2020.01.15  記憶と反省と想像(7) 最終章
     韓国通信 NO627

小原 紘(個人新聞「韓国通信」発行人)

2019年12月24日、日韓首脳会談が1年3カ月ぶりに開かれた。
20200115obara1224abeshorten.jpg

文在寅政権発足から2年6ヶ月、どちらが避けてきたかなどと野暮な詮索はしないが、この間、両国首脳の話し合いはほとんどなかったに等しい。
すべて解決済みという日本側の頑なな姿勢ではまともな交渉にならなかったようだ。
文在寅大統領は法律家らしく、韓国大法院の判決が日韓条約と何ら抵触しないことを諄々と説明したと想像される。しかし安倍首相はハナから聞く耳を持たなかった。トランプ大統領には恥ずかしいほど卑屈な安倍首相が韓国に対しては強さを見せつけた。東学農民戦争、日韓併合、3.1独立運動で見た日本帝国の傲慢さを彷彿とさせる。戦後の日本の首相のなかで、特定の外国との交渉にこれほど不遜・傲慢な態度を見せた人物はいただろうか。
「圧迫と偏狭の除去」「他国と対等な関係」「諸国民の公正と信義に」にもとづく恒久世界平和を謳った憲法を持つ国の首相として資質が疑われる。忖度を続けるマスコミの責任は重い。

歴史に謙虚でありたい
徴用工問題をめぐって首相、閣僚から一斉に韓国批判の声があがった。自分の主張は強硬、相手の主張に聞く耳を持たない安倍政権の体質は何も韓国問題に限らない。美しい日本、日本を取り戻すことに執念を燃やす彼らは、これまで多数を恃(たの)み、憲法違反の数々の悪法を制定、自分たちの悪事が露見しても無視し続ける独裁政権となった。
閣僚のほとんどが属する日本会議は、都合の悪い過去は認めない特殊な右翼集団だ。侵略戦争を認めず、美化さえする歴史歪曲集団による政治の横行、あげく憲法まで変えようとしている。彼らが過去最大の被害国と謙虚に向き合わないのは当然かもしれない。
韓国についてレクチャーする機会が与えられ、あらためて日韓の近現代史を学び直した。気がついたことは自分を含めて私たちが歴史をあまりにも知らないことだった。学ばず、教えられてこなかった日本人が安易に嫌韓気分に陥り、いつの間にか「日本会議」化されている疑いを強く持った。
過去に目をふさぎ、反省しなければ同じことを繰り返す。歴史に謙虚であらねばという思いでシリーズ最終号を締めくくることにする。

関東大震災の朝鮮人虐殺はデマか
前回、光州事件までたどりついたところで、およそ100年前の1923年、関東大震災で起きた忌まわしい事件について触れていないことに気がついた。3.1独立運動から14年後に起きた虐殺事件は独立運動弾圧の余波を思わせる。違うのは舞台が日本、それも未曽有の大震災の中で軍と民間人が虐殺に加わった点が際立つ。ネットでは、「虐殺はなかった」「ウソ」という主張が平然と語られている。美しい日本を取り戻すために、ここまで歴史の改ざんが進んでいる。
朝鮮人が「井戸に毒を入れた」「暴動を起こした」というデマ情報によって、推定4千人から6千人もの朝鮮人が殺された。殺害の経緯、責任、殺害された人数さえ明らかになっていない。
「すべて解決ずみ」とは何か。徴用工問題と比較にならないほど理不尽な虐殺事件を私たち日本人は何と説明したらいいのか。韓国の人たちの心に虐殺の記憶が消えていないのは当然だ。立場を変えて虐殺の犠牲者が日本人だったら私たちは許せるのか。
小池東京都知事(この人も日本会議メンバーだ)は、関東大震災の犠牲者は朝鮮人だけではなかったという見解を明らかにした。安倍首相もその問題に触れるのは「自虐的」とでもいうのだろうか。

6月民主抗争後も民主化運動は続く
およそ30年前、韓国社会は民主化を実現した。東学農民戦争から始まった数々の苦難の歴史がたどりついた輝かしい到達点。私たち日本人には想像を絶する闘いの歴史、多くの血と命を犠牲にして市民自らが勝ち取った民主主義だ。
彼らの歴史と深くかかわりを持つ日本の一末裔としては彼らに対する敬意は強くなるばかりだ。
6月民主抗争のあらましをスケッチしておこう。
       20200115obara1987shrtn.jpg  20200115obararikanretu.jpg
           映画のポスター     友に支えられる李韓烈

光州事件を武力で抑えた全斗愌政権は1988年のソウルオリンピックを政権維持のために利用しようとしたが、目論見は破綻した。民衆デモの大きなうねりのなかで、学生の拷問死が発覚すると抗議運動は一層大規模な運動に発展した。
2017年に公開(日本は2019年)された映画『1987、ある闘いの真実』では、拷問で殺された朴鐘哲の死と「民主化宣言」に至る歴史が詳しく描かれ、改めて韓国社会に衝撃を与えた。
6月10日から始まった反政府運動は全国各地に広がり、連日数十万のデモ、27日の「平和大行進」には100万人が参加、ついに29日に「「民主化宣言」の発表、軍事政権は幕を下ろした。闘争の中で大学生李韓烈が催涙弾の直撃をうけ死亡した事件も民主化運動の記憶として多くの人に語り継がれている。
以降、盧泰愚、金泳三、金大中、廬武鉉、李明博、朴槿恵から文在寅まで、紆余曲折をへながらも韓国社会は進化し続けてきた。しかし統一問題、所得格差、人口減少、雇用問題など多くの課題を抱えたままだ。ローソク市民たちのエネルギーと期待を背に、公平な社会の実現、新自由主義の克服をめざす文在寅政権と市民たちの挑戦が続く。日本人として学ぶことは実に多い。


2020年、新年を迎え、わが国は天皇とオリンピックに染まりつつある。日本人がこれほどに天皇が好きで、スポーツ好きの民族とは知らなかった。個人の好みに干渉する気はないが、演出され、操作されたブームの後に何が起きるのかは容易に想像できる。万世一系は天皇だけではない。生きている私たち一人ひとりも万世一系である。メダルよりひとりひとりの生活が大切だ。
Comment
管理人にだけ表示を許可する
 
TrackBack