2019.05.16  新宿にウグイス
  一概ではない東京の姿

杜 海樹(フリーライター)

都心に住んでかれこれ20数年になる。はじめの頃は単に鉄道の利便性等からの理由であったが、実際に住んでみると思いがけない発見が次々とあり、気がつけば終の棲家にと選んでしまっている。新宿駅からそう遠くない所に住んでいると話すと、大概の人からは「人間の住むところではない」とか「土地が高い」とか言われるのだが、それは少し的外れな思い込みでしかない。

確かに、新宿の駅前や地下鉄の駅前といった日本有数の大繁華街に限定すれば、テレビのニュース等で報道されている通り、べらぼうに高い値段がついていて、一般のサラリーマンが住宅を取得することなど全く不可能に近い所となっている。だが、そうした高値がついている場所は概ね駅から1キロ圏内に限った話だ。新宿の高層ビル群とて新宿駅から約1キロ圏内にしか建っていない。その先には昔ながらの低層住宅街が広がっているのだ。新宿区の用途地域等都市計画図を見ても駅前周辺だけが商業地域であり、それ以外は基本的に住宅地域に区分されていることが明確に見て取れる。駅前の高層ビル群の開発は集中的におこなわれて来たが、その周辺には1960年代頃の町並みがかなり残されているのだ。北新宿などでは、今でも家賃1~2万円台のアパートが数は少ないが存在している。新宿は人口約35万人の住宅街でもあるのだ。

近隣の商店街を歩けば、木のリンゴ箱を逆さにした台の上に野菜を並べて売っている八百屋さん、長靴姿で水を撒きながらの魚屋さん、大きな秤で量りながら切り売りするお肉屋さん、朝5時には開店する豆腐屋さん等々も軒を連ねている。他にも味噌屋、佃煮屋、豆屋、煎餅屋、草履屋とある。買物は大型スーパーでもできるが、こうした個人商店で1つ1つ買っては手持ちの籠に入れて歩くスタイルも残っている。店の前を通れば「いってらっしゃい、今日はいいお天気で~」といった会話が常に聞こえてくる。都心の方が地域コミュニティーが成立しているのかも知れない。

街も静かなもので住宅地に入り込めば車なども滅多に通らず、朝はお寺の鐘がゴーンと響き渡り天気が良ければウグイスが枕元で起してくれる。夏になればカエルやセミが大合唱、トノサマバッタやヤモリもいる。直径2メートルを超えるような大木も結構あり、緑も想像以上に豊かだ。江戸時代からの寺社仏閣も残っている。陽が暮れれば銭湯が賑わい、どこからともなく夜鳴きそばもやってくる。町会が盆踊りを主催すれば、広場には数万人の親子連れが繰り出してくる。

台東区の谷中などは情緒ある風景で観光地と化す程の人気となっているが、都心にはこうした古き良き風情が残っているケースがかなりある。根津、千駄木、雑司ヶ谷、早稲田等々なども味わい深い。風情だけではなく町名にしても二十騎町、船町、納戸町、箪笥町、細工町、袋町といった呼称が今日でも使われ続けているのも興味深い。

東京の人口は今や1400万人にも膨れ上がろうとしているが、その内実は実に様々だ。大東京というイメージだけがどうしても先行しがちだが、地域の生い立ちや都市計画のあり方で町の姿は随分と違っている。何事もイメージだけではなく事実を丹念に見る必要があると改めて思う。私たちは今この時代に起きていることを丁寧に見ていく必要があろう。そうでないと話は上滑りする。
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