2018.10.24  「危機を好機に」挑む人々―英トットネス遠回り紀行<下>
伊藤三郎 (ジャーナリスト)

遠くて近い日本

 このリポートの発信地、イングランド南西部の田舎町トットネスは、日本から遠くて近い所。そして近年ますます近い存在になりつつあること、これも知る人ぞ知る。この町が進めるトランジション・ムーブメント、新しい「幸せの経済」を探す運動を広め、実践する思想家、芸術家や市民運動のリーダーたちの世界的な会合が、実は昨年、2017年の11月に初めて東京で開催。「しあわせの経済 世界フォーラム2017 in 東京」(以下「幸せフォーラム東京2017」)という大きな国際会議を主導したのは、明治学院大学国際学部教員、『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)の著作で知られる文化人類学者、辻信一さん(メモ1)と、国際的な環境運動家でスウェーデン生まれの女性言語学者、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさん(メモ2)の二人。
 
 そして、地球の裏側のわがトットネスからも、この「幸せの経済」運動の元祖にしてシューマッハー・カレッジ創設(1991年)以来の校長、思想家のサティシュ・クマールさんが参加。世界中から集まった参加者に暖かな視線と励ましの言葉を送った。本稿のタイトルとなった「危機を好機に」も実はトランプ出現以来、クマールさんが折に触れて口にする忠告である。
 クマールさんはこの「危機を好機に」の真意を自らが編集する英国の雑誌『リサージェンス』で以下のように ―
 「危機は同時に好機でもあります。イギリスのEU(欧州連合)離脱やアメリカのトランプ政権誕生なども、見方によってはナショナリズムの意味を改めて考える絶好の機会なのです。(中略)偏狭なナショナリズムは“小さな心と大きなエゴ”の産物。一方、ローカリズム(地域主義)とインターナショナリズム(国際主義)は補完関係にあり、それを合わせた“グローカリズム”とは“大きな心と小さなエゴ”の表現です」
 
 さて辻さんのホームグランド、明治学院・白金キャンパスなどをメイン会場に2日間開かれた『幸せフォーラム東京2017』では、主催者を代表してヘレナさんはこう呼びかけた。
 「近代社会は根本的に誤った方向へ向かっている。各国が競って、果てしない“経済成長”を追い求めてきた結果、環境破壊、社会的格差、精神的貧困などの深刻な危機が世界を覆っている。私たちが今必要としているのは、これまでとは異なる“幸せの経済”というパラダイムへのシフトであり、無国籍大企業のためのグローバリゼーションから、人間と自然界の真のニーズに応えるためのローカリゼーションへの方向転換である。」
 「今回の『幸せフォーラム東京2017』は、こうした“幸せの経済”と“ローカリゼーション”をめぐる国際的な論議と実践を日本にも紹介し、また、日本各地のモデル地区を日本中に、そして世界に向けて発信するための場所です」

 ヘレナさんの名著『懐かしい未来』の舞台となったラダック、標高4000㍍の高地で1000年前の伝統を守り、最後の桃源郷と言われる地域から招かれた学者、芸術家。また、「森を守り、育む」森林農法で有機コーヒーを育てるメキシコ、タイ(カレン族)などの農家の人々。国内では2011・3・11のフクシマ原発事故をきっかけに「再生可能エネルギー」への転換運動を進める全国各地の代表や、集落住民主体の水力発電事業立ち上げなどで「コミュニティー再生のモデル」として注目される岐阜県の郡上市石徹白(いとしろ)地区(人口270人)からの「集落興し」運動のリーダー・・こうした幅の広い「幸せの経済」改革の先頭に立つ人々が一堂に会し、連帯のエール交換と生々しい現状報告で会場は終日盛り上がっていた。

 さてここで、この1年前の国際フォーラムを思い起こし、私自身の反省と「なぜいまトットネスへ?」の疑問に答えておきたい。
 私が朝日新聞のロンドン特派員だった1978~80年当時、英国は「鉄の女」サッチャー首相(保守党)誕生(1979年5月)から、サッチャリズムと呼ばれた「新保守主義」改革の嵐が吹いた。その時代を含めて半世紀を超える経済記者生活を「GNP(国民総生産)の拡大こそ国の発展、国民福祉向上の源」という“成長神話”の中で執筆を続けてきた。が、『幸せフォーラム東京2017』に参加し、日本を含む世界中の「幸せの経済」運動の担い手たちの白熱の議論を聞くにつけて「近代社会は根本的に誤った方向へ向っている」(ヘレナさん)という指摘を真正面から受け止めざるを得なかった。
 反省はそこに止まらない。この国際会議にせっかく参加しながら、世界的な「幸せの経済」運動の広がりをニュースとして書けなかったのはなぜか。本連載の冒頭で世界的な「幸せの経済」運動について、「知る人ぞ知る」と断ったのは、これはニュースに非ず、という先入観のなせる業だった。
 
 というのは、この運動の元祖シューマッハー生誕がすでに1世紀前の1911年、「GNPよりGNH(国民総幸福)の追求を」とブータン国王が提唱したのが1972年、そしてシューマッハー・カレッジができたのが約30年前・・・とても新しい動きとは言えない。それでも今回イングランドの田舎町まで出かけ「遠回り紀行」執筆へと私の背中を押してくれたのは、『幸せフォーラム東京2017』の仕掛人、辻さんの「スロー・イズ・ビューティフル」の叫びだった。ニュースは「news(新しい動き)」に限らず、伝えたい人たちが居るなら遅くとも書け、と私の耳には聞こえるのである。
   「幸せの経済 世界フォーラム2017 in 東京」2日目のプログラム表紙
      「危機を好機に」を志す人々―英トットネス遠回り紀行<下>  
 ここまで書き進んだ時、本当のニュースが届いた ― 『幸せフォーラム東京2018』が来月(11月)11日にまた東京で開催される、というのだ。今年こそ「幸せの経済」を探る世界各地からの生々しい報告と希望の声を、ニュースとして伝えたいと改めて思う。

 ここで話を振り出しのトットネスに戻し、ビールを生活必需品とする私にとってとりわけ印象に残った英国名物パブ(居酒屋)にまつわるお話を二つ紹介して、リポートを締めくくりたい。
 一つはトットネスの経済を元気づけようという運動に支えられ、一度消えた地ビール工場が復活した話。その主人公の名は「ニュー・ライオン醸造所」。1926年までトットネスに存在した名門地ビールが、地元の起業を支援する「リ・エコノミー運動」の支援によって見事蘇った。全町民の5%に当たる400人が出資した救援基金に加えて、ビール代1年分を前払いする会員には10%割引と専用ミニサーバーを提供。メンバーたちは毎月醸造所に集まっては町の繁栄にエールを交換して盛り上がるのだそうだ。私も、永住したくなった。

 もう一つは、トットネスでの最初の借家の隣に存在したパブの話。「The Albert Inn」という店の看板いっぱいに、お馴染みの哲学者アインシュタインの顔が。店の正面は地味な構えだが、裏にはダート川を見下ろす堂々の青空ビアガーデン。実はこの店は、町の長老や元気な若者たちのたまり場で、前回紹介した「トットネス通貨」を率先して受け入れるなど、「幸せの経済」運動の拠点のひとつなのだという。今回は取材のチャンスを失したこの店に、後ろ髪を引かれつつ帰国した。
 そう言えば、『幸せフォーラム東京2017』開催のリーダー、辻さんが、アインシュタインの名言として注目するのが次の一節 ― 「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセット(心の持ち方、思考の型)のままで、その問題を解決することはできない」
 辻さんは「僕たちがこれまでくりかえしてきた過ちとはまさにこれなのではないか」と書き(『GNP(国民総生産)からGNH(国民総幸福)へ』)、市民のひとりひとりがGNP神話のマインドセットから脱皮しなければ、と説く。
 いま英国は欧州連合(EU)離脱をめぐって国論は四分五裂、「唯一の超大国」米国のトランプ大統領は地球環境問題や自由貿易体制で「アメリカ・ファースト」を振り回して世界中を困惑させている。もしや、「TTT(トランジション・タウン・トットネス)」運動の精神こそ、いま地球にのしかかる諸難問解決への唯一のマインドセット、とパブ「The Albert Inn」の看板は示唆しているのか。トットネスの人々のいまの日常生活こそ、「幸せの経済」への最短の道と腹を据えているのか、この居酒屋を再訪して旦那衆に確かめてみたい。

(メモ1)辻信一(つじしんいち) NGO「ナマケモノ倶楽部」(1999年設立)をはじめ新しい「幸せの経済」「リ・ローカリゼーション」などを探る幅広い環境・社会運動の呼びかけ人。大学の辻教室からはこうした改革運動を地方で実践する若いリーダーたちを多数送り出している。
(メモ2)ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ 1975年外国人入域が許可されたインドの高地、ラダック地区への最初の移住者の一人。急速に進む開発とそれに伴うラダック文化と自然環境の破壊を憂い、地元の人々とともに「持続可能な発展」を目指す運動に取り組んだ。そのリポート『ラダック 懐かしい未来』は40ヵ国以上で翻訳され、世界中に大きな影響を与えた。

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