2018.12.27 人口予測から見た中国の近未来
――八ヶ岳山麓から(273)――

阿部治平(もと高校教師)

今日中国の人口を巡っては多くの議論があるが、たいていは少子高齢化を軸に展開している。近藤大介著『未来の中国年表』(講談社現代新書2018・7)もその例にもれないが、こちらは人口の変化を道具に新たな切り口で中国を分析した、わかりやすく面白い本である著者は有数の中国通として知られる。現在「週刊現代」特別編集委員。

年代別の目次が本書の内容を端的に示している。
2018年 中国でも人口減少時代が始まった――四二一家庭(両親とその両親たちが一人っ子の面倒を見る家庭)
2019年 首都・北京の人口もごっそり減る――積分落戸(都市戸籍取得を制限するために人を点数化して評価する制度)
2020年 適齢期の男性3000万人が「結婚難民」と化す――空巣青年(一人暮らしの若者)
2021年 中国共産党100周年で「貧困ゼロ」に――脱貧攻堅(貧困との断固とした戦い)
2022年 大卒が年間900万人を超え「大失業時代」到来――学歴通脹(学歴インフレ)
2023年 世界一の経済大国となり中間層4億人が「爆消費」——消費革命
2024年 年間1200万人離婚時代がやってくる――中国式離婚
2025年 「中国製造2025」は労働力減少を補えるか――双創(創業と技術革新)
2035年 総人口が減少しインドの脅威にさらされる――竜象打杖(中国とインドの争い)
2049年 建国100周年を祝うのは5億人の老人――未富先老(豊かにならないうちに老人となること)((  )内は阿部)

ここでひとこと。中国の人口政策は大きな揺れをくりかえした。初代皇帝毛沢東は、歴代王朝同様人口は多ければ多いほどよいとし、「口は一つ手は二つ」、すなわち生産は消費を上回ると考えていた。だが毛沢東時代には、豊作の年でも食糧生産が人口の伸びを凌駕することはなかった。私が知る限り、1980年代に至っても天津近郊の農村には食料不足があった。
1950年代の後半、北京大学学長だった経済学者馬寅初は、経済発展のためには人口抑制が必要だという「新人口論」を提起した。無論皇帝に公然と逆らうことは許されない。馬寅初は激しい批判を浴びて社会的に葬られた。以後中国では人口学は消滅した。皮肉なことに、この時期毛沢東の「大躍進」政策によって3000万とも4000万ともいう餓死者が生まれていた。1960年代前半に人口が急激に増加に転じたのはこの反動である。
76年毛沢東があの世に行き、破綻寸前の経済が残された。1979年、二代目皇帝鄧小平は「一人っ子政策」という強制を伴う実験を始めた。98歳にして馬寅初の名誉は回復し、毛沢東は「錯批一人,誤増三億(一人をやっつけたがために三億人も増やした)」といわれた。

さて本題にはいると、中国でも日本に遅れること30年で、少子高齢化が始まった。建国101年の2050年には60歳以上の老人は5億に近づく。15歳から64歳までの生産年齢人口2.6人が65歳以上の老人1人を支えなければならない。これは日本の2013年のレベルにほぼ等しい。ところが中国は老人介護など社会的インフラがほとんどできていない。近藤氏は「未富先老」老人が億単位で出現すると予想する。
そこで、2014年、習近平政権は「二人っ子政策」に転じた。だが出生数は2017年には前年よりも63万人近く減少した。二人目は増えたが肝心の一人目の子供が大幅に減少したからである。なぜ若い夫婦が子供を産まないのか。
中国の専門家は、①子育てコストの上昇、②病院・保育所など公共サービスの欠如、③さらに「子供は一人」という出産観念が定着しているうえに、「二人の生活を楽しみたい」という夫婦が増加したことをあげる。
北京・上海・広州など大都市では、夫婦二人の収入が高い家賃と衣食で消えるとすれば、一人目の子供さえこの世にあらわれるのを躊躇するだろう。
近藤氏は、以上の3点に中国青年のスマホ中毒の増加を付け加える。「空巣青年」は一日中スマホで遊んでいて人付き合いがなく、「恋愛—結婚―出産」という従来のコースから外れていくからだという。思わず「えっ!」といってしまったが、なるほどこの人は醒めた目で庶民の生活を見ていると思う。

この調子で終わりまでやっていたらキリがないので、あと1件だけ太鼓をたたく。
中国の戸籍制度は事実上の身分制度、隔離政策として国際的にも悪評高い。胡錦涛政権も習近平政権も改革するとはいうが、目覚ましい成果を上げていない。
北京市では、都市戸籍申請に資格を設け、学歴だの不動産所有だの年齢だのによって人を点数化して評価し都市戸籍を許可する「積分落戸」制度を実施している。このため農民工が都市戸籍を得ることは難しい。これは北京市の人口増加を抑えるためであるが、近藤氏によれば、習近平主席はもっと積極的に北京の人口を減らしたいのだそうだ。

2017年2月、習氏は河北省正定県近くの寒村を訪れ、「雄安を開発せよ!これを第二の首都とする」と大号令を発した。雄安は容城・雄・安新の3県を合わせた地区で、誰もが冗談かと思ったそうだ。ところが、4月中共中央委員会と国務院は共同声明で「鄧小平時代の深圳経済特区と、江沢民時代の上海浦東新区につぐ第三の国家プロジェクトとして、雄安新区を設立する」と発表した。
当時ルポライターの安田峰俊氏は雄安地区を見て、貧しさゆえに旧式工場が多く大気汚染は北京よりも深刻で、交通の便もひどく悪い田舎だったと記している(『さいはての中国』小学館新書)。だが、2018年現在すでに開発は行われており、はやくも2019年から国有企業が順次移転する。名門大学もはじめ分校の形で雄安に新キャンパスをつくるという。それなら確かに北京の人口は減る。

北京の人口を減らすもう一つの措置は「低端人口」の追放だ。北京の人口は2200万人、うち北京の戸籍保有者は6割、残り4割は戸籍のない「外地人」である。「外地人」は北京の「単位(職場)」に所属している人と、そうでない出稼ぎ者に分かれる。後者を「低端人口」という。
2017年11月に大興区のスラム街で火災が発生して19人が亡くなった。このあと北京市書記蔡奇が先頭に立ってブルドーザーでスラム街を更地にした。これについては、すでに本ブログで田畑光永・坂井定雄両氏が論じているからくりかえさないが、大興区だけではない。蔡奇はほかのスラムもこうして「低端人口」を北京から追い出した。
近藤氏によると、さらに蔡奇は「青空を取り戻す」として、商店の看板や道路での引き売りや、歩道にはみ出した商店をかたづけた。それで、私にも街頭の新聞・雑誌を売る「小売部(売店)」が消えたのは、この方針によるものとわかった。「老北京(北京生まれの北京育ち)」はこれを歓迎したが、やはり、きつい・汚い・危険の3K仕事をする人間が必要だ。いま「低端人口」はかなり北京に舞い戻っているという。

大変うまく中国をとらえた本だが、ひとつ注文がある。
中国はAI強国を目指して巨額投資を行っている。端的にはアメリカが警戒する「中国製造2025」の実現である。2020年には科学研究費をGDPの2.5%まで増やすという。しかも、安倍内閣が目先の利益を期待できる分野の予算を増やしたのとは対照的に、習近平政権は基礎研究に目が向いている。これへの予算は、2011年の411億元から2016年の820億元と5年間で倍増した。
これにともない中国の科学研究者数は急増した。外国への留学生も帰国するものが多くなった。科学者数は2010年にアメリカを追い越し2015年現在161.9万人となった。日本は世界第3位だが、66.2万人で低成長状態だ。
現状でも、日本は科学技術の先進国で中国は途上国だという「常識」は間違いだが、このままだと専制政治のもとでは独創的な研究は生れないという「期待可能性」も破られるかもしれない。
というわけで、近藤氏が日中両国の科学研究者数の分析におよんだら、この本はもっと面白くなっただろう。そして、いまでも勝敗は目に見えているが、日中両国の未来像は一層鮮明になったはずである。(2018・12・20記)

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