2018.11.02 難民・移民をめぐる左右のポピュリズム
盛田常夫(在ブダペスト、経済学者)

ドイツの州議会選挙結果が教えていること
 10月にドイツの2州で州議会選挙が行われた。10月14日のバイエルン州の議会選挙、10月28日のヘッセン州の議会選挙は、ともに類似した結果となった。バイエルン州の与党CSD(キリスト教社会同盟)とSPD(社会民主党)は得票率を10%減らし、ヘッセン州でもCDU(ドイツキリスト教民主同盟)とSPDが同様に10%強の得票減となった。バイエルン州は難民・移民の受入れ窓口であり、ヘッセン州はバイエルン州とともにドイツ経済の中心地である。この2つの州における与党の大幅後退はドイツ政治の安定時代の終焉を意味している。
 CSDとCDUの後退は政権政党の難民・移民政策への批判の結果であり、これらの党から離れた支持者はAfD(ドイツのための選択肢)に流れ、SPDから離れた支持者はGrüne(緑の党)とLinke(左翼党)に流れたと推測される。とくに、社会民主党は得票率を半減させており、連立政権政党から一介の少数党に転落した。
 ドイツ社会民主党のみならず、欧州左翼は難民・移民問題での対応を誤り、政治的影響力を急速に失っている。大量の難民・移民の無条件受入れが地域社会のアイデンティティを喪失する危機的事態を迎えたにもかかわらず、それを無視して、住民の危機的感情を「ポピュリズム」、「極右民族主義」と切り捨てる政治姿勢が、支持を失った最大の原因である。問題の本質を見失った政治的対応が、現実の利害関係に苦しむ地域住民の支持を失ったと考えるべきだろう。

人道主義vs民族主義は架空の対立軸
 ドイツが難民とも移民ともつかない人々をほとんど無条件に受け入れた背景には、過去にユダヤ人を虐殺したという負い目があり、そのことが大量流入初期の人道主義的対応となった。また、ここ数十年、産業界の要請からトルコや旧東欧諸国から大量のゲストワーカーを受け入れていることも、事実上の無条件移民を受け入れる世論を醸成した。
 ところが、余儀なくされたものとはいえ、2015年秋からの無秩序な大量受入れは当該地域社会を、危機的な状況に陥れた。学校の講堂が難民・移民で占拠され、小さな町や村には見慣れない人々が日中から屯(たむろ)するようになった。小さな地域社会であればあるほど、地域の雰囲気が激変した。村や町の人口に匹敵する難民・移民が押し寄せたところもある。難民・移民を受け入れていない地域や都市の住民は理想主義を語っていればよいが、当該地域住民は日常生活そのものが急速に悪化することに不安を抱かざるをえない。
 ところが、政党政治家や知識人たちが人道主義にもとづいて難民・移民の大量流入を支持し、それを批判する人々を「極右民族主義」と見下したのでは、地域社会に生きる人々は地域社会で生きる拠り所を失ってしまう。連邦政府の無定見な難民・移民政策を批判する政党に票が流れるのは、自然な流れである。それを「極右の進出」と騒ぐのは間違いである。
 明らかに、ドイツ社会民主党は地域住民の日常生活における不安や地域社会のアイデンティティ喪失の危機にたいして、適切な政策対応をおこなわず、イデオロギー的に批判するのみであった。これでは有権者の支持が減るのは当然である。
 問題の本質は、人道主義と民族主義の対立にあるのではない。まして、センチメンタリズムで解決できるものでもない。地域社会のアイデンティティを維持しながら、どのように難民・移民を受け入れることができるかを明確にしない限り、問題の解決にはならない。イデオロギーの対立が本質なのではなく、地域社会、ひいてはドイツ社会をどのような社会にするのかというコンセンサスを醸成することが重要なのである。それなしに、地域住民の危機感情を無視すれば、政権は支持されないということだ。
 この問題に見られるように、欧州左翼は理性を優先した現実無視の観念論に傾斜する傾向があり、地域住民の現実的感情を汲み取ることができない。将来社会のあり方について真摯な議論をせずに、旧来の観念論的人道主義だけを掲げていたのでは、有権者からも見放されるということだ。これはドイツに限らず、社会主義体制崩壊後の欧州左翼が共通に抱える問題である(日本も例外ではない)。

難民と移民の区別
 難民と移民は明確に区別されるべきものである。ところが、2015年の大量流入はその区別を事実上不可能にした。2015年当時でも、難民を称する人々のほとんどが、事実上の経済移民であった。最終目的地(国)を指定する「難民」は難民ではなく、経済移民である。2015年当時でもシリアからの難民は3割程度で、後の7割はシリア難民に便乗して世界各地からトルコの沿岸に集まり、密航業者にお金を払った移民希望者である。
 EUは今年6月の首脳会議において、ようやく「難民」と「移民」の選別に乗り出し、「難民」の欧州域内移動についても、統一的なルール設定に動き出した。また、密航業者の手引きでアフリカから地中海を経由してイタリアやギリシアに向かう人々を海上で救助する救助船の入港は各国から拒否され、最大の救助船(NGO SOS Méditerranéeを掲げたAquarius号)はパナマの船籍を剥奪され、活動を停止せざるを得なくなった。不法入国幇助と認定されたのである。なぜなら、アフリカから地中海を経由して欧州に入国しようとする人々の9割以上が経済移民で、難民は数パーセントだからである。
 経済移民をどう受け入れるかは、欧州各国の主権事項である。すでに多民族国家になっている国もあれば、ほとんど単一民族国家に留まっている国もある。フランス、ベルギー、オランダのように、イスラム系住民がかなりの比率を占めている国もある。ベルギーやオランダの貧困な移民スラム街からパリテロ事件の実行犯が生まれ、オランダから多くのIS兵士が旅立った。他方、イスラム系住民がほとんどおらず、移民労働力を必要としない国もある。したがって、「欧州統合は多民族の共存社会だから、すべての国で移民を受け入れなければならない」ということにはならない。100年200年先の欧州がそのような多民族統合社会になるかもしれないが、21世紀初頭の欧州社会はまだそのような統合を共通の目標にしてはいない。
 欧州左翼が多民族統合社会を目指すために、地域住民の危機意識を無視すれば、支持を失っていく。理想は必要だが、足を地に着けて現実問題を解決しながらステップを踏まなければ、手痛いしっぺ返しを受けることになる。

左派ポピュリズムと右派ポピュリズム
 このように見ると、移民を拒否する国をいとも簡単に民族主義とレッテル貼りするのは間違っている。もちろん、ハンガリーのように、「ハンガリー・ファースト」をさらにイデオロギー的に強め、種々の問題にたいするEUからの批判を「ハンガリーを移民国家にするための企み」として、政府を挙げて政治キャンペーンを張るのは、難民・移民問題を利用して権力基盤を固めようとする民族主義的なポピュリズムである。したがって、問題の本質とイデオロギー的な宣伝を明確に区別することが必要である。
 ハンガリー政府の立場が民族主義的ポピュリズムだとすれば、欧州左翼は観念論的人道主義だと言えよう。観念論的人道主義は左派ポピュリズムである。それぞれのポピュリズムは、それぞれの政党支持層をつなぎ止めるイデオロギーである。
 しかし、イデオロギーの違いが問題なのではない。欧州統合をどのように考え、民族国家のあり方をどのようにしていくのかという地道な歩みが必要なのである。左右のポピュリズムの対立は問題解決にはならない。

本ブログ寄稿者 盛田常夫氏講演会のお知らせ

日本大学経済学部中国アジア研究センター主催研究会
日時 2018年11月19日月曜日18時から20時
講演者 盛田常夫氏(元法政大学教授、在ハンガリー)
講演テーマ 難民・移民問題における左派ポピュリズムと右派ポピュリズム
場所 日本大学経済学部7号館4階7043教室
   JR水道橋駅下車、お茶の水側出口を出て、右へ5分、
          右側に日大経済学部のビルがあります。

ご連絡は不要です。ご自由にお越しください。
幹事 池本修一 日本大学経済学部
   ikemoto.shuichi@nihon-u.ac.jp


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