2020.01.28 中國指導部、元旦(旧暦)から新型肺炎対策
 中國指導部、元旦(旧暦)から新型肺炎対策
           昨年来の難題から目を逸らせる効果も

田畑光永(ジャーナリスト)
                         
 昨年12月、中国湖北省武漢から始まった新型肺炎の蔓延はまだ頂上が見えない。昨27日の中国国家衛生健康委員会の発表では患者数は2744人、うち重傷者は461人、死者は80人に達したという。海外への拡散も続いていて、世界がその成り行きを息をこらして心配している。
 25日は中国の春節、つまり旧暦の元旦だった。旧暦と言っても中国人にとっては、新暦の1月1日はただの1月1日で、元旦らしい元旦は春節である。その前日から1週間の連休も始まった。しかし、その25日、新型肺炎の蔓延に対処するため、政権の最高機関である中国共産党中央政治局常務委員会というのが、習近平以下7人のメンバー全員が出席して開かれた。異例のことである。そこで決まったのが、27日以降、旅行社がアレンジするすべての団体海外旅行を中止せよという命令だった。
これより前の23日には発症もとの武漢市内の公共交通機関の運行が停止された。いずれも国民の基本的権利を制限し、不自由を我慢させる思い切った措置である。中国らしいと言えば中国らしいが、それでも蔓延阻止がうまくいかなければ、習近平政権に対する国民の信頼は大きく崩れることになるだろう。
ご記憶のかたもおられようが、2002年から3年にかけての新型肺炎(サーズ)流行の折には、中国政府の情報開示や対策の遅れが指摘された。その教訓を生かしてか、今回はとくに中国政府の対応に政治的な思惑による情報開示や対策の遅れなどは指摘されていないのが、当然のことながら不安の広がりに一定の枠をはめているとはいえる。もっとも今回はむしろ措置の強引さが目立つけれど。
しかし、一方ではこの騒ぎで、先日まで大きな関心事であった問題がすっかり視野から消えてしまったのは思わぬ政治的影響である。昨年後半以来、中国政権を悩ませていた香港の粘り強いデモ攻勢、国際的非難の的となった新疆ウイグル自治区の人権問題、反「一国二制」を掲げる蔡英文現総統の再選となった台湾の総統選挙などを、習近平政権は素知らぬふりでやり過ごそうとしているようである。いやなことから、国民と世界の目をしばらくでも逸れさせれば新型肺炎も不幸中の幸い、ということであろうか。
 中でも1月15日に米トランプ大統領の1人芝居のような署名式に引き出されて劉鶴副首相が結んだ米中経済に関する第1段階協定について、国内的にはろくに内容を知らせないまま、うやむやのうちに大方の目を逸らせることができれば、習近平にとってはもっけの幸いと言えるだろう。
 この協定については、さる17日に本欄でもすでに取り上げたが、昨年5月、いったんはまとまりかけた協定を中国側が国内の反対によって署名に持ち込めなかった時に、あらためて対米交渉で譲れない3条件として中国側が明示したうちの2条件に明らかに抵触する。1つは「米からの輸入増加は政府間で決めるのでなく、実需(買い手と売り手の交渉)に基づくこと」と、もう1つは「協定が結ばれたら、米は追加関税を撤回すること」である。この2条件は署名された協定ではまったく守られなかった。
前者については2017年の輸入実績を基準に、1完成品、2農産品、3エネルギー産品、4サービスの4種類の商品を2000憶ドル分、20年と21年の輸入額に上乗せすることを約束し、4種類それぞれの輸入増加額を1億ドル単位で(例えば農産品は125憶ドルと195憶ドル)明記している。また後者については米が第4弾として約2500憶ドル分の商品について昨年9月に課税した税率を15%から7.5%へ引き下げるだけで、それ以前の第1~第3弾の2500憶ドル分についての25%の追加関税は手つかずである(残る1条件は「双方の主権と名誉をまもること」という抽象的原則)。
 いったいこの結果をどうするかと見守っていたのだが、もう10日以上、対米協定についての論評はさっぱりメディアに登場しない。このままほとぼりがさめるのを待つ構えと見て取れる。
 香港で昨年末に行われた区議会選挙で民主派が圧勝したことも、中国メディアは報道しなかった。その前日まで中国国内のテレビは「投票で暴力(デモのこと)を否定しよう」と呼びかけていたにもかかわらず、である。
 11日に投開票が行われた台湾の総統選挙はどうか。これはさすがに翌日、『人民日報』が別々の面の下段に2本短い記事で結果だけを伝えた。その後、これといった論評は登場していない。しかし、選挙の数日後、再選された蔡英文総統側は英BBC放送のインタビューで、あらためて台湾を「中華民国台湾」と表現し、「われわれはすでに独立している」、「中国が台湾を侵略すれば、その代価は非常に高くつくだろう」とのべたという。
 これは従来よりも「独立」に重点を置いた表現であり、中国側の窓口期間である台湾事務弁公室は早速、「台湾は国家ではない。中国の神聖な領土の不可分の一部である。この鉄の事実にあえて挑戦すれば頭から血を流して自滅するだけだ」と強硬に反論したと伝えられる。
 ただこうしたやりとりも新型肺炎の影に隠れて、内外の注意をひかなかった。そこで恐れるのは、新型肺炎騒ぎで国民が政府の「果断な措置」に慣れたところで、政権がその余波を駆って台湾問題や香港問題で事態を急変させるような手を打つことである。中国では報道に対する規制がますます厳しくなっているようだから、なかなかバランスの取れた報道を期待するのは難しいのだが、3月5日からは国会にあたる全国人民代表大会も開かれることであり、なにが話されるか耳をそばだてていなければなるまい。(200128)
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