2018.11.20 続・続からくにの記 (その4) 2018.10.23~10.30
           韓国通信NO580
              
小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)


<鄭周河(チョンジュハ)さんの山荘>
 鄭さんの家に着いた。
 まるで山荘みたいな一軒家。小高い山と紅葉に包まれていた。昨日の内蔵山の続きのようだった。かたわらを小川が流れていた。夫人の李善愛(イ・ソネ)さんが車に駆け寄って来た。「遠くまでようこそいらっしゃいました」。暖かい出迎えの言葉にあわせるかのように、三匹の犬たちが一斉に「モンモン」※と激しく祝砲をあげた。
※韓国語の犬の擬声語。ちなみに猫は「ヤーオン」。日本語と似ているようで似ていないのが可笑しい 

 「別荘みたいですね」
 「いや本宅です」
 夫妻は数年前、二人の子どもたちの独立を潮時に、全州のマンションを引き払ってここに越してきた。素晴らしい自然環境のなかで自給自足に近い二人だけの生活を始めた。自給自足といっても電気も水道も通っているので完全な自給自足ではないし、鶏や豚を飼っているわけではない。1100坪の広い敷地で野菜の栽培、暖炉には薪を使う「田舎ライフ」を楽しんでいる。増築、改築も自分でやるようで、ご自慢の広い作業小屋には道具が所狭と並んでいた。
韓国通信580写真(1)
韓国通信580写真(2)

 大きなビニールハウスで冬でも野菜の自給は可能だ。建坪は聞かなかったが、一階建ての家は全体が室内体育館みたいで、私が住んでいるマンションの5倍はらくにありそうだ。天井は倉庫のように高く、壁に作りつけた書棚にはぎっしり本が並んでいた。
 リビングの大きなガラス窓から見える紅葉した庭木と遠くの山の紅葉が重なって、窓を額縁にした景色が部屋を彩る。
 こぢんまりと効率性を求める日本人の住宅に対する感覚との違い。わが家に来たことのある韓国の友人の家に招かれた時、「こんなに広くて申し訳ない」と言われたことがある。マンションなら50坪型、60坪型が主流、トイレと風呂が二つというのはざらだ。「うさぎ小屋」という言葉を思いだした。韓国人はつくづく大陸的だなと思う。
 夕食はまずワインで乾杯。鄭周河さんとは日本でいつも焼酎を飲んでいたので意外だった。
 「民衆の酒 焼酎は 安くて まわりが速い
 焼き鳥固く 冷えぬ間に 血潮は 顔を染めん」♫
 有楽町の酒場で労働歌「赤旗」の節で「焼酎の歌」を披露したことがある。焼酎をホップで割った「ホッピー」も気に入っていた。てっきり「焼酎党」だと思い、土産に芋焼酎を持って行ったのに「ワイン党」だった。キムチと焼き肉を予想していたがこれも外れた。

 ナイフとフォークで洋食の晩餐が始まった。スープから始まり、庭で取り立ての新鮮な野菜サラダ、アワビのバター焼き、メイン料理はチムタク(鶏肉の煮込み料理)。ニンジン、ジャガイモと一緒に香辛料を利かせた絶品だった。
 野菜の話題、子どもの話、日本の友人たちの話題に花を咲かせた。こちらはたどたどしい韓国語だが、ワインを飲むほどに話は盛り上がった。!
 ソネさんも大学では芸術専攻で大変なクラッシックファンのようで、四人の口から、シューベルト、モーツアルト、シューマンの名前と曲が錯綜した。部屋のオーディオの音は、木造、高い天井のせいか素晴らしい響きだった。
 毎年夏休みに教え子の大学生たちとヴェトナムのハノイからホーチミンまでサイクリング旅行をすると聞いていたが、部屋には数えきれないほどの自転車が天井にまで吊るされていた。<写真は鄭周河氏と李善愛夫妻>
韓国通信580写真(3)

 こんなに淋しい所でよく暮らせるなあと感心する。鄭周河さんが福島やヴェトナムに出かけている間はひとりで淋しいのではと心配したら、ソネさんからは「いなくてせいせいしている」といった意味の答えが返ってきた。「亭主元気で留守がいい」という日本の「はやり言葉」を思いだして紹介した。
 食事の後、茶室に場所を移しローソクの火をともして緑茶パーティーが始まった。日本の「煎茶道」に似ていた。茶を何回か湯通しして、小さな湯呑で飲む。鄭さんの「お点前」を私たちは神妙に見続けた。「このお茶を飲むと体の芯まで温まり、よく眠れる」とのことだった。
 電話もテレビもない生活。自然に囲まれ、質素でエコ、野菜作りと三匹の犬との生活。「こんな生活、憧れちゃうわね」と妻はしきりに羨ましがる。「いっそのことここへ移住するか」と言いながらも、「僕にはとても無理だ」とつぶやいた。

<陶板作品との再会>
 朝早く起きてひとりで散歩した。二百メートルくらい先に隣家を発見、川に沿って民宿の施設が見えた。夏は渓流遊びをする家族連れで賑わう。空気がおいしい。

 自作の陶板作品と再会した。鄭周河さんが福島県白河のアウシュビッツ平和博物館で開いた写真展にあわせて朝露館(栃木県益子町)の工房で作ったものだ。陶板作品は鄭周河写真展会場三ケ所を巡った。写真展が終わり、これを鄭周河さんに記念にプレゼントした。
 リビングの窓側のデッキ、とても目立ちやすいところに置かれていた。来客の目にとまるようでなかなかの評判らしい。初めて作った陶板作品が海を渡り、大切にされているのを知り、少し面映ゆく、そして少し誇らしかった。
韓国通信580写真(4)

 朝のコーヒー。コーヒー豆を取り寄せて自ら焙煎するという話にびっくり。香りを楽しむために豆を挽く人はいるが焙煎する人に初めて会った。彼の生活スタイルは物の豊かさを求めず、手を抜かず心の豊かさを大切にしているように見えた。一緒に出されたブルーベリーは手が止まらなくなるほど美味だった。これも庭で栽培したもの。
 「もっと居たいなあ!」。本当にそう思った。素晴らしい家だし、二人の生活ぶりをもっと見たかった。「一日では短すぎると言ったじゃないか。今度はもっと長く泊まりに来て」。僕たちも素直にその気になっている。妻は、お別れに片隅にあった古いピアノを弾いた。ソネさんと別れの握手をして、山荘を後にした。

<晋州(チンジュ)へ>
 当初、全州駅から汽車に乗って順天(スンチョン)駅で乗り換えて晋州駅下車、そこからバスで目的地統営(トンヨン)へ行く予定だった。順天までは頻繁に電車があるが、次の電車の本数が少ないことに気づき、晋州までバスで行くことにした。一人旅なら場当たりで終電車がなくなればそこに泊まったりするが、今回はそうはいかない。同行者を心配させるわけにゆかず、かなり綿密な計画を立て、統営のホテルも予約してあった。その日のうちに、それも明るいうちに到着したかった。バスターミナルまで送ってくれた鄭周河さんとはそこでお別れした。
 他人の家に泊まることにしり込みをしていた妻は夫妻の歓待ぶり、何よりも素晴らしい生活ぶりがとても気に入ったようだった。晋州の滞在時間は4時間。目指すは晋州城。荷物を持って次のバスに間に合わせるために、タクシーを借り切った。
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