2019.06.03  このままだと次も負けるぞ共産党
          ――八ヶ岳山麓から(283)――

阿部治平(もと高校教師)

私は、保守のリベラル派から左の政党なら時と場合でどの政党でも支持する、という締まりのない人間だが、この10年くらいは共産党の支持者であった。わが村に共産党しか左翼政党がないからだ。

このたび、その共産党の志位委員長による第6回中央委員会総会(6中総)への報告を読んだ。この要約を掲載した「赤旗日曜版」の横見出しは、「日本の命運がかかる参院選」というものであったが、私は報告を読んで「日本共産党の命運がかかる参院選」だと思った。

「6中総」で志位氏は、「統一地方選挙の共産党の獲得議席は、前回比でみると、道府県議選で111議席から99議席に、政令市議選で136議席から115議席に、区市町村議選で1088議席から998議席に減らす結果となった」と発言したから、敗北を認めたものと私は思った。
ところが「(共産党の得票を)総選挙比例票との比較で見ると、道府県議選では得票数で124%、得票率で154%、政令市議選では得票数で110%、得票率で132%、区市町村議選では得票数で92%、得票率で110%となりました。この全体をとらえるならば、『今後の前進・躍進にむけた足がかりをつくった』ということがいえます」としていて、必ずしも敗北だとは認めていなかった。

志位氏は敗因分析を意識的に避けたと思ったが、同時にこれとほとんど同じ文章があったのを思い出した。2017年衆議院議員総選挙後の12月の第3回中央委員会総会(3中総)への報告である。
志位氏は、「3中総」で「比例代表で440万票へと後退し、13年参院選の515万票、16年参院選の601万票を下回ったことは、党の現状としてリアルに直視しなくてはなりません」とし、比例代表では、前回の20議席から11議席へ、得票・得票率とも大幅に後退したことを認めた。
ところが、選挙区別にみると半数を超える選挙区で得票を伸ばし、勝利した沖縄1区以外にも、五つの必勝とした選挙区で得票率30%を超えるなどがあり、議席への足掛かりとなる地歩を築いたといっている。

つまり「6中総」でも「3中総」の文言をくりかえし、後退した選挙結果を認めつつも今後の前進、議席の「足がかり」を作ったとしているのである。選挙のたびに敗北しているのに「足がかり」を作ったもないと思うのだが。

党勢拡大方針についても「6中総」は「3中総」とほとんど同じである。
「6中総」では、「日刊紙読者を2万4千人以上、日曜版読者を12万人以上増やす必要がありますが、1支部あたりにすれば、日刊紙読者で1人以上、日曜版読者で7人以上増やせば、前回参院選時を上回って選挙をたたかうことができます」という。
「3中総」でも、2018年来年7月末までに機関紙読者数など党勢を2016年参院選時まで回復・突破することをめざすとし、「これは党員で1万1千人、日刊紙読者で1万3千人、日曜版読者で6万3千人を増やすという目標となります。一つの支部・グループあたり、党員1人増、日刊紙読者1人増、日曜版読者4人増を実現すれば達成できます」とあり、ほとんど変らない。現実にはこの目標は達成しなかった。
機関紙の拡大目標は、2019年の「6中総」では2017年の「3中総」より2倍近くに増えている。いまどきは一般紙でも読者がどんどん減っている。全国一律に1支部あたり7人の「日曜版」読者拡大というのは空想的で、高齢党員の多い支部にとっては酷な目標というべきである。

ほかにも「いかがなものか」と思ったところがある。
日本共産党は武力革命ではなく多数者による革命を目指している。選挙による政権交代である。議席を獲得して「なんぼのもの」である。
ところが、「6中総」は敗北の原因を追究しない。「そんな暇はない、とにかく参院選だ」と党員の尻叩きをしている感じを受ける。もちろん志位氏の報告には「とくに議席を大きく後退させたところは、機関とその長の率直で端的な反省を含めて、必要最小限の総括がいります」という発言がある。にもかかわらず最高機関である党中央の政治方針と、その長たる志位氏の姿勢については率直で端的な反省の弁が見られないのだ。
敗因の厳しい分析をしないこと、党勢後退の解決策を機関紙拡大にのみ求めること、これのくり返しは、いまや党中央の思考のマンネリ化というより、むしろ思考の硬化と劣化を示すものではないか。

反省のなさは支部レベルにも行きわたっている。
たとえば志位委員長のお膝元船橋市の共産党は県議選に2人立てて2人とも落選し、県議を空白とした。市議選でも8人立てて3人落選した。このままだと志位氏の議席すら危ない。しかし、いまだ船橋市の共産党は「必要最小限の総括」をしていない。
私の村でも52年ぶりに村議会での共産党の議席は空白となった。小中学校以来の親友Nが26歳のとき、村議選に初めて共産党を名乗って立候補し、第2位で当選して以来の屈辱である。私の村の共産党も村議選を総括する気配はない。

地方選には国政選挙とは異なる要素が加わる。
地方政治では、地域住民の生活を守る力が求められ、地方独自の政策の発想力が問われる。
わが村の場合、農作物の高温障害・害虫被害にかかわろうとしない共産党議員がいたり、土地の事情をまったく知らない新移入者を議員に立候補させる、というようなことが起こった(すでに本ブログ「八ヶ岳山麓から(281)」で述べた)。日頃村民の面倒を見ることもなく、選挙のときだけ頼むといってもそれは無理だ。村議選では他の候補者から「共産党がやるのは国政だけだ。村をどうしたいのかわからない」という声を聞いた。党がどう評価されるかはこれらの事実のつみ重ねだということを、地方の党員も党中央も承知してほしい。

最近の日本共産党は、他の革新勢力との選挙協力を意識している。
志位氏はさきの「6中総」の中で、市民連合が党と協力して活動したと述べた。しかしこれは幻を現実と取り違えている。わが村をみているとわかるが、氏のいう「市民連合」や「憲法九条の会」など、すなわち村内の各種「革新団体」のメンバーは、どれも「共産党後援会」の顔ぶれとほとんど同じである。ほんとうの意味での市民連合は実現していないのである。

私はずっと、わが国における革新勢力の拡大を願ってきたし、これからもそうである。共産党も革新勢力の一翼を担っているが、革新勢力を構成しているのは、圧倒的に無党派の人々である。共産党がこれらの人々と協力する道を探し求めることを、それも従来よりもっと実際的で実現可能な道を探し求めることを私は期待している。(2019・5・23)

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