2018.09.19 勝負強さが戻って来た錦織、将来が期待できる大坂
-2018年全米オープンテニス選手権

 
盛田常夫(経済学者、在ハンガリー)

前代未聞のゲーム喪失
 全米女子シングルス決勝は騒然とした異様な雰囲気の中で、大坂が勝利した。第1セットを失ったセリーナ・ウィリアムズが第2セットで3回の警告を受け、闘わずして1ゲームを落とすという前代未聞の展開の中、1人蚊帳の外に置かれた大坂は動揺することなく勝ちきった。異様な雰囲気に押されることなく、ゲームを仕舞った気力は称賛に値する。第2セットを通して、執拗に主審に食い下がり、挙げ句の果てに主審を罵倒するというウィリアムズの醜い行動にたいして、如何に地元選手とは言え、ウィリアムズと一緒になって審判へ激しいブーイングを繰り返すニューヨークの観客は著しく公正さを欠いている。明らかに、第2セットはウィリアムズの自滅である。セリーナ・ウィリアムズの言動は傲慢であり、ニューヨークの観客の態度は勝者に対するリスペクトに欠ける依怙贔屓(えこひいき)以外の何物でもない。
 ウィリアムズは序盤から大坂に押され、苦しい展開が続いた。大写しで見るウィリアムズは肩で息をするほどに、呼吸が乱れていた。本調子に近いウィリアムズは、何の実績もない小娘に負けるはずがないと高をくくっていた節がある。ところが、サーヴィススピードはほとんど同じで、決まったはずのリターンも返ってくる。しかも、スーパーショットで戻って来るから焦った。それが第2セットの苛立ちの伏線になっている。
 第2セット序盤、大坂のサーヴィスゲームをブレイクしたウィリアムズ陣営は、スタンドにいるコーチが「前へ出て相手にプレッシャーをかけろ」というようなジェスチャーを繰り返した。これが最初の警告になった。ウィリアムズは「見ていないから警告に値しない」と考えたようだが、見ていようといまいと、ルール上、コーチングは警告の対象になる。しかも、1回目の警告には何の制裁も科されない。だから、抗議しても、すぐに気持ちを切り替えて、ゲームを続けるべきだった。ところが、ウィリアムズはコートチェンジの度に、主審に悪態をついていた。「男子で問題にされない行為が、女子で警告対象にされるのは男女差別だ」という主張も展開していたが、この場では筋違いもはなはだしい。警告だけで罰則がない1回目の警告に、執拗に食い下がる行動は理解できない。非常に見苦しい態度だが、それほどウィリアムズは事前の想定と異なる展開に苛立っていたと考えるべきだろう。
そして、第2セット3-1からのウィリアムズのサーヴィスがブレイクバックされた時に感情が爆発した。ラケットをコートに叩きつけ、へし折ってしまった。これも警告対象行為である。しかも、2度目の警告は1ポイントの罰則が課される。プロ選手であれば、承知していて当然のルールである。これによって、3-2からの大坂のサーヴィスゲームは、15-0から始まり、大坂はこのゲームを簡単に取って、3-3のイーヴンに戻した。
 さらに、この直後のウィリアムズのサーヴィスゲームが再びブレイクされ、ウィリアムズは連続で3ゲームを失い、ウィリアムズからみて3-4になった。これでウィリアムズは再び怒りを爆発させ、コートチェンジの際に、主審に向かって「あなたは私のポイントを盗んだ」、「間違いを認めて謝りなさい」と激しく主審を非難したのだ。抗議の域を超え、挙げ句の果てに主審を泥棒呼ばわりしてしまった。指を主審に向け、激しく主審をなじる行為はきわめて傲慢だ。弁護すべき情状はまったくない。この審判侮辱にたいして、主審が3度目の警告を発し、ウィリアムズは第8ゲームを戦わずして失ってしまった。つまり、大坂のサーヴィスゲームは戦わずして大坂が取得したゲームとなり、ゲームカウントが3-5になってしまった。
これに対して、ウィリアムズは大会チェアマンに訴え、観客が主審に激しいブーイングを浴びせるという異様な雰囲気に包まれた。もちろん、主審の判定が変わるはずもない。騒然とした中、ウィリアムズはサーヴィスゲームをキープして4-5となり、大坂のサーヴィスゲームを迎えた。大坂は安定したサーヴィスから、最後は180kmのサーヴィスをバックサイドコーナーに打ち込み、ウィリアムズのラケットをはじき、異様なゲームを終わらせた。
 大坂の全米優勝によって、ここ2年間のグランドスラム大会の女子シングルス優勝者がすべて異なる選手になった。これは実に80年振りの出来事だそうだ。これが意味するところは、女子テニス界が大きな世代交代を迎え、かなり多くの選手に次世代を担う可能性が開かれていることだ。ここ2年のグランドスラム優勝者8名のなかで、大坂選手はもっとも若い。
 
大坂の進歩と課題
 今年はグランドスラム大会に次ぐインディアンウェルズで優勝したとはいえ、その後のトーナメントで結果を残せていない大坂が、全米オープン決勝に進むとは誰も思っていなかった。しかし、昨年に比べ、大坂選手はいくつかの点で、大きな進歩を遂げている。
 一つは、ストロークの安定性である。我慢強くストロークを続け、チャンスで決定打を放つ忍耐力がなければ世界の上位に食い込めない。世界ランキング1位のハレブは、小柄ながら、先にミスをしない粘り強さでランキングを維持している。ストロークが安定するためには走らなくてはならない。大坂はウェイトを落とし、体を絞って走れるようになった。それがストロークの安定に繋がっている。この点、ウィリアムズは身長が大坂とほとんど変わらないが、見た目ではウェイトが15~20kgほど重い。競ったゲームでは俊敏性や耐久力が勝負になるから、このフィットネスの差は大きい。
 二つは、サーヴィスの安定である。ファーストサーヴィスのスピードはほとんどが180km/h前後で、これは女子のトップ選手に位置する。ウィリアムズ、サバレンカ、キーズなどのサーヴィス速度も同じレヴェルだが、大坂のサーヴィスは腕力で押すタイプではなく、体の柔らかさが生み出すスピードだから、コントロールが利いている。ただ、サーヴィスは体調によって精度が大きく変化するから、サーヴィスだけに頼る選手は上位の位置を維持することができない。大坂の課題は、ファーストサーヴィスに過度に頼らず、スピードが極端に落ちるセカンドサーヴィスを改善することだろう。
 三つは、コントロールショット(力をセーヴして、制球を狙ったショット)に磨きをかけ、打ち急がない忍耐力とフィジカルな強さを獲得した。4回戦で対戦した同じ20歳のサバレンカは、今後とも、手強い強敵になるだろう。身長、体重共に大坂を上回るサバレンカは、ほとんどすべての球を全力で打つ。打球は重く速い。サーヴィスも速い。ただ、大坂と違い、コントロールショットに欠ける分だけミスが多い。これが勝負の分かれ目になった。この点はコーチのバインから繰り返しアドヴァイスされている点だろう。
 全米オープン優勝で、次世代を担う選手の中で、一つ頭を抜け出したことは間違いない。しかし、ここ2年間、グランドスラム優勝者がすべて異なるように、勝負の世界は甘くない。怪我することなく、精進を続けて、世界女王の地位を確保してもらいたいものだ。

戻って来た勝負強さ
 2017年の全豪オープンまで、錦織の調子は悪くなかった。しかし、その後の南米クレーコートのトーナメントへの参戦が間違いの始まりだった。慣れないサーフェイスで調子を落とし、やがて手首や臀部などの故障で苦しんだ。トップ選手の実力は紙一重である。故障を抱えながらトップの位置が維持できるほど、プロの世界は甘くない。
 2017年全米オープン前に手首の靱帯を痛める時まで、錦織は格下に苦戦することが多くなった。コートにラケットを叩きつけ、いかにも気だるそうな態度を見せる錦織は、大きな壁にぶつかっているように見えた。世界に躍り出た当時のような初々しさがなくなり、ふて腐れたような態度を取ることが多くなった。そこに手首の靱帯損傷である。
 6ヶ月を超えるリハビリ期間を経過して、どこまでレヴェルを上げられるのかが注目された。今年はここまで、ATP1000モンテカルロ準優勝、全仏16強、全英8強、全米4強は、上々の復帰年だと言える。年間ポイントで8強が争う最終戦ランキングで、10位にまで浮上してきた。故障明けのワブリンカやマレーが苦戦していることを考えれば、錦織は復帰に成功した。
 今年の全米オープンは、難敵を破ってベスト4だから、ほとんど故障前の状態にまでレヴェルは上がっている。何よりも、格下につけいる隙を見せず、シュワルツマン、コールシュライバー、チリッチなどの強敵をストロークで押し切ったのは見事である。そこには、故障前には見られなかった進歩がいくつかある。
 一つは、攻め急がずに、粘り強くストロークを続けることができるようになった。機を見て攻撃をかける戦術眼は、世界に躍り出た当時の錦織を見るようだ。故障前は、ゲームの初めに全力で相手を打ち負かし、その後崩れるというパターンが良く見られた。勝負を急ぐような性急さは、かえって墓穴を掘ることになっていた。初心に返って、我慢強くストロークを打つようになった点が、改善点である。
 二つは、サーヴィス力の向上である。サーヴィスの制球力が良くなり、球速が極端に落ちるセカンドサーヴィスに工夫が見られる。確かにサーヴィス力は向上しているが、依然としてサーヴィス力だけを見れば2流の選手である。腕の筋力が弱いか、地肩が強くないのだろう。女子のトップ選手と同じ程度のサーヴィス力というのは褒められたものではない。若手が台頭している時代にあって、トップテンを維持するために、もう一段のサーヴィス力の向上が必要である。これがない限り、グランドスラム大会の優勝は考えられない。
 三つは、フィジカル面の強化である。チリッチ戦で4時間マッチを闘える体力までフィジカルな強さが戻って来たのは間違いない。しかし、錦織には決勝までの2試合を闘う体力は残っていなかった。3強あるいは4強と呼ばれる選手と錦織選手との最大の違いは、フィジカルなインテンシティの差である。大きなゲームを通して、あるいはトーナメントを通して、一定水準以上の強度を維持してプレーすることができない選手は、頂点に立つことはできない。
 ナダルにしてもジョコヴィッチにしても、ゲームの中でのアップダウンが少ない。常に一定のフィジカル強度を持ちながらプレーすることができる。ところが、錦織選手にはこの強さが欠ける。体の強さは生来の骨格から来るものかもしれない。トレーニングによって、強いインテンシティを維持できる体を作ることができないのだろうか。
松岡修造氏はゲームにおける選手の心理を解説するのに優れ、錦織選手のメンタル面での弱さを強調している。しかし、これは間違っている。錦織選手に欠けているのはメンタルなものではなく、フィジカルなものである。フィジカルな弱さが、ここぞという時にメンタルな強さを引き出せない。とくに、ナダルやジョコヴィッチとの差はフィジカルなインテンシティの差である。それがメンタルな影響を与えていると考えるべきだろう。
 もっとも、シュワルツマンや錦織のような小柄な選手が世界のトップテン前後で活躍している事実は称賛に値する。大谷翔平選手のような恵まれた体をもっていれば別だが、小柄な錦織選手が、一回りも二回りも大きな選手を相手に堂々と闘っている姿は、それだけで素晴らしいものだ。もう一つ上を狙って欲しいと考えるのは無理なのだろうか。
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