2019.11.21 「月的生活」を進めた志賀勝さんをしのぶ
藤野 雅之(元共同通信社記者)

 11月16日、東京・東銀座のカフェでこの夏に急逝した志賀勝さんをしのぶ会があり出席した。志賀さんは1949年生まれだから8歳年下である。読書新聞の記者をしていた1980年代初め、大阪の詩人金時鐘さんの夫人姜順喜さんが大阪の谷町商店街で開いていた居酒屋「すかんぽ」で時鐘さんに紹介されたのである。その頃の志賀さんは在日朝鮮人問題に関心を持ち、時鐘さんに出会ったのだろう。
 それ以来の付き合いだが、志賀さんと会うことはそれほど多くはなかった。1990年代末になって「月と太陽の暦」のカレンダー発行を志したようだが、この辺りの私の記憶ははっきりしない。今、「月と季節の暦」というHPを見ると、東京に「月の会」が発足したのが2003年とあるが、その前後のことが記されていないからである。カレンダーが出ると、私は勤めていた通信社のルートで紹介記事を書いた記憶がある。その時、浅草に近い花川戸の狭いマンションを訪ねたのだが、その前には志賀さんは高砂だったか、東京東端の下町に住んでいたと記憶している。
 志賀さん自身は1990年代だったか、シベリア鉄道でユーラシア大陸を縦断した折に、夜の広大な白樺林を照らす白い月を見て感動した体験から月について考えるようになったと書いているが、私はそんなに単純な動機ではないだろうと疑っている。
 ここで私のことを言えば、1969年に初めて沖縄を訪れ、復帰後の76年から与那国島与那国島サトウキビ刈り援農隊を2015年まで呼びかけてきたので、沖縄の年中行事やさまざまな祭りに自然に関心を抱くようになった。その沖縄で感じたのは、役所や学校、農協などの行事は太陽暦(新暦)で行われるが、普段の生活は太陰暦(旧暦)で行なっていることだ。言うなれば、建前としては新暦だが、村や地域での暮らしは旧暦なのである。
 援農隊が働くキビ刈りや製糖工場の日程はもちろん新暦で組まれる。しかし、キビ刈りが続く2〜3ヶ月間には、ジュウルクニチ(旧暦1月16日祭)やサンガツサンニチ(旧暦3月3日の浜下り祭)、年によっては清明祭(シーミーサイ、春の彼岸)などの沖縄独自の年中行事がある。農協のスケジュールはこれらの日は作業をして休まないのだが、実際には、島の人はこれらの日は働かない。お祭りを優先して仕事には出かけないのである。本土で育った私にはこれに初めて出合った時は大変なカルチュアショックだった。
 その後、韓国や中国、台湾などを訪れた。これらの国でも旧暦は生きている。東南アジアでも旧暦が使われている国は多い。聞くところによると、アメリカ・インディアンの暮らしも同じだという。中央アジアやイスラム圏は、今はイスラム暦が使われているが、イスラム暦については知らないので、旧暦との関係があるのかどうか。
 以前、友人の記録映画監督の姫田忠義さんがフランスとスペインの国境地帯バスク地方のドキュメンタリーを1970年代末に撮った時、バスク人の形質人類学的な性質には東アジア人と同質の要素があり、キリスト教が入る前には東アジアと文化的同質性があったと考えられるとフランス形質人類学研究所の研究結果を教えられた。新暦はキリスト教の世界観が基盤になって生まれ、それが西欧の近代合理主義に発展して近代化を推し進めていったのだが、キリスト教以前には旧暦文化が一般的だったと考えられることを教えられた。
 そういえば、オーストリアの田舎で、木造家屋の資材となる木材はオーストリアでは古くから新月の夜に伐採すると、木材が長持ちするので、同国では現代でも地元の人はそれを守っていると聞いたことがある。これは日本でも同じ考え方が長く続いてきた。だから法隆寺のような世界最古の木造建築が生まれたのである。これは新月という旧暦の意味をいつ耐えるものだが、日本が西欧の合理主義(実は本当は不合理なのだが)に影響を受けて、木材伐採について、そういうこだわりを捨ててしまった。だから近年の日本の木造建築はせいぜい50〜60年程度しか持たないのである。そこにはもちろん、建築メーカーの販売戦略もあるだろう。だが、それが文化の破壊につながることをメーカーや消費者はどれだけ意識しているだろうか。
 志賀さんは、ここまで私が書いてきたようなことを自らの言葉ではあまり語っていない。しかし、彼の著書や続けてきた活動の根底には、こういう哲学というか文明観があるように私は考えている。
 2003年に志賀さんが始めた「月の会」はその後、日本各地に広がり、大きな活動の力になっている。それは各地に今まではひっそりと維持されているに過ぎなかった年中行事や通過儀礼などを改めて見直す動きになっている。さらには地域で密かに続けられてきたその地の野菜や花などの再発見と栽培の拡大に繋がってきている。そういう活動の意味は、地域で生活する女性たちの共感を得て広がってきたのである。
 女性の体は本来、月と深い関係がある。出産や死(死は男性もだが)が月の満ち引きと関係があることも今では知られているし、そもそも女性の生理周期が月と関わっている。だから、志賀さんの活動に多くの女性が参加されているのは故ないことではないのである。しのぶ会の出席者に女性が多かったのもそのことを反映している。
 近年、女性の社会参加が声高に叫ばれているが、そのわりにこれが日本ではなかなか進まないのは、男性をも含めて、これまで述べてきたような哲学、文明観が理解されず、深く浸透していないからもしれない。
 志賀さんが月の会で進めてきた活動は、西欧近代合理主義が行き着く果てのあるものが、気候変動による極端な環境破壊で、これは今や人類の生き残りをかけた課題にさえなっている。そういう世界の危機に向けたオールタナティヴな生き方を提示する庶民レベルの活動である。そして、人類の歴史にとっても大きな意味を持つ活動であることを私は疑わない。
 ここ数年は、駒形の隅田川に面した広い窓のある彼のマンションから花火大会を見る会や月待ちの会などで訪れることが多かった。今年の隅田川花火大会を心待ちにしていたのだが、連絡がないまま、私よりはるかに若い志賀さんが亡くなるとは思っても見なかった。心残りである。
  

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