2019.03.26 京都大学学生寄宿舎「吉田寮」をめぐる存廃問題の経緯と今後の行方について(6)
「100年プロジェクト」のユニークな募集コンセプト
                 
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 「市民と考える吉田寮再生100年プロジェクト」の募集要項は、間違いなく歴史に残る文章だろう。心ある現役寮生と建築・まちづくりの専門家たちが協力して練り上げた呼びかけだから、市民の気持ちに届かないわけがない。前文は、「現存する日本最古の木造学生寮・吉田寮に蓄積された有形無形の資産を保全継承する方法のアイデアを世界から募り、幅広い参加を得ながらオープンな議論を進めます」というもので、プロジェクト趣旨が3点記されている。

(1)吉田寮の歴史と特徴
 吉田寮現棟は、1913年(大正2年)に京都帝国大学寄宿舎として建てられた、現存する日本最古の木造学生寮です。2015年に建てられた吉田寮新棟と合わせ、約200人が住んでいます。吉田寮では100年以上もの間、学生の自主管理によって営まれ、ただの生活の場に留まらず学生同士の交流・対話が生まれる場(人間成長の機能)として、あるいは、学生が共同生活を営むうえで企画を計画・組織・実行し、失敗と成功を得られる場(教育的機能)としての多面的な機能を持っています。
 さらに、吉田寮は文化発信の拠点としての機能(文化的機能)も持っています。「吉田寮食堂」(イベントスペース)では、定期的にライブイベントや演劇、講演、美術展、酒場企画などが開催されることで、寮の外からの学生や地域との交流が生まれ、寮生同士との交流も合わせて吉田寮独自の文化が形成されてきています。 ほかにも、吉田寮中庭の豊かな自然環境は周辺の生態系を支えるとともに、吉田山と同等あるいはそれ以上の壮観を形成しています。

(2)吉田寮がなくなる?
 しかし、築105年を迎え、吉田寮現棟は老朽化による災害への弱さが心配されており、京都大学は2017年12月末、「すべての吉田寮生は2018年9月末までに現棟・新棟から退舎すること」を吉田寮生に言い渡しました。寮生が退去した後の吉田寮をどのように扱うのか、そこでは具体的な方針は明らかにされていません。
 「このままでは2018年10月以降吉田寮がなくなってしまうかもしれない」「吉田寮が長年育んできた、この木造寮に根付いた独自の歴史や文化は絶たれるかもしれない」と私たちは懸念し、吉田寮を大切に思う吉田寮生を中心とする有志で、京都大学吉田寮の建物を保存活用することを念頭に置き、これまで蓄積された有形・無形の文化的な資産を未来に継承する再生の方法を探るため「市民と考える吉田寮再生100年プロジェクト」を立ち上げました。
 古い建物を壊して新しい建物を建てるという「スクラップ・アンド・ビルド」から、古い建物をうまく活用しようという「ストック活用」へと建築物を取り巻く考え方が大きく変わってきている中、ソフトハード両面で歴史や文化の蓄積が大きい吉田寮において保全・活用・継承の方法を考えることは、全国でも多くの知見を提供できる有意義なことであり、智の集積地である大学の中にある建物だからこその使命もあると考えられます。

(3)本プロジェクトのめざす未来
 本プロジェクトでは、吉田寮の機能を再評価し、優れた点を残しつつ、これまでの吉田寮が地域や社会との交流の中でより良く変わりながらながらも残ってきたということも考え、新たな機能を加えてより一層の吉田寮ひいては京都大学の発展を目指し、吉田寮食堂・吉田寮新棟を合わせた未来につなげる吉田寮現棟の再生を目指すアイデアを募集します。いただいたアイデアをもとに、吉田寮現棟の保全・継承に向けて、広くオープンな話し合いを展開していくことで、あくまで学生寮でありつつも、より公共性を兼ね備えたセミパブリックな吉田寮を目指したいと考えています。

 2018年6月に募集要項が発表されてから実行委員会には問い合わせが相次ぎ、7月末の応募エントリーの締め切りまでには50件近い申し込みが寄せられた。通常、この種のアイデアコンペは建築デザインが中心であり、建築知識やスキルのない一般市民は敬遠することが多いが、この点を配慮した100年プロジェクトはここでもユニークな企画を打ち出している。それは「再生デザイン部門(建築設計、空間設計など)」に加えて、「継承プログラム部門(枠にとらわれないアイデアや表現作品)」を応募提案の中に含めたことだ。両部門のデザインコンセプト(応募提案の基本要件)を紹介しよう。

【再生デザイン部門】
 ①国内最古級の木造寄宿舎である吉田寮現棟の既存の価値を尊重し保存活用しながら、保存部分と調和する京都の景観としてふさわしい建て替え及びリノベーションのデザイン。
 ②「自由と対話」を重視した京大らしい方法で、学生への教育的効果を高める空間デザイン。
 ③寮としての用途を基本としつつ、国籍や言語を問わない国際交流の場として、また学生や市民に開かれた交流の場としての空間デザイン・建築用途のあり方。
 ④木造寄宿舎としての外観・構造をなるべく損なわない、ハード面での地震や火災への安全対策。

【継承プログラム部門】
 ①後世に伝えたい吉田寮の歴史や記憶、風景。
 ②吉田寮の残すべき価値とさらなる発展のために提案できる価値。
 ③「自由と対話」を大切にしつつ、より社会に開いた吉田寮の運営のあり方。
 ④吉田寮で過ごした思い出や吉田寮を訪れて感じ、大切だと思ったこと。

 このような呼びかけに応じて集まった応募提案は30件近くに上り、2018年9月23日に公開審査会が始まった。コメンテーター(審査員)の中には尾池元京大総長の姿もあった。(つづく)

Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack