2018.12.20 あの悲劇はなぜおきたか――天安門事件から29年
――八ヶ岳山麓から(272)――

阿部治平(もと高校教師)

『八九六四』という表題にひかれて、安田峰俊著『八九六四』(KADOKAWA、2018年5月)という本を読んだ。「八九六四」は1989年6月4日に北京の長安街と天安門広場で、中国共産党の支配に抵抗して「民主化」を要求する学生・市民が人民解放軍によって多数殺傷された天安門事件のことである。事件とそれに至るまでの一連の学生運動をさすとき、中国では「六四学運」という。本書はその運動にかかわった人々とのインタービューを記録したものである。
本書の帯には「中国、香港、台湾、そして日本。60人以上を取材し、世界史に刻まれた事件を抉る大型ルポ!!この取材は今後もう出来ない」とあるが、本書に登場するのは25人。事件当時中国本土にいて運動に関係した人は15人で、そのうち労働者だったのは2人にすぎず、そのほかは大学卒かそれと同レベルと思われるインテリである。この数字はそのまま1989年の民主化運動の実態を表している。労働者の組織的参加は少なく、農民は運動の埒外に置かれていたからである。「番外」として香港の雨傘運動、台湾のヒマワリ運動の関係者3人が登場している。

天安門事件5年後の1994年に、「六四学運」指導者のひとり王丹が運動の「総括」を発表している(共同通信の伊藤正氏訳、月刊「現代」1994・7)。本書にもその要約がある。
王丹の「総括」の第一は「運動は思想的基礎を欠いていた」というものであった。私は89年当時天津にいて運動を見ていたが、学生の「民主」思想に強い疑問を感じていた。そもそも指導部に確固たる民主主義思想があったかも疑問である。
学生らは、「民主の対立概念は君主だ」とか「民主とは人民が主人公のことだ」とかといった。本書に登場するもう一人の学生指導者ウアルカイシは、今日でも同じことを繰り返している。この論理は「中共は労農人民の党だ。だから中共の独裁は人民が主人公の政治である」と容易にすり替えられる。当時の最高指導者鄧小平は「三権分立は政府が三つあるようなものだ」と発言したが、これに対しても学生の正面からの批判はなかった。
言葉と行動の激しさとは裏腹に、運動を導く思想は腐敗した行政幹部の追放を期待する程度のもので、民主主義を求めて一党支配を揺るがすものではなかったと思う。
また王丹は、指揮系統が存在せず、途中から運動が四分五裂に陥ったことをあげ、そのために広場での座り込みが長引きすぎたといった。また学生と知識人だけが盛り上がり労働者や農民への参加の呼びかけを怠ったこと、政府内の改革派と「暗黙の連合」を組むことができなかったこと、デモ参加者たちが学生の「純粋性」をひたすら強調し、当局への譲歩や一歩後退といった柔軟な戦術を一貫して否定し、結果としてそれらが弾圧を招くことになったことなどをあげている。これにはほぼ賛成できる。

天津にいた私の周囲の日本人は、市民・労働者が熱烈に学生運動を支持しているのに、これが組織されていないことに歯がゆさを感じ、鉄道や製鋼工場「首鋼」などの労働者が闘争に参加しなければ勝利は難しいなどと話していた。
私は高校生までが運動に参加しだしたとき、学生と政府がどこで妥協できるのか心配になった。私の勤務先の幹部は「総書記の趙紫陽が失脚したから、中共中央に学生を擁護する者はもういない。学生が天安門広場から撤退しないかぎり、徹底的にやられます」といった。
ところが学生集団には規律と統制が不足していた。軍の介入が明らかになって、指導部が天安門広場の座り込みを解くよう説得しても、肯んじない学生集団がいた。賃上げストライキひとつとっても、有能な指導部と組織された中核なしには闘争を適時収拾することは難しいものだ。そして悲劇の6月4日が来た。
私は、学生たちは大学に立てこもって態勢を立て直すかと思った。ところが彼らは「空城の計」とかと称して、一般学生は故郷に向かって雲散霧消し、指導部では王丹と数人のもの以外は、国外逃亡を図ったのである。

というわけで、さきの94年「総括」から20余年を経た今日、王丹が中国の民主化についてどのような認識をもっているか、私は本書の王丹の発言に大いに期待した。
ところが安田氏は、王丹とのインタービュー記事をいきなり、「これまでに話を聞いたなかで、もっともつまらない取材ではないか」と書き始めている。王丹は聡明で、その見解は的外れではないといいつつも、会う前から退屈で、魅力に欠けていたことはわかっていたという。
王丹は、民主派のなかに中国の民主化について、「統一した意見はなく各人の見方があります」と言ったという。ではその各人は、現在の中共統治について、あるいは民衆と権力者の関係について、それぞれどのような分析をしているのか。習近平政権の時代的特徴についてどんな認識を持っているのか。はたして大陸の民主人権派と亡命者とでは現状認識に違いがあるのか。私が知りたかったのはまさにここのところだったが、安田氏はそれについては何も書いてはいない。

また王丹は、「たとえば中国共産党の統治が、あと100年間ずっと続くと思いますか?そんなことはあり得ません。あと10年か20年経てば非常に大きな変化が起きると思います」と自問し自答したという。
清朝はアヘン戦争の敗北によって、権力の根幹を揺るがされてから滅亡まで70年余りかかっている。王丹は10年か20年という短期間に現代中国で「大きな変化が起きる」と言う。
「大きな変化」とは、この場合権力基盤を揺るがすほどの変化であろう。中共の組織は郷村にまでしっかりと根を張っているうえに、中国国家は軍事的に強大となり、GDPも世界第二位になって、中共の権力基盤はむしろ強化されているといわねばならない。にもかかわらず、なぜ体制が揺らぐといえるのか。漠然と希望的観測を口にしているのなら、それは王丹の「はったり」ということになる。安田氏はどうしてその根拠を問わなかったのか。

本書は、それぞれの人物の語りの合間に、安田氏の主観による文章が頻繁に挟まり、むしろそれが大きな面積を占めている。このため当人が本当はどう語ったのか、よくわからないもどかしさがある。ウアルカイシもふくめ、他の20人ほどの言説も私にはよくつかめなかった。
たとえば凌静思という人物の記事の末尾に、安田氏はこう綴っている。
「北京の街を歩きながら、ふと若山牧水の短歌を思い出した。中国共産党が支配する紅い都の片隅の書庫に、そんな立派な人が隠れ住んでいた。凌静思の心は、広場を掃除していた青年時代と同じように清らかでまっすぐなままだ。ただし彼の感情は、すでに同時代の多くの中国人とは共有が難しくなっている――」と。
私は人物評よりも、この人物が何をどう語ったか、もっと語ったままに近い言葉で示してほしかった。氏の取材努力にもかかわらず、本書はルポというより、著者安田峰俊による人物論、あるいは印象記になっている。残念である。

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