2019.08.09 日本政府の核政策への批判相次ぐ
2019年の「8・6広島」

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 8月6日は、米軍機が広島市に原爆を投下してから74年。この日を中心に、広島では今年も原爆の犠牲となった人々を悼む慰霊の行事や核廃絶を求める集会が繰り広げられた。酷暑の中、全国から多くの人々がこれらの行事や集会に集まったが、そこでは、日本政府の核政策を批判する声が相次いだ。とくに、2年前に国連で採択された核兵器禁止条約に背を向け、いまだにこれへの署名・批准を拒否していることへの批判が目立った。加えて、米国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で行われている朝鮮半島非核化交渉についても日本政府が積極的な役割を果たしていないことへの批判も聞かれた。
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【2019年8月6日朝の原爆ドーム。原爆は74年前の8月6日午前8時15分、
ドーム上空約600メートルで炸裂した】 写真はクリックすると拡大します。

 今年の「8・6」に関する行事や集会は、緊迫する核情勢の中で行われた。なぜなら、冷戦終結後の核軍縮の柱となってきた米国とロシアの中距離核戦力(IMF)廃棄条約が8月2日に失効したうえ、2021年に期限切れを迎える米ロ間の新戦略兵器削減条約(新START)が、その後も延長されるのかどうか不透明な状況となっているからである。
 そればかりでない。米国のトランプ政権が、核兵器の使用をより可能なものとするための小型核兵器開発を始めるなど、核軍縮に逆行する動きを強め、ロシアもこれへの対抗姿勢を強めているからだ。世界は新たな核軍拡競争に突入したと言える。イラン核合意から脱退した米国の動き、核兵器を保有しているインド・パキスタンの対立激化も世界に緊張をもたらしている。 

 そんな世界情勢に直面しているためか、広島における行事や集会では、核兵器禁止条約の意義が一昨年、昨年にも増して強調された。
 核兵器禁止条約は2017年7月、国連加盟国193カ国中122カ国(6割)の賛成により採択された。その内容は「条約締結国は、いかなる場合も、核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵のほか、核兵器やその管理の移譲、核兵器の使用、使用するとの威嚇、核兵器を自国内に配置、設置、配備することを行わない」とするもので、核兵器を全面的かつ厳密に禁止する画期的、歴史的な条約とされている。
 条約を採択した会議を主導したのは非核保有国や非同盟諸国で、米、露、中、英、仏のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮などの核保有国と、米国の「核の傘」に自国の安全保障を委ねる日本やNATO(北大西洋条約機構)加盟国は会議に参加しなかった。発効には50カ国・地域の批准が必要だが、これまでに25カ国が批准している。

 6日に平和記念公園で開かれた広島市主催の平和記念式典には、台風8号の余波による雨の中、被爆者、89カ国の代表、各都道府県別の遺族代表、一般市民ら約5万人(広島市発表)が参列した。参列者は式典会場に入れきれず、会場外にあふれた。式典参列者数は前年と同じだったが、雨にたたられるという悪条件を考えれば、よくこれだけ集まったという印象が強く、被爆から74年たってもなお人々の間で原爆投下に対する抗議と犠牲者への慰霊の気持ちと核兵器廃絶への願いが衰えていない、と感じさせた。
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【広島市民は原爆が投下された8月6日午前8時15分には、犠牲者の霊に黙とうをささげる。今年も、平和記念式典に参列していた全員が黙とうに参加し、その中には、中学生の姿もみられた】

 松井一實・広島市長は「平和宣言」の中で「日本政府には唯一の戦争被爆者として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界への実現にさらに一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい」と述べた。
 同市長は、同条約に後ろ向きな日本政府に対し、昨年までは署名・批准を直接求めてこなかった。これに対し被爆者団体など約30団体が反発し、今年は明確に政府に対し署名と批准を求めるよう要請していた。それを無視できなかったのか、今年の宣言には「署名・批准を求める被爆者の思いを受け止めていただきたい」と書き込まれた。
 被爆者の1人は「被爆者の思いを政府に伝えるという形でなく、市長として署名・批准を求めると言ってほしかった。そうすれば、広島市民が署名・批准を求めている、という宣言になったのに」ともらした。が、自民・公明の推薦で市長になったことから、これまで政府の方針に配慮してきた松井市長としては一歩踏み込んだ宣言と言ってよく、その点は評価したい。

 一方、原水爆禁止団体や市民団体の大会や集会では、核兵器禁止条約に参加しない安倍政権への批判が噴出した。
 4日開かれた原水爆禁止日本国民会議(原水禁)の被爆74周年原水爆禁止世界大会・広島大会開会総会(1900人参加)で、あいさつに立った川野浩一議長は「原爆により広島・長崎で40万近い市民が被爆死した。被爆国の政府として日本政府は核兵器禁止の先頭に立つべきなのに、核兵器禁止条約にいまだ賛同していない。こんな政府を許せるか。政府は被爆者の怒りを真摯に受け止めるべきだ」と述べた。
 同大会で6日採択された「ヒロシマ・アピール」は「2020年には核不拡散条約(NPT)再検討会議が行われます。原水禁、連合、KAKKIN(核兵器廃絶・平和建設国民会議)は再検討会議にむけて、日本政府に核兵器禁止条約の批准、NPT再検討会議の成功を求める『核兵器廃絶1000万署名』に取り組むことに合意しました。日本政府の『核兵器禁止条約署名・批准』を実現させるため、原水禁運動の総力を挙げましょう」と述べている。

 6日に開かれた原水爆禁止日本協議会(原水協)の原水爆禁止2019年世界大会・広島(1300人参加)は「広島からのよびかけ」を採択したが、そこには、こうあった。
 「五つの核保有国は、NPT再検討会議の合意に背を向け、核兵器禁止条約に反対しています。『核兵器は安全の保証だ』とする『核抑止力』論は、核兵器の非人道性の告発によって破綻しています。核兵器禁止条約の発効はもはや時間の問題です」「アメリカの『核の傘』からの離脱と核兵器禁止条約への参加を日本政府に強く求めましょう。400を超えた禁止条約への署名・批准を求める自治体意見書のとりくみをさらに大きく広げましょう。日米核密約を破棄し、非核三原則の厳守・法制化を求めましょう。ニューヨークでの原水爆禁止世界大会をはじめ、2020年NPT再検討会議での国際共同行動を成功させましょう」
 
 5日に開かれた市民団体中心の「8・6ヒロシマ平和つどい」は、参加者一同の名で「市民よる平和宣言2019」を採択したが、そこに「2020年に行われるNPT再検討会議を前に、日本政府に対し核兵器禁止条約への署名・批准を強く求める」と書き込まれた。

 こうした日本政府批判に対して安倍首相はどう対応したか。
 首相は広島市主催の平和記念式典であいさつしたが、核兵器禁止条約には一切ふれず、「近年、世界的に安全保障環境は厳しさを増し、核軍縮をめぐっては各国の立場の隔たりが拡大しています。我が国は、『核兵器のない世界』の実現に向け、非核三原則を堅持しつつ、被爆の悲惨な実相への理解を促進してまいります。核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、双方の協力を得ながら対話を粘り強く促し、国際社会の取り組みを主導していく決意です」と述べるにとどまった。
 式典後の記者会見でも「核兵器禁止条約は現実の安全保障の観点を踏まえることなく作成され、核兵器保有国が参加していない」と条約不参加の理由を述べ、これまでの方針を変えなかった。

 各集会では、昨年3月から始まった朝鮮半島非核化の動きに対しても活発な議論が行われた。世界は今、米国と北朝鮮の交渉の行方を固唾をのんで見守っているが、これから先、どういう形で両国の交渉が進むのが一番望ましいか、あるいは、どういう解決策が現実的に可能なのか、といった観点からの発言もあった。印象に残ったのは、原水禁の分科会における梅林宏道氏(ピースデポ特別顧問・元長崎大学核兵器廃絶研究センター客員教授)の「北東アジア非核兵器地帯」創設案だった。
 これは北朝鮮、韓国、米国、中国、ロシア、日本の6カ国で朝鮮半島を含む北東アジア核兵器地帯を作ろうという提言だ。梅林氏は「この構想に日本政府は積極的に取り組むべきだ。なぜなら、これが実現すれば、日本は米国の核の傘から脱却できるし、核兵器禁止条約にも参加することができるのだから」と述べた。

 朝鮮半島の非核化をめぐって南北朝鮮、米国、中国、ロシアがさまざまな動きを見せている中で、日本だけが、ここうした動きの「カヤの外」に置かれていることにも批判の声が上がった。「政府は、北朝鮮に対しては制裁強化一辺倒という態度を転換し、この国との国交正常化を急ぐべきだし、韓国とも友好な関係を築くべきだ」という発言もあった。

 各集会では、安倍政権が、東京電力福島第1原子力発電所の事故後も、原発の再稼働を推進していることに反対する声も強かった。中には、「日本の支配層が原発推進を断念しないのは、日本の核武装を目指しているからではないか」という意見もあった。

 日本の核廃絶運動は、果たして日本政府の核政策を変えることができるか、どうか。そのための本格的な国民運動を構築できるか、どうか。今年の「8・6」は、運動側に厳しい課題を突きつけたように思えた。

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