2020.03.07 新型コロナウイルスはチベット高原にも
――八ヶ岳山麓から(308)――

阿部治平 (もと高校教師)

WHOによれば、中国の新型コロナの感染は山を越した、今や最大の懸念は日本・韓国・イラン・イタリアにあるという。最近の中国は2月下旬から規制が緩んで、省境地帯以外の高速道路や郷村の検問所は一斉に撤廃された。出稼ぎ労働者が元の勤め先に一気に戻るから、再び感染拡大のおそれはあるのだが。
学校は春節(陰暦正月、今年は1月25日)一週間の休み以後、教室での授業をやめオンライン授業になっている。これでは都市はともかく、電波の届かない農村牧野ではほとんど授業にならない。中学(高校も)は3月中旬から教室での授業が始まるというが、小学校・大学についてはまだ変化の見通しがない。

チベット人地域の消息は断片的ではあるが、作家で詩人のオーセルさんによって、2月6日までの各地の感染状況が伝えられている(https://www.rfa.org/mandarin/pinglun/weise/ws)。ニュースとしてはいかにも古いが、中国少数民族地域でどのような対策が取られたかがわかるので、敢えて概略を述べたい。
   注)ツェリン・オーセル(漢語表記は茨仁唯色)
   1966年文化大革命下のラサに生まれる。西南民族学院漢文学部(現西南民族大学)を卒業し、ラサの「西蔵文学」誌の編集にあたる。著書に詩集『西蔵在上』、エッセイ集『名為西蔵的詩』、旅行記『西蔵 紅色的地図』などがある。いくつかは発禁処分を受けたが、果敢にチベット人地域の実情を伝える文学作品を発表している。日本語訳されたものに文化大革命の実態を伝える『殺劫』(集広舎 2009年)がある。夫は反体制作家・王力雄(漢人)。   

「微信」公衆号(ネット情報、2月7日現在)によると、感染者はチベット自治区1例、四川省チベット人地域のカンゼ(甘孜)州17例(その後のニュースでは68人)、アバ州1例、甘粛省甘南州3例(疑似1例)、青海省海北州3例である。
とりわけ四川省カンゼ州の状況は深刻である。カンゼ州で病状がそれと確認された患者6人は春節の休みを郷里で過ごそうと、1月20、21,22日に武漢から列車とバスを乗り継いでチベット人地域に帰郷したもので、各地の病院で治療を受けている。

また新華社2月1日は自治区について「ラサ、病院と病人」と題して感染状況を伝えたが、自治区唯一の患者は張某という人で、22日武漢市の武昌地区からラサに着いたもので、同病院で治療を受けているという。なお、チベット自治区第三人民病院には医療関係者が151人いる(と十分な体制が整っていることを誇示している?)。
いまチベット自治区のラサを除く全地区と、青海省の玉樹・果洛・黄南・海南・海西など5つのチベット族自治州、および雲南省のデチン(徳欽)チベット族自治州では、今のところ、感染を確認された患者やそれが疑われるものは発見されていない。だがデチン州には武漢を旅行したことのある確定患者と接触したものが9人あり、隔離して経過を観察している。

オーセルさんはいう。チベット人地域の医療施設・設備や医療人員はもともと十分ではない。そこへ新型コロナウイルス感染が拡大してきたから、医療事情はさらに困難に陥った。2月6日現在、四川省ガンゼ州ではチベット人地域が最も深刻である。
数日前、確定患者数人を治療したガンゼ州人民病院は、ネットを通して「わが病院では防護服はわずか13着を余すのみ、N95マスクは60個を余すのみ。各界人士の援助を乞う」と呼びかけた。
以下、オーセルさんは「微甘孜」公衆号によって、ガンゼ州の確定患者17人の足取りと診断・処遇の経緯を明らかにしているが、ここでは割愛する。
ガンゼ州のなかでもダウ(道○(浮の右))県は、全国県レベルのうちで感染状況が最も深刻な地域と見られる。同県は成都とラサを結ぶ高速道路(川蔵線)の中継地である。
2月6日までに、新型コロナウイルス肺炎の確認病例は累計で17人、男性13例、女性4例。チベット人患者は12人。うち5例は濃厚接触のため感染しており、症状の出ない感染者1例、重篤2例、危機状態1。そのほかの患者の病状は安定している。最高年齢66歳、最少年齢13歳。このうち5人は武漢にいたことがある。
また、ほかの1人は雅安から、2人は成都から、1人はチベット自治区からの帰郷者であり、8人がダウ常住者である。さらに経過観察を受けているものが217人いる。ダウ県人民病院は防護服とマスク、眼帯など防護物資などを急ぎ必要としており、「社会的義捐公告」を発して救助を求めた。

以上の感染者のほとんどは出稼ぎ・農民工である。中国では、大都市と田舎では病院の施設設備、医師の能力は天と地ほども異なる。北京などの大病院ではCTやMRIなどの設備もあり、大学レベルの教育機関で専門教育を受けた医師がいるが、郷村の診療所には、中学(高校)卒業後短期教育で養成されただけの「医者もどき」しかいないこともある。
だからチベット人地域(とは限らないが)の出稼ぎ者が帰郷したときは、例外なく郷村入口の検問所で検査を受けなくてはならないが、それは医師による診察や検査でなく、役人による聞取りで済まされる場合が多いと思う。

2003年のSARSの経験からすでに17年が経った。中国政府の対策は、初動の遅れが批判されたが、あのときよりもはるかにましになっている。
だが、農村居住者や出稼ぎ農民には、依然戸籍による身分差別がある。都市戸籍を持つものと農村戸籍を持つものでは、加入する公的保険制度が異なる。農村戸籍のものは受診できる病院も治療も限られている。また患者の年齢、退職した年、受診する病院の種類により、診療費の自己負担率も違ってくる。
中国は結核患者が世界第3位の国家だ。チベット人地域はとりわけ多い。結核は貧困の象徴である。この貧困地帯の人々が経過観察のために隔離され、なお入院治療を受けたのち、請求された食費や医療費を払えるだろうか。かりに公費負担とされたときでも中央政府からのカネが末端にまで行き届くだろうか。
習近平政権には、すべての農民戸籍のものに対する治療・隔離病舎等の処遇改善と医療費負担の格段の改善を切に期待したいところである。
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