自分の顔はさぞや今、はっきりくっきり映って誰かに見られているのかと思うと、あまり気持ちはよくない。元朝の遺臣の幽霊どもがここに集まって思い出話でも始めようものなら、たちまち「政権転覆陰謀罪」でひっくくられてしまうのではないかと冗談を言い合った。
 内モンゴル内にも鉄道はあるが、なにせ広いところだからバスに頼るところが大きい。勿論、バスにも監視の目が光っている。走り始めて高速道路に入る際には警察の検問所を通らなければならないのだが、そこでガイドが乗客にシートベルトを締めてくれと言う。なぜならバス内の監視カメラにシートベルトを締めていない乗客が映ると警察から叱られるのだそうだ。なるほどバスには乗り口の上に運転席周辺と客席全体を見渡す2台のカメラがついていた。検問所では画面で社内を見張っているのだ。
 さて高速道に入ったのはいいが、なんとなく走り方がとろい。後ろから来る乗用車に次々と抜かれる。「このドライバー、遅くない?」とガイドに聞くと、ドライバーが遅いのではなくて、ある大事故をきっかけにバスの走り方の規制が厳しくなり、大型バスは一般道で70キロ、高速道でも90キロに最高速度が制限されているのだという。
 なるほど制限なら仕方がないが、俗に言う「ネズミとり」の姿も見えないのだから、もうすこしとばしてもいいのでは、と聞くと、「とんでもない」との返事。バスの走行は1台1台、GPSで監視されていて、制限速度を超えると直ちに警告され、罰金を取られるのだそうな。
 そんなウソみたいな話が本当であることが、しばらく走った後でわかった。高速道路を降りて「省道」を走行中、運転席の近くで突然、甲高いブザーのような音が断続的になり始めた。ドライバーは「来たか」という顔をして、スピードを落とし車を路肩によせて停車した。
 それがまさしくGPS経由警察からの警告だったのだ。その時はスピード違反ではなくて、「走行4時間ごとに20分間の休憩」という安全のための規定違反だった。「お前の車はもう4時間連続して走っている。休め」という警告なのだった。
 4時間走ったのなら休憩するのもいいでなはいか、と思われるだろうが、これには重大なわけがある。中国に限ったことではないが、長距離バス旅行での悩みの1つはトイレの問題だ。
 我々の車は高速道のサービスエリアで休憩した後、かなり走って各省の道路、「省道」に入った。省道にはサービスエリアなどはない。そろそろ乗客のトイレ要求にこたえなければならないと、ガイドとドライバーはこの辺はどうか、あの辺なら、ときょろきょろしながら車を走らせたが、いくらモンゴルの草原は広いといっても、バスの乗客みんなの要求を短時間で満たせるような適当な場所はなかなか見つからない。そうこうするうちに、走行4時間を超えてしまったというわけだった。
 早くトイレを、と焦っているのに、20分間も無為に止まらなければならない。そのやるせなさをご理解いただけるだろうか。その後、どうなったかはご想像にまかせる。それにしても去年の暮れに習近平氏は大々的に「トイレ革命」を呼びかけたのではなかったか。毎年、3000萬台近くも自動車が売れる中国である。得意のICを駆使して走行中の車に近くのトイレを教えるくらいのサービスをしたらどうだろう。
 全員が相当疲れたところで多倫(ドロン)という街に着いた。ここでなぜ地名を出したかというと、ここでの体験はほかではなかったから、全部が全部そうではないという意味で、である。
 団体旅行の中国でホテルのチェックインは通常、ガイドが一括して済ませてくれ、旅行者はガイドから部屋の鍵を受け取るだけである。ところがここでは1人1人カウンターで手続きをしなければならない。そしてばかに時間がかかる。
 見るとカウンターの上に25センチほどの金属の棒が立っていて、その先端に縦5センチ、横3~4センチの小さな箱が載っている。顔写真撮影用のカメラである。お客はまずそのカメラを見つめるよう促される。カウンター嬢はそれとパスポートの写真を見比べる。
そしてそこからが長い。カウンターの上に身を乗り出してのぞき込むわけには行かないので、私の想像だが彼女の顔の動きから推察するに、まず顔写真を確認した後は、彼女の前に置かれたコンピューターにさまざまな手配リストが回っているらしく、いそがしく画面を切り替えながら、それと手元のパスポートを照合しているらしい。
 彼女が気を抜かずにかなりのスピードで手順を追っていることは、そばで見ていてよく分かったが、私の場合、腕時計で計ってみたら3分40秒かかった。なんだその程度か、と思われるかもしれないが、15人の団体ならチェックインだけでざっと1時間である。我々は夕食時間も過ぎたころに着いたから、ほかのお客と重なることはなかったが、ラッシュ時だったらチェックインも容易でない。
 以上が今回の経験である。広い中国だから、どこも同じというわけではないだろうし、内モンゴルは今のところ深刻な民族問題は伝えられてはいないにしても、少数民族地域であることは事実である。そんなことも監視の程度に影響しているかもしれない。
 世界はIOTとかいって、ますますIC依存を高めようとしている。それは言うまでもなく、人々の世界とそこでの暮らしをより快適なものとするのが目的であるはずである。しかし中国の、それも短期間の経験で言うのは軽率かもしれないが、ICがまず権力による監視に広く活用されることになれば、人々はより用心深く、あたりを気にして、暮らすことになるだろう。それは快適とは逆の方向かもしれない。
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