2018.11.03 大変革進行中の中国みたまま(2)
―北京の大気汚染は解消したのか

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 悪名高いかった北京の大気汚染は解消したのだろうか?
今回の中国旅行中、強い関心があったことの一つは、北京のひどい大気汚染は解消したか、ということだった。しかし、わずか4日間の北京滞在中、あのどんより濁った、大気汚染をまったく感じなかった。初秋のさわやかな2千万都市北京だった。上海は海に近いので大気汚染問題は、生じなかったのではないか(私が知らなかっただけかもしれないが)。
 もちろん、わずかな滞在日数を秋に過ごしただけで、判断はできない。しかし北京市民の友人、知人たちに尋ねると誰もが、あの大気汚染はもう気にしなくなった、という答えだった。
 中国政府と北京市当局は、大気汚染解消に二つの重要対策で取り組んできたという。
その第一は、北京市内と周辺の、大量に汚染排気、排水を排出してきた工場をほとんど潰したこと。本リベラル21で、有数の中国通の田畑光永さんがリポートしている、昨年11月北京市大興区で強行された「区画丸ごと取り壊し・全住民強制立ち退き」のような強行手法で、大気汚染源とみなした工場などをつぶすか、追い出してきたのだろう。北京で会った友人たちは、大興区での取り壊し・全住民強制立ち退きを知っていたが、“ひどいことをする”という非難めいた顔はなかった。
 もう一つの大気汚染対策は、乗用車のガソリン・エンジンから電池エンジン、あるいはガス・エンジンへの転換の推進だ。すでにタクシーの大部分が、電池エンジンかガス・エンジンで走っているのではないか、と思った。統計を見ていないから、間違っているかもしれないが。ともかく、北京はじめ市内では、ガソリン・スタンドよりもガス・スタンドか電池用充電スタンドが目に付く。どこもタクシーが集まっていた。自家用車の場合は、おそらくガソリン・エンジンの方が急速に速度を上げられるから、自家用車をバッテリー車に替えたと言う人はいなかったが、転換は拡がりつつあると思った。
 今回の北京、上海、長春、瀋陽の旅では、瀋陽市内から空港に行く道路でだけ、大気汚染で上空がややどんよりしていた。
 ▼今なお残る旧市街「胡同(ホートン)」
 10年前には、北京では高層ビジネス・ビル、高層住宅ビルの建設が進み、市街の変化がどんどん進行していた。繁華街王府井の中心を貫く道路は、いま歩行者専用になっている。それよりも、どうなったか気になっていたのは、王府井からも遠くない北京の旧市街胡同がどうなったかだった。いまや古い話になったが、1966年から73年にかけての文化大革命期、胡同は旧勢力の巣窟として紅衛兵の攻撃目標になり、建物が破壊され、住民が追い出された。文化大革命が終わったあと、首都の再建、発展計画が打ち出され、広い胡同地域は建物が壊され、近代的なビル、道路に代わっていくとの説明だった。中国に行くたびに胡同がどうなっているか聞いたが、案内役は「再開発が進み、胡同はなくなりますよ」との答えばかりだった。
 だが今回、偶然、胡同に入り込んでしまった。そのたたずまいは、かなりくたびれてはいるが、70年代に歩いたままの民家の街並みが残り、住民が歩き、生活していた。うれしかった。中国政府と北京市当局の計画は、胡同の一掃ではなく歴史的・文化的価値を尊重して保存するものだったのか、住民の抵抗が根強かったために、変更したのか。わからない。
 たまたま、今日ネットで検索したら、以下のAFP電が紹介してあったー「2017年5月24日 AFP Fred Dufoul記者:中国・北京の旧市街に残る胡同と呼ばれる細い路地。数百年前には胡同に面して風格のある赤い扉が立ち並び、扉の向こうには中庭が広 がっていた。中庭を囲む建物の小屋ばりは曲線を描き、柱は色付づけされていた。庶民の家でさえ、広々とした中庭があった。
 しかし、20世紀半ば以降、とくに文化大革命期には胡同の多くの家々が接収され、破壊された。
 現在は2150万人が暮らす土地不足の北京で、胡同に面する中庭は木造の掘立小屋か、もう少しましなコンクリートの部屋で埋め尽くされている。いくつかの世帯が生活をともにし、家族ではないが皆、とても親しい」
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