2008.09.29
サブプライム問題の射程(15)
―ウォール街による納税者の説得―
《すでに世界恐慌モードであった》
まず▼に続く文章を丁寧に読んでいただきたい。
▼政府の経済専門家は、議会が素早く対応しなければ、アメリカは金融パニックに陥り凄惨な情景が出現すると警告を発している。
あなたが住んでいる地域でも銀行倒産は増加するだろう。株価はまだまだ下がるだろう。そうなればあなたの退職金口座の残高も減価してしまう。住宅の値段は下がり続けて住宅ローン債務者の不履行による差押えが劇的に増えるだろう。あなたが企業や農業の経営者であれば、借入れがますます難しくなり金利も上昇するだろう。企業倒産の増加で何百万という人々が職を失うだろう。
これは経済雑誌に出てくる恐慌を煽り立てる評論家のコメントであろうか。
そうではない。これはアメリカ大統領が08年9月24日に全国民に向けて行ったテレビ演説の一節である。議会審議中の26日にもテレビで短く語っている。28日にはラジオ演説もやった。ジョージ・ブッシュも必死である。
「サブプライム問題の射程(14)」(9月16日)で私は副題を「これは世界恐慌の始まりではないか」と書いて断定は避けた。ところがアメリカ経済の現実はこの通りである。すでに「世界恐慌モード」なのである。前FRB議長グリーンスパンは「100年に一度の金融危機」といったが、アメリカは朝野を挙げて世界恐慌との闘いに入ったのである。
《包括的救済策と議会審議》
リーマン・ブラザースの破綻、メリル・リンチのバンク・オブ・アメリカへの吸収合併のあと、保険大手AIGの救済に続いて、米政府が不良債権買い取りに公的資金7千億ドル(75兆円)を投入する救済プランを発表した。金融危機への対処をそれまでの個別対応から包括的な対応へ転換したのである。
ベアー・スターンズを救いリーマンを潰したのを見て私は、「金融帝国アメリカも金融市場の統御能力を失ったのではないのか」と書いた。野村ホールディングス会長の氏家純一も「欧米の金融当局はいくつかの点で事態を見誤った。/ベアー・スターンズを救い、リーマン・ブラザースを救わない理由もあいまい。それで予測可能性を失い、市場は疑心暗鬼になった」といっている(『朝日新聞』9月26日)。しかし統御能力は失なわれていなかった。少なくとも政策当局は救援策を提示したのである。
半澤健市 (元金融機関勤務)
《すでに世界恐慌モードであった》
まず▼に続く文章を丁寧に読んでいただきたい。
▼政府の経済専門家は、議会が素早く対応しなければ、アメリカは金融パニックに陥り凄惨な情景が出現すると警告を発している。
あなたが住んでいる地域でも銀行倒産は増加するだろう。株価はまだまだ下がるだろう。そうなればあなたの退職金口座の残高も減価してしまう。住宅の値段は下がり続けて住宅ローン債務者の不履行による差押えが劇的に増えるだろう。あなたが企業や農業の経営者であれば、借入れがますます難しくなり金利も上昇するだろう。企業倒産の増加で何百万という人々が職を失うだろう。
これは経済雑誌に出てくる恐慌を煽り立てる評論家のコメントであろうか。
そうではない。これはアメリカ大統領が08年9月24日に全国民に向けて行ったテレビ演説の一節である。議会審議中の26日にもテレビで短く語っている。28日にはラジオ演説もやった。ジョージ・ブッシュも必死である。
「サブプライム問題の射程(14)」(9月16日)で私は副題を「これは世界恐慌の始まりではないか」と書いて断定は避けた。ところがアメリカ経済の現実はこの通りである。すでに「世界恐慌モード」なのである。前FRB議長グリーンスパンは「100年に一度の金融危機」といったが、アメリカは朝野を挙げて世界恐慌との闘いに入ったのである。
《包括的救済策と議会審議》
リーマン・ブラザースの破綻、メリル・リンチのバンク・オブ・アメリカへの吸収合併のあと、保険大手AIGの救済に続いて、米政府が不良債権買い取りに公的資金7千億ドル(75兆円)を投入する救済プランを発表した。金融危機への対処をそれまでの個別対応から包括的な対応へ転換したのである。
ベアー・スターンズを救いリーマンを潰したのを見て私は、「金融帝国アメリカも金融市場の統御能力を失ったのではないのか」と書いた。野村ホールディングス会長の氏家純一も「欧米の金融当局はいくつかの点で事態を見誤った。/ベアー・スターンズを救い、リーマン・ブラザースを救わない理由もあいまい。それで予測可能性を失い、市場は疑心暗鬼になった」といっている(『朝日新聞』9月26日)。しかし統御能力は失なわれていなかった。少なくとも政策当局は救援策を提示したのである。
この救済策に関する米議会の審議は難航ののち大筋で合意した。
私企業経営の失敗のツケが納税者に回るのはおかしいといって反対する議員がいたのである。「法案を審議する米下院金融サービス委員会の議員には、選挙区から反対や不満を訴える電話や電子メールが殺到している」からである(『朝日』9月25日)。
日本でも96年に住宅金融専門会社(住専)7社の不良債権処理に6850億円の公的資金投入をめぐって住専国会が大揉めした。小沢一郎の率いる新進党が反対の先鋒であった。
《ブッシュ演説のレトリック》
市場が全てを解決するという「新自由主義」哲学のもとで、公的資金投入はどのように正当化されるのか。冒頭で一部を紹介したブッシュ演説で検証してみたい。
約12分間のブッシュ演説は次のような組み立てになっている。
(1)アメリカ経済は今異常で危機的な状況にある。金融危機の只中にある。
(2)政府提案の目的は個別企業、個別業種の救済でなくアメリカ経済の救済である。
(3)金融危機の原因は魅力的な米国経済に惹かれた海外資金が過度な信用創造をもたらしたからである。金融危機はそのマイナス効果として生じた。
永遠の価格上昇を前提とした住宅金融の行き過ぎ、建設ブームが住宅価格の下落により逆ドミノ現象を起こした。債務不履行、銀行倒産が続いている。
(4)私(ブッシュ)は「自由企業」の信奉者である。しかし政府介入を決めたのは緊急事態が発生しているからである。→このあとへ冒頭の部分が続く。
(5)ウォール街救済のために税金を投入することに抵抗が強いのは良く分かる。しかし法案が通らなければ混乱は拡大する。あとで国民へのコスト増としてハネ返る。
(6)私が財務長官、連銀総裁、証券取引委員長と協議して提案した救済策の核心は7千億ドル(75兆円)を投下しての不良資産処理である。十分な金額である。証券化された不良債権の価格は実勢以下に下落している。最終的にはほとんど完済が見込めるから投入した税金の回収は可能だ。議会は対立を克服して法律を通して欲しい。
(7)救済策は第一歩であり、そのあとには法制的整備が続く。21世紀のグローバル経済が20世紀の法律下で動いているのが現状だ。過日、財務長官が提案したように、今後の法制は金融業界を横断的に規制することになろう。
(8)アメリカは「民主的資本主義」への信頼を維持してきた。今後もそれを続けるために一致団結して「アメリカはどういう国か」を世界に示そうではないか。
《本質は資本主義システムの救済》
ブッシュ演説の論理は次の通りだと思う。
・金融市場は機能不全となり米国経済は深刻な危機に直面している
・救済策の目的は個別企業でなく国民経済の救済である
・自由市場論者の私もこの際、国家介入を是とする
・機を逸するとあとのツケが大きくなる
・投入する税金は最終的にモトがとれる
「税金によるウォール街の救済」は金融資本による世界資本主義システムの救済である。これがコトの本質である。それを大統領が国民に向かって、「国民経済の救済」、「あとのツケが大きくなる」、「最終的にモトがとれる」というレトリックで説得する。
市場が資源を適正に配分するという原理は放棄されている。厳密には、市場が資源を適正に配分するときに国家権力を動員するという事実が甘い言葉で隠蔽されている。
これを金融資本のイデオロギーだとして批判するのは容易である。しかし資本主義を認める立場からこういう非常事態に対案を示すことは非常に難しい。資本主義を認めない立場ならばさらに困難だと思う。1998年の日本でも国会は「挙国一致」で金融危機を救った。同年10月の「金融再生関係法」成立と「金融再生委員会」の発足だ。
話が理屈っぽくなった。
市場はリアリズムの世界である。米議会で大筋が合意をみたブッシュの救済策を世界の市場はどう評価するのか。ビジネスモデルが破綻したとされる米投資銀行の大手モルガン・スタンレーに大金を投じた三菱UFJや、破綻したリーマン・ブラザースの人員を吸収した野村ホールディングスの経営判断は正しかったのか。週が明けてこれらの政策決定が市場でテストされることになる。
私企業経営の失敗のツケが納税者に回るのはおかしいといって反対する議員がいたのである。「法案を審議する米下院金融サービス委員会の議員には、選挙区から反対や不満を訴える電話や電子メールが殺到している」からである(『朝日』9月25日)。
日本でも96年に住宅金融専門会社(住専)7社の不良債権処理に6850億円の公的資金投入をめぐって住専国会が大揉めした。小沢一郎の率いる新進党が反対の先鋒であった。
《ブッシュ演説のレトリック》
市場が全てを解決するという「新自由主義」哲学のもとで、公的資金投入はどのように正当化されるのか。冒頭で一部を紹介したブッシュ演説で検証してみたい。
約12分間のブッシュ演説は次のような組み立てになっている。
(1)アメリカ経済は今異常で危機的な状況にある。金融危機の只中にある。
(2)政府提案の目的は個別企業、個別業種の救済でなくアメリカ経済の救済である。
(3)金融危機の原因は魅力的な米国経済に惹かれた海外資金が過度な信用創造をもたらしたからである。金融危機はそのマイナス効果として生じた。
永遠の価格上昇を前提とした住宅金融の行き過ぎ、建設ブームが住宅価格の下落により逆ドミノ現象を起こした。債務不履行、銀行倒産が続いている。
(4)私(ブッシュ)は「自由企業」の信奉者である。しかし政府介入を決めたのは緊急事態が発生しているからである。→このあとへ冒頭の部分が続く。
(5)ウォール街救済のために税金を投入することに抵抗が強いのは良く分かる。しかし法案が通らなければ混乱は拡大する。あとで国民へのコスト増としてハネ返る。
(6)私が財務長官、連銀総裁、証券取引委員長と協議して提案した救済策の核心は7千億ドル(75兆円)を投下しての不良資産処理である。十分な金額である。証券化された不良債権の価格は実勢以下に下落している。最終的にはほとんど完済が見込めるから投入した税金の回収は可能だ。議会は対立を克服して法律を通して欲しい。
(7)救済策は第一歩であり、そのあとには法制的整備が続く。21世紀のグローバル経済が20世紀の法律下で動いているのが現状だ。過日、財務長官が提案したように、今後の法制は金融業界を横断的に規制することになろう。
(8)アメリカは「民主的資本主義」への信頼を維持してきた。今後もそれを続けるために一致団結して「アメリカはどういう国か」を世界に示そうではないか。
《本質は資本主義システムの救済》
ブッシュ演説の論理は次の通りだと思う。
・金融市場は機能不全となり米国経済は深刻な危機に直面している
・救済策の目的は個別企業でなく国民経済の救済である
・自由市場論者の私もこの際、国家介入を是とする
・機を逸するとあとのツケが大きくなる
・投入する税金は最終的にモトがとれる
「税金によるウォール街の救済」は金融資本による世界資本主義システムの救済である。これがコトの本質である。それを大統領が国民に向かって、「国民経済の救済」、「あとのツケが大きくなる」、「最終的にモトがとれる」というレトリックで説得する。
市場が資源を適正に配分するという原理は放棄されている。厳密には、市場が資源を適正に配分するときに国家権力を動員するという事実が甘い言葉で隠蔽されている。
これを金融資本のイデオロギーだとして批判するのは容易である。しかし資本主義を認める立場からこういう非常事態に対案を示すことは非常に難しい。資本主義を認めない立場ならばさらに困難だと思う。1998年の日本でも国会は「挙国一致」で金融危機を救った。同年10月の「金融再生関係法」成立と「金融再生委員会」の発足だ。
話が理屈っぽくなった。
市場はリアリズムの世界である。米議会で大筋が合意をみたブッシュの救済策を世界の市場はどう評価するのか。ビジネスモデルが破綻したとされる米投資銀行の大手モルガン・スタンレーに大金を投じた三菱UFJや、破綻したリーマン・ブラザースの人員を吸収した野村ホールディングスの経営判断は正しかったのか。週が明けてこれらの政策決定が市場でテストされることになる。
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