2019.08.24 韓国の友(チング)へ ともに「平和の種まき」を
韓国通信NO612

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

長崎平和祈念式(9日)で発表された「平和宣言」全文を韓国語に翻訳し、発信した。
「平和宣言」を読めば、国と人間の安全保障をめぐる日本国内の意見の対立に気づくはずだ。
原爆被爆国の日本が何故、国連で採択された核兵器禁止条約の署名に反対するのか、福島原発事故の真相究明、責任追及、被害者救済をおろそかにしたまま、次々に原発を再稼働させるのか。主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を定めた憲法を変えて「戦争のできる」国にしようとするのか。
日本は軍国主義の復活が指摘されるほど、戦後最大の岐路に立っている。核、軍縮、平和、人権をめぐって深刻な対立がある。
過熱する日韓間の軋轢を前に、長崎市長の「平和宣言」を手掛かりに、一体何が問われているのか考えてみた。

<平和宣言は何を語ったのか>
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平和宣言の冒頭、田上 (たうえ)市長<左写真>は原爆によって家族を失い、本人も大ケガを負いながら生き残った女性の詩を読み上げ、詩に込められた「世界の誰にも再び同じ経験をさせてはいけない」という悲痛な長崎の叫びを紹介した。
「人の手によって作られた原爆は人の意思によって無くせる」という確信を述べつつ、世界を覆う新たな核の脅威に警鐘を鳴らした。  

トランプ大統領の中距離核戦力全廃条約(INF)離脱宣言から始まった核軍拡競争への新たな危機を指摘しながら、世界的な反核平和の取り組みの成果である核兵器禁止条約に未来を託し、新たな決意を込めて核兵器の廃絶、世界平和の実現のために次のように訴えた。

1) 戦争や被爆体験を語り継ぐこと。悲劇を語り継ぐことは平和への第一歩
2) 戦争を起こさせないためには国を越えた人間の信頼関係が必要
3) 人の痛みがわかる大切さを子どもたちに伝えよう!
子どもたちの心に「平和の種」をまこう!

あきらめず、無関心にならず、 「平和の文化」を育て、一人ひとりが核兵器は「いらない」という声を上げて欲しいという訴えで結んだ。

「平和宣言」は全世界の政治指導者に対しても向けられた。
まず、原爆の悲惨さを知るために現地を訪れて欲しい。また、核保有国、中でも米ロに対して超大国としての責任として核の大幅削減の道筋を具体的に示すよう求めた。
日本政府に対しては被害者救済はもちろんのこと、核被爆国として早期に核兵器禁止条約の署名と批准を求めた。同時に不戦を誓った現憲法の堅持と平和の理念を世界に広げるよう求めた。宣言は今でも放射能被害に苦しむ福島原発被害者支援を明言した。

「平和宣言」は世界を覆う戦争の危機をとりあげながら、極東アジアの平和にも言及している。北朝鮮・韓国さらに中国まで視野に入れた非核化の提言と受け止められる。
「悲劇を語り継ごう」という提言は、「歴史から学ぶ」ということ。国と国の意見の対立は市民個々人の「信頼の積み重ね」があれば解消できる。信頼の基本は「相手の痛み」を知ることだと述べた「平和宣言」は、今日の日韓関係にもあてはまる「不信の連鎖 」について気づかせてくれるはずだ。

<平和宣言を教訓に>
それにしても日本の権力者たちはいつから隣国に対して「不信感」という言葉を安易に使うようになったのか。北朝鮮に向かって「何を言っても構わない」という世論を醸したのを機に、最近は韓国に対しても使うようになった。永久に敵対する気がないなら「それを言ったらオシマイだ !」
自民党一強、安倍一強という政権の驕りが、隣国にまで向けられてしまった。「不信感」という言葉からは「不信感」しか生まれない。まるで子供の喧嘩みたいだ。幼稚な政治家が恥ずかしい。
韓国の友人に伝えたい今年の長崎「平和宣言」は日韓の対立が不毛な対立であることを教えてくれる。「信頼すべきは市民の力」と宣言は語る。日本人としてあらためて「平和宣言」読み直したい。日韓の市民の力で「平和の文化」を育て、「平和の種」を播くことを再確認したい。

平和祈念式典には核保有国の米露英仏中など66か国の代表が参列。過日の「通信」で紹介した、平和大行進に参加した韓国檀国大のアン・スルギさん、我孫子市から長崎に派遣された中学生も会場の片隅で式に参加したはずだ。
安倍首相は核兵器禁止条約には一切触れず、月並みな慰霊の言葉を並べ、「『核兵器のない世界』と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓う」と述べただけだった。韓国人読者に感想を求めたい。 8月15日戦火がやんだ日に。終戦記念日、光復節。

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