2020.02.17  「著者と読者の対話」
          ―吉田裕著 『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』を読む―

半澤健市 (元金融機関勤務)

 一つの読書会が『日本軍兵士』を読み、著者吉田裕氏を招いて「著者と読者の対話」を行った。本稿はその会合の報告である。

《読書会と著作の問題意識》
 私(半澤)が属しているその読書会は、中江兆民の研究者松永昌三氏(以下人名の敬称略)を囲んで一〇数年続いている。メンバーは二〇数名。一年に二冊を各四ヶ月で六回かけて輪読する。報告者は参考文献をいくつか読んでレジュメをつくり内容紹介と分析を行い感想や批判や賛辞を発表する。あとは討論である。その内容は大学院レベルから居酒屋の放談レベルまで広い。退職者の多いメンバーが人生体験から発する発言が面白い。

 軍事史を専門とする吉田裕(よしだ・ゆたか、1954年~)が書いた『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(2017年刊・中公新書、以下「本書」)は、硬派な内容ながら20万部に達するベストセラーとなった。

 本書を書くときの吉田の問題意識は次の三点であった。
 一つは、戦後歴史学ではほぼ関心外にあった軍事史を、歴史学の立場から主題化すること。二つは、「兵士の目線」を通して戦場の現実を描くこと。元兵士の俳人金子兜太のいう「死の現場」の再現である。
 三つは、「帝国陸海軍」の軍事的特性がもたらす現場の兵士への負荷を明らかにすること。その特性が、戦争指導や軍の組織的特性とどう関係したかを追跡する。

《三年八ヶ月に亘った戦場の実相》
 著者は、「アジア・太平洋戦争(1941~45)」を、戦略的攻勢期・対峙期・戦略的守勢期・絶望的抗戦期の四期に分けた。各時期におけるこの戦争の特質の可視化を図った。全ては述べられないが、読書会では次に列挙する事柄が関心を集めた。

・1944年以降に日本人の戦争死者は全体の91%を占めた。敗北の決定が遅れたから である。
・これら戦没者のうち餓死者が60%もいた。
・不完全な疾病対策により、兵士は虫歯・マラリア・水虫に悩まされた。精神障害への認 識と対策が皆無に等しかった。士気高揚に覚醒剤を使用した。被服・装備が劣悪だった。 食糧の調達は住民からの掠奪を暗黙の前提としていた。
・作戦至上主義をとった。その内容は、短期決戦と精神主義の重視だった。絶望的抗戦期 では、航空・水上・水中・対戦車特攻など非合理・非人道的な作戦を採用した。
・日本戦傷兵らの「処置」や、国際法違反である捕虜虐待などが発生した。
・これらは、国内生産力の国際的劣位と国際法規の無視を反映している。
・統帥権維持のために国内政治権力の分立を方針とした。従って戦争指導の統一が乱れた。 海軍のミッドウェイ海戦敗北は当初、天皇にも陸軍にも伝達されなかった。
・全体に、近代的な軍事力行使には非効率なのが日本軍のシステムであった。

《読書会メンバーからの質問》
 五回の本書読書会は一回3時間の発表と議論に費やした。そのために読書会メンバーの本書に関する「事実認識と問題意識」は、一定程度は共通となった。
 そこで事前にメンバーから著者宛の質問を募った。7名から応募があり質問集として著者に送付した。質問は著作の内容に関するものだけでなく一般的なものもあった。それらの主な項目は次の通りである。

・日本軍の非合理的な精神主義の源泉はどこにあるのか。軍隊だけの問題か。日本近代の 問題か。日本人特有の問題か。
・短期決戦思想を、総力戦体制に学び変更したのに、なぜ再修正して元に戻したのか。
・指導者に失敗の反省がなく責任を取っていない。戦後の企業社会は戦中の軍隊社会の文 化を引き継いでいるのではないか。

・戦争指導及び天皇の戦争責任は何か。統帥権行使の実態はどうだったのか。天皇が個別 の戦闘指導に深く介入したことの意味。仮想敵国を中国・ソ連とし対米戦略への転換が 遅れた理由はなにか。
・本書の読者層と読者からの反応はどんなものか。
・兵士の身体性、兵士の戦場生活と銃後の日常生活との関連、戦後へ連続したものは何か。
・歴史修正主義・右翼言説の猖獗。それらの発生理由は。彼らとの対話の可能性はあるか。・戦争経験者がほぼ消滅した今、戦争認識どう継承してゆくべきか。

《吉田スピーチと丁寧な回答》
 当日の吉田の発言は、スピーチと質疑への応答であったが、前者は著者自身の学問史紹介に始まり本書で強調した点を再説した。後者は読書会の質問個々への丁寧な回答である。
発言の主要な項目と内容は次の通りである。

・吉田軍事史の起源は「軍事オタク」の少年時代である。軍事史を志したのは学部のころ であった。東京教育大文学部・一橋大大学院社会学研究科で学んだ。研究当初のころに 影響を受けたり意識した学者・研究者に藤原彰・黒羽清隆・鹿野政直・秦郁彦がいる。

・日本軍の精神主義は「天皇の軍隊」であったこと、これが天皇制イデオロギーとの接合 してワンセットになったのが主因である。
・統帥権と立憲性原理の両立は、補弼・補翼(ほひつ・ほよく)制度によって、正当化さ れた。特定の補弼主体が権力を握ると天皇大権が空洞化することを恐れて、(権力をも つ)国家機関の分立を図った。このため「統帥と国務」という権力の一元化が成立せず 混乱が生じた。
・天皇の戦争責任は、硫黄島への「特攻をやれ」という発言や、特攻作戦への裁可、海軍 への大海令などの実態をみれば、明治憲法の「無答責」規定によって免責されない。
・兵士による加害と被害の関係は重層的である。どういう歴史叙述が可能かはまだ見通し がない。

・軍隊と社会の関係、兵士の身体性などの研究は『日本の軍隊』(岩波新書)に書いたが、 近刊の『兵士たちの戦後史』(岩波現代文庫)も参照されたい。
・本書読者の反応をみると、この読書会の感想・質問と共通するものが多い。軍隊の組織 原理と戦後企業のそれの類似性を指摘した読者も多かった。
 
《半澤の感想一束》
 吉田軍事史は、軍事研究を回避した戦後歴史学への反省に立ち、細かい事実を積み重ねる方法で本書にみるような成果を生んだ。無論、鳥瞰認識もある。この実証主義の結晶への共感が読書会でも多く聞かれた。しかし誤解を恐れずに言えば、戦後75年にしてこういう状況が生まれたという事実は、我々に反省を促すものである。それは戦争体験の世代間継承に欠落が生じた原因にもなった。その責任は、研究者はもとより「高度成長」の達成に邁進した我々一人ひとりにある。
 一方で論証抜きの歴史修正主義の言説が政権から発せられ、書店の歴史書売場には戦前・戦中と見まがうばかりの出版物が氾濫している。ナショナリズムに負の記号を付して真っ向から論ずることの少なかった戦後の歴史認識の責任でもあろう。

 吉田は本書読者にネトウヨ的読者は少ないと語った。これは読者が自分の好みの書物だけを読むという分断の存在を示して
いる。多様性を認め相対化の精神が必要な戦争認識の継承に困難が待ち受けていることを示す。読書会メンバーからも同様な指摘が多く、しかも速効薬はないとして、黙り込む空気を感じた。

 「著者と読者の対話」は簡単には実行できない。今回報告した「対話」は、必要な条件が絶妙に重なり可能となったケースである。本来、何万部の読者をもつ著者と一人ひとりの読者との会話は「マスメディア」の自己矛盾である。しかし人々が活字を読まなくなった今、「書評的な報告」を書いたのは、読書家に何か参考になろうと思ったからである。(2020/02/12)

■吉田裕著『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書・2017年・中央公論新社)、820円+税■
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