2019.06.13  輝く太陽、海、親切な人々と美味
          残酷な歴史は過去―スペイン・バスクを旅した(1)

坂井定雄 (龍谷大学名誉教授)

 5月下旬から6月上旬にかけて、1週間、スペイン北東部のバスク地方を旅した。バスクは抜群の豊かな美味と自然、今も続くキリスト教徒のサンチャゴ・コンポステーラ巡礼路の終わりが近づいたところとして知られていた。その一方で、バスクはピカソが歴史的な名画「ゲルニカ」(1937年)でスペイン内戦の残酷さを描き切った地であった。バスク爆撃をはじめ、ヒトラー・ナチスの支援を受けて共和国から政権を奪った軍独裁者フランコは、バスク人の自治への願いを残酷に抑圧し続けた。内戦開始の前年の1936年にスペイン共和国議会が、バスクの自治政府を公式に承認していたからだ。
 フランコの死(1975年)以後、スペインでは民主化への歩みが始まり、バスクでも民主化、自治への願いが急速に高まった。その一方で、分離独立を要求しテロも実行する過激派ETAと治安当局との戦闘が繰り返されたが、2010年10月にETAは「武装闘争の完全停止」を正式発表。同12年のバスク自治州議会選挙に参加して、第2党になった。以後、バスクは平和な自治州として、明るく発展し続けている。
 バスクの美しい海とピレネー山脈の南麓、間違いなく世界有数の美味そして陽気な人々に、スペインだけでなく欧州諸国、それ以外からも一年を通して観光客がやってくる。
 なお、まったく独自の言語を使用するバスク人の人口は、スペイン・バスクに230万人、フランス南部のバスク地方に2万8千人。ウイキペディアはそれ以外のバスク人人口として、スペイン各地に約400万人、フランスに約100万人以上、チリに160万人、アルゼンチンに310万人などと推定している。

 ▼先ずは、美しい砂浜
 今回の旅では、まず巡礼の最終目的地サンチャゴ・デ・コンポステーラに入り1泊、すべての巡礼者を受け入れ、祈祷をささげてきたカテドラルに拝礼。翌日、巡礼路に沿ってレンタカーで東に走り、宗教色濃いレオンの町で修道院を改装したホテルに一泊。翌日、さらに東に走って、バスク自治州に入り、東北端に近い、サン・セバスチャンについた。4つ星だが二人で一泊朝食つき2万円程度のホテルに4泊、最後はバスク最大の都市で、国際空港があるビルバオに一泊した。
 サン・セバスチャンのホテルから数分に先は、あまりにも美しいとコンチャ湾が静かに広がっている。大きな曲線を描く砂浜の長さは3キロ強。両端に小山があり、一方の頂上にキリストの高い立像が見えた。快晴。札幌とほぼ同じ緯度に位置するコンチャ海岸は程よい涼しさ。水着姿の人たちが砂の上でかなり夕日を浴びていたが、海に入っている人はほとんどいなかった。夕日がコンチャ湾の先のビスケー湾に沈むのを見届け、2百店以上ものバルやレストランが集まる旧市街に向かった。(続く)
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