2020.03.26 都内で開催の「ヒロシマ連続講座」が100回に
   5年目を迎えた元高校教員の試み

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 2016年から、東京都内で続けられてきた「ヒロシマ連続講座」が、3月21日にあった例会で100回になった。都内在住の元高校教員が、「原爆や戦争の被害について理解を深めよう」という狙いで始めた、首都圏在住者を対象とする一種の学習会だが、一市民が主宰する原爆や戦争に関する講座がこれほど長期にわたって続いてきた例は極めて珍しい。

 原爆や戦争の被害について理解を深めるために
 「ヒロシマ連続講座」を始めたのは、東京都立川市在住の竹内良男さん(70歳)だ。
 東京で高校教員をしていた竹内さんは、30数年前、修学旅行の生徒たちを引率して広島を訪れた。その時、被爆者の証言を聞き、衝撃を受ける。それを機に、悲惨極まる原爆被爆の実相をもっと知りたいと、広島、長崎を訪れるようになった。
 退職後も広島を訪れ、慰霊碑を回ったり、被爆者の証言に耳を傾け続けた。そのかたわら、希望者を募って、慰霊碑や原爆や戦争に関する遺跡を巡るフィールドワークを組織するなどの活動にも取り組んできた。こうした活動による竹内さんの“広島詣で”はすでに100回を超える。

 こうした活動の中で、竹内さんが痛感したのは、「広島から遠のくほど人々のヒロシマへの関心は薄れる」ということだった。そして、こう思う。「首都圏の人たちにもヒロシマに関心をもってもらうにはどうしたらいいだろうか」
 そこで、思いついたのが「ヒロシマ連続講座」だった。被爆者や研究者、ジャーナリスト、平和運動関係者らを招き、原爆被害や戦争の実態について話してもらう。そうすれば、受講者は広島でどんなことがあったのか理解してもらえる。「そればかりか、講座は被爆体験や戦争体験を次の世代に伝える場となるかもしれない」。竹内さんはそう考えた。
 
 会場は北区のJR山手線駒込駅近くの愛恵ビル3階(公益財団法人・愛恵福祉支援財団)にある貸し会議室。講座開講日は土曜日の午後で、月に1~3回。講座のテーマと講師は毎回、竹内さんが自ら選定する。

 原爆以外の多彩なテーマも取り上げる
 第1回講座は2016年1月23日で、テーマは「広島・原爆供養塔」、講師はジャーナリストの堀川惠子さん。広島市の平和記念公園の片隅にある原爆供養塔に祭られた7万人の遺骨をめぐる謎に迫った話だった。
 以来、さまざまなテーマが取り上げてきた。それは、原爆に関わるテーマに留まらず、戦争がからむあらゆるテーマに及び、その多彩さに目を見張らせられる。
 例えば――広島の「黒い雨」、原爆で死んだ少年少女たち、脱走アメリカ兵援助、人間魚雷「伏龍」、韓国の被爆者たち、第五福竜丸事件、「原爆の図」巡回展、韓国人BC級戦犯の訴え、丸山眞男と原爆、東京大空襲、日本国憲法、五日市憲法草案、大学と戦争、原水爆禁止署名運動、足尾銅山・谷中村、昭和天皇と戦争、拉孟全滅戦、アウシュヴィッツ、南京事件、原爆と部落差別、「この世界の片隅に」を読み解く、シベリア抑留、炭鉱と戦争、日本の核開発、長崎で被爆した朝鮮人「徴用工」、関東大震災と朝鮮人虐殺、学童集団疎開、ブラジルの被爆者たち……

 講座は1年間で終えるつもりだった。が、「貴重な話が聞けてよかった」「もっと続けて」との声が寄せられたため、止めるわけにもゆかず、ずっと続けてきたという。そして、竹内さんは、こう付け加える。「被爆から75年。被爆者の高齢化が進んでいるので、今聞いておかねばならないことが山ほどある。そう思うと被爆体験を聴ける講座はやめられない」
 これまでの講座参加者は約2150人にのぼる。

 核セミナーと核問題討論会
 私の記憶によれば、戦後この方、市民が中心となった、核問題をテーマとした学習会的な催しがいくつかあった。とくに記憶に残っているのは、次の二つだ。
 一つは、東京の市民グループ「原爆体験を伝える会」が、1975年の2月10日から4月14日までの間に東京・市ヶ谷の日本YMCAで開いた連続・核セミナー「原爆から原発まで」である。これは「ヒロシマ・ナガサキの悲劇から三十年たったいま、私たちをとりまく<核状況>はますます悪化している。米ソを始めとする大国の核競争は止むことを知らず、インドの核実験は世界的な核拡散の口火を切ったに等しい。そして『核エネルギーの平和的利用』の名による原子力発電所の建設計画は、それがはらむあらゆる危険にもかかわらず推し進められている。私たちはヒロシマ・ナガサキの国民的体験から本当に教訓を学んだといえるのだろうか」(同会編『原爆から原発まで―核セミナーの記録』<アグネ刊>)という問題意識を基に同会が10回にわたって開いたセミナーだった。21人の講師とⅠ団体代表が、10の課題について講演した。
 原爆体験を伝える会は、国際政治学者の袖井林二郎、原爆文献研究家・詩人の長岡弘芳の両氏らが中心となってつくられた市民グループで、1970年代から80年代にかけて、原爆体験を内外に紹介する活動をおこなった。
 
 もう一つは、1981年から82年にかけて東京・神田の教育会館や渋谷の婦人会館を会場に13回にわたって続けられた「忘れまいぞ核問題討論会」である。82年6月の第2回国連軍縮特別総会を前にして、日本国民の間に核兵器完全禁止の機運を盛り上げようという狙いから計画された、市民のための学習会だった。主導したのは評論家の陸井三郎、物理学者の服部学の両氏と市民団体代表。講師は学者、研究者らで、会場には生協組合員や地域婦人会の会員らがつめかけた。

 どちらも、市民がグループで取り組んだ催しだった。それらに比べると、「ヒロシマ連続講座」を1人で仕切る竹内さんの奮闘ぶりが際立つ。これも、ヒロシマに寄せる思いの強さ、深さから生み出されたものだろうか。

 ヒロシマ講座は資料代1000円。だれでも参加できるが、事前申込みが必要。申込先はqq2g2vdd@vanilla.ocn.ne.jp 竹内良男さん。
 次回の講座(第101回)は4月4日(土)午後1時から。テーマは「満蒙開拓とは何だったのか?」である。

元高校教師のヒロシマ
第98回ヒロシマ連続講座(2020年2月15日、東京都北区で)

<筆者追記>この記事を発表後、講座主宰者から「(新型コロナウイルスを巡る)このところの状況を考えて4月4日の講座は延期することにしました」との連絡がありました。

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