2019.07.25 「偉大な国」とは「白人の国」
       トランプ発言で見えた大統領選「真の争点」 
                            
金子敦郎(国際ジャーナリスト、元共同通信ワシントン支局長)

 トランプ米大統領が野党民主党の非白人で女性の4議員に「元の国に帰れ」と迫った発言は、米国を分断する人種差別攻撃と世論の批判を浴び、下院は一部の与党共和党議員も加わって非難決議を採択した。だが、トランプ氏は全く臆することはなく、同じ発言を繰り返して支持者をあおり、大喜びさせている。米国の主要メディアは、発言はトランプ氏が再選をかける1年半後の大統領選挙の真の争点を明確にしたと受け止めている。トランプ大統領は「米国を再び偉大な国にする」といってきた。そのトランプ氏が目指しているのは「外国人を排除」した「白人の米国」であることが分かった。下院民主党のトップで下院議長のナンシー・ペロシ氏はこう語った。

         多様化か分断か
 計算づく発言
 トランプ氏は黒人やヒスパニック(中南米系)など少数派民族、および女性や性的少数派(LGST)、さらには米国へ多数の移民を送り込んできた中南米諸国に対しても、差別的発言を繰り返してきた。同大統領が最優先としてきたのが移民政策だった。米国への新たな移民の制限を象徴するのが、主として中南米諸国から米国への難民・移民の通り道になってきたメキシコ国境を長大なコンクリート壁で封鎖するという計画。「壁」建設は民主党の抵抗でまだ予算が議会で阻まれているが、メキシコとの国境地帯では移民認定の条件が厳格化されたことで、難民の大渋滞が起こっている。
 難民の一時的な収容施設は不十分で、幼い子どもが親と長期間引き離されたり、国境の川で親子がおぼれて死亡したりしていると、メディアでは大きなニュースが連日のように報じられている。トランプ氏が「元の国に帰れ」と迫った民主党議員のひとりは最近現地を訪問して、難民は「強制収容所」に入れられたような状態だと非難していた。これにトランプ氏がかっとなったようだ。しかし、その怒りを有色人種の、それも女性ばかり4人に向けたことは、同氏の差別意識がどこにあるかをうかがわせるし、選挙戦をにらんで支持者層に強く訴えることを狙った計算づくの発言だったと示唆している。
 白人の過半数割れ
 トランプ大統領とその熱狂的な支持者たちが、非白人の移民を受け入れて「多元文化の国」になりつつある米国を「白人の米国」に引き戻そうとしているならば、あまりにも無理な話だ。だが、政府が10年ごとに実施してきた国勢調査から米国の人口構成の動き(次の表)を見れば、トランプ氏がどこに狙いをつけているが分かる。

       総人口    白人   黒人 アジア・太平洋系  米国先住民 ヒスパニック
1980(年) 2億2655(人) 86.4(%) 11.6             1.7                          0.6                6.4
1990       2億4871         80.3       12.1             2.9                          0.6                9.0
2000       2億8142            75.1    12.3             3.7                          0.9               12.5
2010    3憶0875       72.4    12.6        5.0                          0.9               16.3
 注:表の中の「ヒスパニック」は人種別分類ではなく、中南米からのスペイン語系の人たち。この中には少数の白人がいて、「白人」にダブルカウントされているので比率合計は100%超になる。

 注目されるのがまず「ヒスパニック」の急速な増加である。ヒスパニック移民の項目が国勢調査に記載されるようになったのは1980年からだ。それ以前の調査には「ヒスパニック」のデータは残されていない。2020年調査ではヒスパニックの比率は20 %に迫ると予測されている。アフリカ系(黒人)の比率は低く、アジア・太平洋系はまだ5%だが、着実に増えてきた。そしてヒスパニックの対極にいるのが「白人」で、これも着実なペースで減少の道をたどっている。
 専門家の推計によれば、白人人口は2040年代の後半から2050年ごろには過半数を割り込むとみられている。21世紀入りして既に20年になろうとしているのだから、そんなに先のことではない。その時、われわれはどんな立場に置かれるのだろうか。これまで差別する側にいた白人の中に「不安感」あるいは「恐怖感」が生まれていて、それがトランプ支持に駆り立てて、それをまたトランプ氏が煽る。これが今の状況だ。
 「るつぼ」―いまは「サラダボウル」
 米国は南北戦争で奴隷制度を終わらせたものの、黒人差別を未だに断ち切れないできた。そこにヒスパニック移民が増加の一途をたどり、さらにアジア系移民も着実に増え、中東世界の混乱がイスラム教徒の移民を押し出している。非白人系の人口増の一方、欧州などからの白人の移民はほとんどない。「ホワイトとブラック」に「ブラウン」(中南米系)や「イエロ-」(アジア系)が加わり、人種問題は多様化し、複雑化した。「皮膚の色」で国民を仕分けするこはますますできなくなっている。
 米国は「人種のるつぼ」と呼ばれた。「アメリカン・ドリーム」を夢見て米国に来た移民は「アメリカ」というるつぼに入れられ、同化されて米国人になる。だが、この時代はとうに過ぎた。さまざまな文化を持った移民たちがやってくる。彼らは同化は拒否するが、その多様な文化が混ざり合いながら新しい米国文化を創り出す。米国サラダボウル論である。様々な楽器が一つのハーモニーをつくりだすというオーケストラ論をとなえる人もいる。トランプ氏はサラダボウル論もオーケストラ論も拒否して米国を「るつぼ」に戻そうとしていることになる。
 これは無理な話だ。トランプ氏ができることはヒスパニックやアジア・太平洋系の人口増加をできる限り制限して、白人の過半数喪失を少しでも先延ばしするしかない。これがトランプ移民政策の狙いだろう。直近のロイター通信世論調査にみる限り、共和党員の支持率が83%から86%に上がり、民主党員の間では10%と変化なく、無党派層では42%の支持率が35%に激減した。この数字は共和、民主両党の分断が固定化していて、選挙戦は無党派層の票次第という政治状況を改めて示している。無党派層の反応は当然という気がする。しかし、トランプ氏の支持率が40%前後を維持してきた事実は重い。

        人種差別―前進と巻き返し
 米国は「自由・人権・平等」の独立の理念の上に民主主義のモデル国家を目指してきた。しかし、その背後では人種差別との絶え間ない闘いが続いてきた。共和、民主両党の政治権力交代にはいつも「人種差別問題」がからんでいた。この歩みそのものが米国だったともいえる。その歩みは早くはなくても、辛抱強く前に進んできた。だが、人種差別は米国が負っている(人類にとっても)「業」のようなものだから、必ず「巻き返し」が起こった。
 南北戦争、大恐慌、ルーズベルトのニューディール、公民権運動、レーガンの「保守革命」はいずれもこの「前進と巻き返し」のサイクルでとらえられる。「人種差別」をはさんで共和党は奴隷解放の党から右派・反移民の白人党へ、民主党は南部を喪失して白人リベラルと少数派の党へと、立場を入れ替える転身を果たした。初の黒人大統領の誕生は米国民主主義の勝利と内外で評価されたが、不幸にもそれが米国政党政治を麻痺させ、極右トランプ政権の登場につながった。2020大統領選挙で米国はどちらの道を選択するのだろうか。

 南北戦争と白人至上主義
 南北戦争は黒人奴隷制度を終わらせた。戦勝した北部は12年にわたって南部を軍事占領、その下に置かれた南部11州は、黒人奴隷制度は失ったものの、北部による「再建」を事実上拒否した。KKKを名乗る過激な白人至上主義団体も生まれ、解放された奴隷や白人が多数リンチで殺害された。20年もたたないうちに最高裁が「分離はしても平等」(1896年)と「ホワイトオンリー」を合法化。共和党は70年にわたる長期権力を享受した。
 大恐慌
 1929 年に始まった大恐慌で共和党の長期権力が崩壊。民主党ルーズベルト政権が登場、女性、黒人とその他の少数派を雇用に際して差別してはならないとする「公正な雇用」大統領令を出すなど、職を失った人たちの雇用を促進、政府機関にも採用。黒人をはじめとする少数派、労働組合、インテリ層などに支持基盤を拡大して異例の4選。黒人の多くが共和党から民主党へ移籍を始めた。
 2つの大戦と黒人部隊
 2つの世界大戦で、黒人は白人と別の部隊に編成させられた。第2次大戦では黒人部隊は訓練も装備も白人部隊と比べて劣悪、死傷率は白人部隊よりはるかに高かった。その中で窮地に陥った白人部隊を救出するなどの多くの勲功を収めた(日系人の2世部隊も)。 ルーズベルトは軍隊内における差別を禁じると布告、トルーマン大統領も戦後、同趣旨の行政命令を出すなど、軍隊から黒人差別を緩和する流れを作った。
 公民権運動
 最高裁が1954年公立学校における差別禁止の判決。差別の強い南部で黒人子女が公立学校への入学を試みたり、白人客優先のバスをボイコットするなどの動きが起こり、公民権運動が広がった。ジョンソン大統領は反対する南部民主党を抑えて公民権法(1964年)と黒人投票権法(1965年)を成立させ、さらに公的機関での採用に黒人枠を設定、公立学校の白人と黒人を同じ学校に通わせるためのバス通学導入などを求めた行政命令を出した。白人が強く反発、ジョンソンは行政命令で民主党は南部を失うだろうが、これが正義なのだと語った。
 南部民主党崩壊
 ジョンソンがベトナム戦争の軍事的勝利を断念、大統領選挙出馬を取りやめ。キング牧師暗殺。大統領選挙の最有力候補、民主党ロバート・ケネディ暗殺。黒人過激派の武力闘争やベトナム反戦運動で大学や都市が大混乱。若者の「反体制文化」がまん延。1968年は歴史に残る年だった。「法と秩序」を掲げた共和党右派ニクソンに民主党南部の票が流れ、僅差の勝利。ジョンソンの予言通りだった。
 レーガンの保守革命 
 1980年大統領選挙。共和党右派レーガンが民主党現職カーターに圧勝。南部に残っていた民主党保守派がそっくりレーガン支持に回った。ルーズベルト以来、米国政治を支配してきた民主党リベラリズムの時代は終わった。共和党右派はこの勝利を保守革命と呼んで党を支配、穏健派は姿を消していく。
 初の黒人大統領 
 レーガン、ブッシュの共和党政権の後、両党はそれぞれ2期8年と権力を分け合った後、2009年に初の黒人大統領のオバマ政権が誕生、共和党は激しく反発した。オバマは米国生まれではないから大統領になれないと、ホストを務めるテレビ番組でオバマ出生地探しを執拗に取り上げたのがトランプだった。党員の3分の2 がこれを信じた。両党の「対話」は不能に。


                                 (以上)
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