2018.11.28 続・続からくにの記 (その6) 2018.10.23~10.30
          韓国通信NO582

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

<尹伊桑記念館>
 国際的な作曲家・尹伊桑(ユン・イサン)の記念館の展示室。自筆の楽譜、演奏会用プログラムなどが、多くの写真とともに展示されていた。なかでも、会場中央にある遺品のチェロがひときわ目を引く。尹伊桑は生前「チェロは私の友、私を表現するために最適な楽器」と語り、作曲もチェロで行い、自身もチェリストであった。
韓国通信582写真(1)

 統営国際音楽財団、尹伊桑記念館のイ・ジュンドさんと話ができた。
 「尹伊桑さんの遺骨が今年になるまで帰国できなかった本当の理由は何ですか」
 「軍事政権が倒れても、韓国社会が尹伊桑を認めなかったことに尽きます」
 「金大中、廬武鉉(ノムヒョン)時代でもダメだったのですか」
 「社会が北朝鮮と繋がっていると考え、尹伊桑を認めなかったのです」
 「それが今年になって帰国が出来たのは?」
 「文政権の対北融和政策によって北朝鮮に対する社会意識に大きな変化が起きたからです」

 北も南も「わが祖国」だった尹伊桑の遺骨が帰国するまで死後23年もかかった。ローソクデモ、
 文政権の誕生によって、韓国社会の北朝鮮に対する意識が劇的に変わったことを実感した。
 帰国後、私が韓国語に翻訳した、尹伊桑の日本における「講演記録」と日本で行った演奏会プログラムを記念館へ送った。
 これに対し、次のようなメールが来た。
 「ありがとうございました。昨日、資料が手許に届きました。講演の内容を韓国語に翻訳して残されていたのですね! 貴重な資料として保管し、機会があれば一般公開するつもりです。尹伊桑記念館。イ・ジュンド拝」
 長年、手許であたためてきた講演会記録が記念館に届いて本当にうれしい。

<海産物鍋で乾杯!>
 気がつくと朝から歩き詰めだった。ケーブルカー頂上駅で、蒸(ふ)かしたトウモロコシを食べただけ。
 海産市場は熱気に満ちていた。尹伊桑は幼年時代を回想して、「朝は町の魚市場の狭い路で、何千という銀色の魚が、籠のなかにひしめき、しばしば魚は銀色の輝きを放って高く飛び上がり、籠から路上に飛び出した」と、対談『傷ついた龍』で語っているが、海産物市場は、百年前に伊桑が見た景色を彷彿とさせるものだった。買った海産物をその場で料理してくれると聞き、誘惑に負けそうだったが我慢した。
 腹を空かしながら尹伊桑記念館の見学を終え、近くの海側に並ぶ海産物料理屋に入った。
 韓国では刺身も鍋料理も、と欲張らないほうがいい。メニューを指さして、「これ」というだけにしたほうがいい。「これ」と「これ」と頼んだら、量が多くてとても食べられない。
 少し冷えてきたので、海産物鍋を注文した。二人なので、一番安い鍋を注文したら、出てきた鍋を見て、のけぞるほどびっくりした。大きなムール貝、たこ、いか、はまぐり、カニなどがギッシリ、天井を突きさすように盛り上がっていた。これで2400円! 焼酎とビールに海産物汁に入れるラーメンを入れて、3千円ちょっとである。少し遅い昼食だったが至福の時を過ごした。
韓国通信582写真(2)

 <朴景利記念館を訪ねて>
 尹伊桑のことを調べていくうちに、同じ統営出身の小説家朴景利の存在を知った。
 20年ほど前、韓国社会の女性のパワーに注目して、女性作家の作品を集中して読んだことがある。私の仮説では、男性は「大きなこと」を言うが、社会の底辺で苦労してきた女性こそ韓国社会を変える原動力になるのではないか。それを小説から見いだそうという試みだった。
 短編小説ばかりだったが、女性作家に共通する特徴として次のようにまとめた。
 ①主人公は女性、作家自身だ②主人公は「私」ではなく、「彼女」として登場させ、積もりつもった鬱積を「外在化」し、「客観視」する③テーマは家族。夫は対等な夫婦生活から外れた「ダメ」な男が多い ④政治的なテーマは少なく、苦悩する女性の生き方に焦点が当てられている⑤人間の内面よりも人間関係に焦点があてられている⑥軍事政権崩壊後の作品には社会をテーマにしたものが見受けられるが、基本はあくまでも「夫婦関係」と「家族」である⑦儒教的社会秩序のなかで苦悩する女性を焦点にあてるが、 あくまでも「生きること」を前提に、「死」はテーマにしない。人間の芯の強さ、ひたむきさが感じられる。
 韓国の女性文学論を展開するつもりはないが、朴景利の小説は、数多い女流作家の特徴をすべて備えた女流文学の頂点だという評価、詩人としての評価も高い。韓国通信582写真(3)

 あらためて朴景利(1928~2008)を紹介したい。
 慶尚南道、忠武(現統営市)生まれ。朝鮮戦争で夫が北に拉致され、戦争未亡人として苦労しながら一人娘を育てた。1970年に江原道の原州に転居、1994年に代表作の大河小説『土地』を発表。それまでに1955年『計算』、1956年短編『黒黒白白』の他『剪刀』、『不信時代』、『僻地』、『暗黒時代』などの話題作を発表。悲劇的な運命に翻弄される女性たちを描いた。代表作の『土地』は1969年から25年間にわたり執筆され、自身の「乳がん」とのたたかい、娘婿の詩人金芝河の投獄という厳しい環境のもとで書き続けられた。

 統営に行く前に『土地』を読もうと、地元の図書館から借りて5冊まで読んだ。しかし続編は現在翻訳中。全20巻といわれる小説の全貌を知りたくて、やむなく2005年に韓国で放映された、『土地』をドラマ化した『名家の娘-ソヒ』(全52話)を見た。これも「あきれる」ほどの長編だった。
 小説は李朝末期から光復(日本の敗戦)までの60年間。東学農民戦争の全琫準と並ぶ東学農民軍のリーダー金開南(キムゲナム)とおぼしき人物が登場すれば、没落両斑の財産争い、日韓併合前夜の人々の陰謀、裏切りと逃亡、侵略者である日本人、満州の間島(カンド)への移住、独立運動、身分制度が生んだ男女の悲劇、女性の自立を阻む社会の厚い壁、社会を生きるあらゆる階層の人たちの姿が見事に描きだされる。小説の舞台は慶尚南道、河東(ハドン)郡平沙里(ピョンサリ)、満州、ソウル、晋州、東京と目まぐるしく、登場人物は実に4世代にのぼる。
 時代に翻弄されながらも必死に生き、成長する主人公のソヒ(西姫)と身分の違う夫のキルサン(吉三)夫妻を中心に、人間模様が各編にちりばめられ緊張と感動を与える。
 前半は李朝末期の農民の生活がこと細かに描かれ、イザベラ・バードの『朝鮮紀行』と併せて読めば、近世の朝鮮社会の理解に資するところが多いはず。

 記念館入り口の朴景利の石像に、亡くなった齢に書いた詩集の言葉が刻まれていた。

 버리고 갈 것만 남아서  참 홀가분하다 
 捨ててるものだけ 残って ほんとうに 快い

 小説『土地』の後半では日本の敗戦が色濃くなり、物情騒然とした状況が描かれている。尹伊桑もこの時期、統営で仲間とともに独立運動に参加、逮捕され、統営警察で苛酷な拷問を経験している。フィクションである『土地』の登場人物のなかに、尹伊桑がいるような不思議な気持ち。同時期の統営で、尹伊桑は小学校の教員、28才、朴景利は17才である。主人公のソヒとキルサンが見た広大(クワンデ)(旅芸人)を、尹伊桑も少年期に見て感動したという。「彼らは貧しかったけれども、しかし素晴らしい演技でした」(『傷ついた龍』)と、旅芸人たちの演技と音を熱く語っている。

文学は 「どうして」という 問いから 始まる
私たちは 「何故」という問いを やめることは できない
どんな作品にも 葛藤と矛盾 運命との争いが 繰り広げられる
「どうして」 という問いから 始まって 「どうして」という問いが
文学を 支えているのだ
      朴景利記念館で見つけた彼女の言葉である。


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